3-17 突入2
ロクリフはカリフの役割を部下に任せ、カリフと共にマイラスの屋敷に向かった。馬車が大きな交差点を曲がった所でロクリフは荷台から体を乗り出して門の様子を伺うが、門の前に停まっている馬車の周囲に人の気配がしない事に顔を歪ませた。ロクリフは門の前に到着すると真っ先に馬車から飛び降り、門に駆け寄った。閉ざされた鉄柵の門の向こう側で男が一人倒れているだけで、それ以外に人の姿は無かった。焦るロクリフは門に手をかけて開けようとするが、鍵がかかっていて開かなかった。カリフは馬車を降りて辺りの様子を伺いながらロクリフに歩み寄り、困り顔で声をかける。
「ロクリフ副部長、ラトサリーさんって何処かにいませんか?」
「いや……いない、っ?あれは……っ!」
ロクリフは鉄柵の門の向こう側に広がる庭に目を向けて言葉を失う。カリフはロクリフの視線の先に目を向け、広い庭の奥の生け垣の合間で動く人影に気付いて目を凝らした。
「……っ!ラッ!ラトサリーさん?!」
驚愕の声を上げるカリフ。ロクリフは焦った顔でカリフを問い詰める。
「ふっ!夫人ですか!どう言う事ですか!何で夫人が中にいるんですか!」
「しっ、知りませんよ、ラトサリーさんは我々が来るまで門の前で見張りをする事になっていましたから」
「でも中に!って、夫人が中にいるのに何で門に鍵がかかっているんですか!!」
「そっ!そんな事分かるはずないじゃないですか!!」
焦り顔で答えるカリフの横で門を揺らして苛立つロクリフ。カリフは庭の方に目を向けながら苦い顔で呟いた。
「何があったんです。ラトサリーさん……」
目的の小屋の扉の前に到着したカトラは後ろに袋をポイっと投げ、長い鉄の棒を左手に持ち替えて右手で腰の短剣を抜き、剣を振る。
《 スンスンスンスンスンスンッ 》
剣を鞘に収めたカトラは長い鉄の棒を右手に持ち替え、棒の先で扉をコツンと叩くと扉が幾つかの塊に分かれてバラバラっと崩れ落ちた。何も無くなった開口部の先の部屋の奥で大柄の男と坊主の男が怯えた様子で剣を構えていた。カトラは小屋の中に向かって呼びかける。
「あなた達、剣を足元に置いて部屋の奥に移動しなさい」
二人の男は剣先をカトラの方に向けたまま目を泳がせた。カトラは呆れ顔で鉄の棒を左手に持ち替えると右手で短剣を抜いて少し屈み、扉の開口部の左側に飛び移ると壁の下部に向かって短剣を斜めに振り下ろす。
《 スンッッ! 》
カトラが身を起こして扉の開口部の右側に飛び移った所で、
「えっ!っぎゃぁーーーーっっっ!!!」
男の悲鳴が上がり、床に転がる扉の残骸の上に男が倒れ込む。倒れ込んだ男は自分の右ふくらはぎを両手で押さえて苦悶の声を上げた。部屋の奥で二人の男は真っ青な顔で叫ぶ。
「「トっ!トルビヤさん!!」」
カトラは扉の開口部の右側の壁に向かって口を開く。
「こうなりたくなかったら武器を足元に置いて部屋の奥に移動しなさい」
カトラはそう言い終えたと同時に男が壁の陰から飛び出してカトラに襲いかかり、男の剣がカトラに向かって振り下ろされる。
《 ブンッ! 》
男の剣はカトラの肩をかすめ、スレスレで剣を避けたカトラは短剣を男の右足首に向けて振る。
《 スンッ! 》
男の右足首が飛び、切り落とされた感触を感じなかった男は両足で着地しようとして体勢を大きく崩す。足の切断面を地面に押し当てる形になった男は悲鳴を上げて倒れ、部屋の奥で二人の男は悲壮感を湛えた顔で叫ぶ。
「「サっ!サリットさん!!!」」
カトラは右手の短剣の剣身に目を向けて呟く。
「やっぱり血糊つかないわね……」
ブツブツ呟きながらカトラは短剣を鞘に収め、鉄の棒の先端で地面に転がるサリットを絡め取って小屋の中にサリットを投げ入れる。カトラは投げ置いた袋を拾ってから小屋に足を踏み入れ、崩れ落ちた扉の上で苦悶するトルビヤを小屋の奥に蹴り飛ばし、袋を無傷の男達の足元に投げる。すっかり怯え切った二人の男に向かってカトラは声をかける。
「あなた達、二人の止血をしてから袋に入ってる手枷を付けなさい」
二人は床に転がった先輩達とカトラを交互に見ながら剣を下ろさなかった。震えたまま剣を向け続ける男達にカトラは溜め息をつくと左手で短剣を逆手で抜き、剣先を男達に向けると気だるげに口を開く。
「面倒な事をさせないでくれない?あなた達も痛い思いをしない方が良いでしょ?」
