3-14 行方2
庁舎を出たカトラはラトサリーを引き連れて町の内側防壁で囲われた富裕層が住む区画の南西側の端に荷馬車で向かった。エサンカはオグマとカリフを呼びに行くようにカトラから言われ宮総研分室に向かった。何故か不機嫌なカトラから『呼びに行ったら宮総研の留守番しといて。邪魔だから』と言われたエサンカにラトサリーは慰めの言葉をかけようとしたが、そんな暇をカトラは与えてくれなかった。
ガンドが操る馬車で町の端の一角に到着したラトサリーは荷馬車の上から周りの様子を伺う。広い敷地を有する立派な家が立ち並び、四軒程離れた家の門の前で四人の衛兵が門番と言い争っている様子だった。ラトサリーが少し渋い顔で言い争う衛兵達に目を向けていると、停めた馬車の目の前の家から出てきた四人の衛兵が馬車に駆け寄り、油燈を持った男が馬車に向かって呼びかける。
「情報収集の係、ですよね?」
「はっ、はい、そうです」
ガンドは声を上げ、御者席に座ったまま体を捻って衛兵の方を向く。衛兵の男は足を止めてガンドに体を向け、少し戸惑いながら口を開く。
「に、西一地区一軒目の捜査終了です。男二人、女四人で子供は一人です」
「わ、分かりました。では、追加の組が来るまでその家の人の出入り監視して下さい。そっ、そ、それで、三組追加が来たら手筈通り捜索して下さい」
「分かりました」
男はそう言うと三人を引き連れてガンドの元を後にした。荷台の横囲いにグテっと腕をかけて座っていたカトラは衛兵とガンドのやり取りを聞くと荷台に広げた大きな地図の前に四つ這いでノソノソと移り、油燈を持って座っているラトサリーに声をかける。
「それじゃぁ、ボチボチやるわよ。しっかり手元を照らして頂戴」
警護部事務室に駆け込んだ時の覇気が完全に消え失せたカトラにラトサリーは苦笑いを向ける。
「え、えぇ……任せて」
ラトサリーはカトラの左隣に座り、油燈をカトラの左前に差し出す。灯りで照らされた地図にカトラがペンで書き込みを加えていると、先程とは別の衛兵がやって来てガンドに声をかけた。その衛兵も先程の衛兵と同じ様なやり取りをガンドと交わし、報告内容に準じた書き込みを地図に加えたカトラはガンドに馬車の移動を命じた。
門番と揉めている衛兵の後ろに馬車を止めさせたカトラはガンドに顔を向ける。
「それじゃガンド。大きな声で頼むわよ」
「はっ、はい、やってみます」
ガンドはオロオロしながら返事をすると御者席から立ち上がり、その場で門衛達の方に体を向ける。門番達が向けて来る不快感を滲ませた眼差しにガンドは顔を引きつらせ、目を泳がせるも意を決して門番達に向けて声を張る。
「そっ、そこの、もっ、門番!家主につっ、伝えて下さい!捜索に協力しないと言う事は、ガっ、ガっ、ガイヒア家当主ルイーゼ・ガイヒアに楯突く事になり、加えて宮廷総合研究所を、てっ、てっ、敵に回す事になり、それはマサハラド国第三王妃、フっ、フっ、フレール・ダレアシグに敵対する事を意味すると!」
ガンドは道中でラトサリーから教わり練習させられた口上をつっかえながらも無事に言い終え、門衛達に目を向ける。二人の門番は互いに目を合わせて狼狽えていた。ラトサリーから聞かされていた通りの反応を目の前にしたガンドは慌てて声を張る。
「しっ、暫し待ちますから、家主に聞きに行って下さい!!」
門番達はビクッと体を震わせて互いに顔を向け合うと『どっちが行く?』などと言葉を交わし、片方の門番が門を離れて建物に向かった。門番が走って建物に向かう後ろ姿を見てガンドはヘナっと御者席に座り込み、大きく息を吐いた。気が抜けたガンドの背中に目を向けたカトラは渋い顔で呟く。
「先が思いやられるわね……オグマとカリフ、まだ来ないのかしら……」
ラトサリーは若干苦笑いを浮かべてカトラをたしなめる。
「まだ来る訳無いじゃない。今頃出発した位じゃない?どうしたの?」
「いやぁ……ねぇ……」
カトラはガンドに向けていた目を夜空に向け、溜め息をつく。
「ガンドがね……頑張っているのは分かるんだけど、凄みが足りないのよね……今のままだと説得に応じないヤツが出てきそうだから……ねぇ?」
「ねぇって言われても困るわよ。それに、その時はあなたが顔を出して一声かければどんな家でも応じてくれると思うけど?」
「えぇー!やだぁー!私は報告が正しいか索敵術式で確認して記録するので忙しいんだからぁ!」
これでもかと言う程の嫌そうな顔でぼやいてペンをポイっと投げ捨てるカトラ。ラトサリーは苦笑いの度合いが増した顔をカトラに向ける。
「でっ、でも、オグマさん達が来る前に協力してくれない家があったらどうするのよ?早く終わらせたいでしょ?」
カトラはふくれっ面をラトサリーに向ける。
「勿論早く終わらせたいけど、人員と人材がここまで少ないなんて聞いてないわよ……意気込んで事務所に押しかけたから帰る訳にもいかないし……こんなだとサーブが戻って来る前に四人確保なんて無理よ……」
「それならエサンカさんにも捜索に加わってもらえば良かったじゃない?」
「だってあの人、弱すぎじゃない。武力も、顔つきも」
カトラはそう言うと後ろに手をついて空を仰ぐ。ラトサリーは困り顔に無理矢理笑みを浮かべてカトラの顔を覗き込む。
「で、でもカトラ?情報から捜索範囲は内側の町に絞られた訳だし、運が良ければ直ぐ見つかるって♪」