男達は苦悶の表情で目を泳がせ、持っている剣を落とす様にして床に置くと自分達の前で倒れて苦悶している男達の止血を始めた。
男達がトルビヤとサリットの止血を終えた所で小屋の入り口に現れたラトサリーはカトラに声をかける。
「カトラっ、大丈夫?」
入口の縦框に寄りかかっていたカトラはラトサリーに笑みを向ける。
「あら、心配してくれるなんて嬉しいわ♪至って大丈夫よ♪」
「違うわよ、殺してないかって事よ」
鞘に入った大剣を持ったラトサリーはそう言うと部屋の奥の四人に目を向け、ゲンナリした顔で口を開く。
「どこが大丈夫なのよ……」
「えっ?大丈夫でしょ、死んでないし」
カトラは目を丸くしてそう言うと男達に顔を向ける。
「止血が終わったんだったら早く手枷を嵌めなさい」
男達は暗い顔でトルビヤとサリットに手枷を嵌め始める。ラトサリーは呆れ顔をカトラに向ける。
「……あなたのその大丈夫の基準、どうにかならない?それに、また足切ってるし。何なの?趣味なの?」
「そんな訳ないでしょ、逃亡阻止とか色々考えるとこうするのが効率良いのよ。それに、末端だから応急処置でしっかり止血すれば結構死なないし、オグマが回復術式を使えば戻るし大丈夫よ♪」
「まぁ、受け答えは出来そうだから良いけど……」
不満気なラトサリーに笑顔を返したカトラは男達に目を向け、トルビヤとサリットに手枷が嵌め終えられた事を確認すると無傷の男達に声をかける。
「あなた達も早く手枷を嵌めなさい。後ろ手でなくていいから。嵌め終わったらその二人を担いで頂戴」
男達は諦めた様子で手枷を互いに嵌め合った。手枷を嵌め終えた男達が床に転がる二人を担ごうとした時、ラトサリーは声をあげる。
「ちょっと待って」
動きを止めた男達にラトサリーは歩み寄り、朗らかな顔で尋ねる。
「トルビヤと言う方はどなたですか?」
膝立ちの男二人は問いかけに答える様にして床に転がる体格の良い男に目を向ける。ラトサリーは後ろ手で手枷を嵌められたトルビヤの顔の前で両膝をついて屈み、トルビヤに穏やかな表情で声をかける。
「このまま捕縛されて通例通り裁かれて処刑されるか、全員私に隷属すると約束して生き延びる可能性に賭けるか、皆さんで相談してどちらかを選んで頂けますか?」
トルビヤは痛みと驚きが混ざった顔をラトサリーに向ける。
「おっ、お前、どういうつもりだ」
三人の男も同様に驚愕の眼差しをラトサリーに向ける中、ラトサリーは口を開く。
「今のままだと、この家の家主は保身の為にあなた達を見捨てるでしょう。庁舎の者に捕らえられたら執政部の主導で裁かれます。そうなったら、あなた達が何を言っても聞いてもらえず処刑台に直行です。私はあなた達を雇った者に制裁を加えたい、あなた達は助かりたい。利害は一致していると思うのですが、どうですか?」
ラトサリーの提案を聞いたサリットは痛みに耐えながらトルビヤに声をかける。
「トルビヤさんっ、受けましょう!こいつの言う通りだ!」
坊主の男もトルビヤに声をかける。
「トルビヤさんっ、俺、まだ死にたくないです!」
坊主の男の横で大柄の男は勢いよく首を縦に振る。カトラは呆れ顔でトルビヤに声をかける。
「早く決めてくれない?急いでるんだけど」
ラトサリーは慌てて振り返る。
「カトラ、もうちょっとだけ時間を頂戴」
ラトサリーの懇願にカトラは苦笑いして肩をすくめる。ラトサリーはホッと息を吐いてから澄ました顔でトルビヤに改めて声をかける。
「トルビヤさん。三人は賛成のようですが、どうされますか?全員一致でないとこの話は上手くいかないので無かった事になりますが」
額に油汗を滲ませたトルビヤは三人の顔色を伺う。首を縦に振って来る三人に眉間のシワを濃くさせたトルビヤはラトサリーを睨んで口を開く。
「ここの家主をどうにかした後に……俺達を始末するとかじゃないよな?」
「えぇ、勿論。あなた達にはやってもらいたい事が沢山あるんです。安心して奴隷になって下さい♪」
「安心してって……」
トルビヤはそう言葉を漏らすと目を逸らし、溜め息をついてから苦笑いをラトサリーに向ける。
「分かった。お前の企てに乗ってやるよ。それで、俺達は何をすれば良い?」
ラトサリーはトルビヤに笑みを向ける。
「何をすれば良い、ではないですよね?奴隷のトルビヤさん?♪」
「っ……何をすれば……良いですか?」
「そうですね……」
ラトサリーはそう言って立ち上がった。