カトラは溜め息をつき、だらけきった顔をラトサリーに向ける。
「あなたねぇ……何軒あると思ってるのよ……そんな低い確率に賭けて全力出すなんて嫌よ。暗い中だと衛兵達の動きも何だかんだで遅くなるし。まったく、あなたの口車に乗るんじゃなかったわぁ……」
そう言って気だるげに側板にもたれかかるカトラ。ラトサリーは困り顔で右手をカトラの左肩に置き、カトラの肩をキュッと握って口を開く。
「そ、そんな事言わないで頑張ってよカトラ。っ、そうだ、さっき賭けた獲物は手伝ってくれたお礼って事にして、サーブが獲物を持って戻って来るより前に四人の捕縛が出来たら……次回サーブが森で採取した獲物を進呈するわ♪それでどう?」
「……何か急いで見つけないといけない事情でもある訳?」
横目でラトサリーを睨むカトラにラトサリーは目を泳がせる。
「そっ、それは……」
なぜか言い淀むラトサリー。カトラはジト目でラトサリーの様子を伺い、ラトサリーから漂う異質な気配を察して口を開く。
「…………三回分」
「え?」
カトラは側板にもたれかかったままラトサリーを睨みつける。
「三回分よ。獲物は希少種限定。それ位賭けてもらわないとやる気なんて出ないわよ」
ラトサリー慌てて口を開く。
「そっ、そう♪分かったわカトラ♪希少種を三回分ね♪それじゃぁ頼んだわよ」
ラトサリーを睨みつけるカトラの口元が緩む。
「……仕方無いわねぇ♪」
カトラはそう言うとゆっくり立ち上がり、両手を腰に当てて体を捻り始める。やる気を出した様子のカトラに胸を撫で下ろすラトサリー。体を捻り終えたカトラは深い呼吸を三回してから地図の前に座り直すと右手でペンを拾い、左手で自分の首の後ろを掴むとガンドに声をかける。
「ガンド。油燈をもう一灯用意して私の左前に置いて頂戴」
「わっ、わかりました」
ガンドは慌てて立ち上がって手元にある油燈を取って荷台に移り、ラトサリー達の横を通って荷台の後方にある箱へと進み、箱の中から予備の油燈と油入れを取り出して用意を始める。カトラは目を地図に向けながらラトサリーに声をかける。
「ラトサリー、私が地図に書き込む周囲を広めに照らして頂戴。最初はこの辺りで、北に移っていくわよ」
「わ、分かったわ」
ラトサリーはカトラがペン先で指定した箇所が明るくなるように油燈をかざす。追加の油燈に火を灯したガンドはカトラの左前に油燈を置き、御者席に戻った。手元が明るくなった所でカトラは首を掴んだまま地図に文字と数字を書き込み始めた。
そうしていると、先程門番がごねていた家から出て来た衛兵が馬車に駆け寄りガンドに声をかける。
「西一地区三軒目、捜査終了です。男三人、女六人で子供は二人です」
「わ、分かりました。では……」
「ちょっと待って!!」
カトラはガンドの言葉を大声で遮り、荷台から顔を覗かせて衛兵に声をかける。
「あなた、ちょっと上がって頂戴」
「は?……はい……」
呼ばれた衛兵は戸惑いながら荷台に上り、カトラは衛兵に顔を向ける事無く地図をペンで指しながら口を開く。
「あなた達の次の行き先はこの家よ。それで、在宅している全員の顔を確認しなさい。都合が悪くて顔見せ出来ない人の人数が四人以上いると言われたら、その家に見張りを立てて報告に来て」
「はっ、はい、わかりました」
衛兵は戸惑いながら返事をして荷台から降り、言われた家に向かった。衛兵を見送ったラトサリーはカトラに尋ねる。
「カトラ、その印はどんな意味なの?」
「大人の男が四人以上いる家って事よ。捜査する家を少なくするから捜索精度は犠牲になるけど、私の術式と衛兵の包囲をかいくぐるのは難しいだろうから問題無いでしょ」
「そうなんだ。流石ね。で、なんで首を掴んでるの?」
「あぁ、これね。索敵術式を増強させているのよ。範囲と精度を広げてるから」
「範囲を?……でもカトラ。王都でも引越しの途中でも首なんて掴んでなかったわよね?あんなに広範囲だったのに」
「それはそうよ。準備に半日位かけられたから。急激に索敵範囲を広げないんだったら無理する必要無いのよ」
ラトサリーは目を輝かせてカトラに尋ねる。
「でもカトラ、今回は?急に頼まれて使ったのに、さっきまで首を掴んでなかったじゃない?」
「そりゃそうよ。だって、範囲と方向を狭めてたから♪」
「っ、そ、そう……凄いわね。そんな器用な事も出来るのね。それで?範囲と方向の限定ってどうやるの?」
「どうって、まず探りたい方向に漂う力を……」
カトラはそこで眉をピクっと動かし、冷やかな笑みをラトサリーに向ける。
「……そう言う事は力の流れがもっと見えるようになってから聞きなさい♪」
「うっ……」
顔を引きつらせたラトサリーの狼狽える様子にカトラは勝ち誇ったような笑みを浮かべる。
「ラトサリー?照明係だけだとつまらないでしょ?力の流れを見る訓練と並行すると良いわ。余裕で見えるようになったら索敵術式を教えてあげるわ♪」
「っ、本当?」
額に汗を滲ませたカトラは地図に書き込みを加えながら笑顔で口を開く。
「えぇ。でも、余裕で見えるようになったらよ。それが見えない事には教えようにも教えられないから」
「わかったわ!」
意気揚々と返事をしたラトサリーは無駄に力を入れた目で辺りを見回し始めた。




