3-10 狙撃
サーブは空き地を後にするトルビヤを見送ると煉瓦の山に目を向けた。自分のモノではない資材に座る事に引け目を感じるサーブ。そもそも誰の所有か分からない土地の中に居続ける事にもサーブは引け目を感じていた。しかし、トルビヤから『ここで待っていて』と言われた場所から離れるのも悪いと思ったサーブは諦めて煉瓦の山の前で立ったまま待つ事にした。
鍾塔の上部の鐘の陰から弓を持ったサリットは顔を少し覗かせてサーブの様子を伺う。サーブが煉瓦の山に座っていない事にサリットは眉をひそめ、更にサーブの様子を確認する。サーブはトルビヤが去っていった方向に目を向け、何か落ち着かない様子だが立ち位置を変える様子は無かった。サリットは上唇をペロッと舐めるとゆっくりと矢を取り、弓につがえてからサーブの様子を覗き込む。サーブの様子と立ち位置が変わっていない事を確認したサリットは弓を軽く構え、計画を改めて思い起こす。
(当たればそれで良し、外れても体勢を崩した部長を三人が脇から襲って仕留める…………大丈夫、この距離なら寝起きでも当てられる。当てたらこの場を去る。バレて捕まった場合は鳥を狙った流れ矢が当たってしまったと言う。トルビヤさんが『後ろ盾があるから主張は通る』と言っている。その場合、取り分は俺が多く頂く。よしっ!)
計画を思い起こして自分を安心させたサリットは軽く息を吐き、ゆっくり一呼吸する毎に摺り足で鐘から体を出し始める。ジリっ、ジリっ、とサリットは鐘から少しずつ体を晒し、やがてサリットの視線はサーブの体の芯を確実に捉えた。サリットは意を決して弓を強く引き、息を軽く吸ってからゆっくり吐き、息を止める。
その時、
サーブの顔は鍾塔に向き、サーブの視線はサリットの目を捉えた。ギョッとしたサリットの手から弓が離れる。
《 ビュンッッ! 》
放たれた弓はサーブの胴体を射抜く軌道に乗る。それと同時に建物の陰に潜んでいた三人は飛び出し、抜いた剣を振りかぶってサーブに襲いかかる。トルビヤはサーブが自分達の方に顔を向けた事に成功を確信し、思わず笑みを零す。
しかし、
《 トンっ 》
サーブは矢が飛んで来る方に向かって飛び上がりながら剣を抜き、
《 パンッッ! 》
矢を剣で叩き落しながら三人に目を向ける。大柄の男と坊主の男はサーブの体さばきに怯んで動きを止めるがトルビヤはサーブの着地点に突進して剣を振り上げる。
《 ギンッッッ! 》
サーブは剣を振り下ろして防ぐと同時に左足でトルビヤの顔に蹴りを放つ。
《 ドゴッ! 》
サーブの蹴りはトルビヤの側頭部を綺麗に捉え、トルビヤは頭から地面に倒れる。地面にゴロンっと転がったトルビヤは白目をむいていた。着地したサーブは怯んでいる二人に剣先を向けながら鍾塔に顔を向け、二射目を打とうとするサリットと目を合わせるとニコっと笑みを浮かべる。サリットは背筋に悪寒が走るのを感じながらも二射目を放つ。
《 ビュンッッ! 》
サリットの矢はサーブの胴体を貫く軌道を描いてサーブに向かう。サーブはその矢を左手でパシッとつかみ取り、剣先を男二人に向けたまま笑みを浮かべて左手に掴んだ矢をサリットに振って見せる。サリットは歯噛みして額に濃いしわを浮かばせ、先程感じた悪寒を忘れて『とっておき』の矢を手に取ると再びサーブ目がけて放つ。矢を放ったサリットは薄気味悪い笑みを浮かべていた。
《 ビュンッッ! 》
サリットの『とっておき』の矢はサーブの胴体を貫く軌道を正確に描いてサーブに向かう。サーブは放たれた矢に目を向けると、慌てて両腕で顔を隠しながら大きく横に飛び退く。
《 ズサッ! 》
矢は地面に刺さり、サーブはフゥっと息を吐いて鍾塔のサリットを睨む。『とっておき』を躱されたサリットは慌てて鍾塔を駆け下りて逃げ始めた。
サーブはサリットが再び矢を放つ事は無いと見て取ると剣を収め、怯えて動けないでいる二人に笑顔で声をかける。
「いやぁ、ここまで手荒な歓迎をされたのは初めてですよ♪」
二人はサーブの言葉の意味が分からず顔を引きつらせる。サーブは白目をむいて倒れたままのトルビヤに顔を向けると右人差指で頬をかきながら苦笑いを浮かべる。
「いやぁ……加減はしたんだけど……綺麗に入っちゃったからなぁ……」
困った様子のサーブに大柄の男は怯えながら声をかける。
「お……おい、お前……弓で狙われてるって、最初から分かってたのか?」
「え?最初からって、そんな訳無いじゃないですか。でも、あんな強烈な視線を向けられたら誰だって気付きますよ♪」
坊主の男は驚いた顔で鍾塔に目を向けて呟く。
「いやっ、この距離だぞ……気付く訳がない……」
サーブはヘラヘラ笑いながら坊主の男に顔を向ける。
「それだけサリットさんの打つ瞬間の集中力が凄いって事だと思いますよ♪」
サーブの言葉に納得出来ない様子の二人は目を合わせ、小刻みに首を横に振る。二人の反応にサーブは首を傾げ、鍾塔の方に目を向けて肩をすくめると二人に笑顔で声をかける。
「それじゃぁ、もう良いですよね、行きましょうか♪」
二人はビクっと肩を震わせて後退り、坊主の男は声を絞り出す。
「い、行きましょうって……どこに?」
サーブは坊主の男に笑顔を向ける。
「歓迎会をやってくれるお店にですよ♪余興はもう終わりですよね?」
「よっ……余興?」
怯えながら首を傾げる坊主の男にサーブは笑顔のまま答える。
「いやぁ、あるじゃないですか♪新参者の腕を試してから機嫌を直してもらうついでに歓迎会やるってヤツ♪」
坊主の男は怯えた様子のまま目を大柄の男と地面に倒れたままのトルビヤに向ける。サーブは何やら困惑した様子の坊主の男を見てハっと目を見開き、目を泳がせながら坊主の男に声をかける。
「そうでした、お店の場所、トルビヤさんしか分からないんですよね?」
「えっ!っいや、その、そ、そう……っ!そう!そうなんですよ」
坊主の男はどうにか言葉を捻り出してサーブに話を合わせる。サーブはトルビヤに目を向けながら呟く。
「どうしよう……起きるまで待つしか……」
思い悩むサーブに大柄の男は引きつった笑みを浮かべながら声をかける。
「あの、部長?トルビヤさんがこんなですし、後日に順延って事にしても……良いですか?」
大柄の男の提案にサーブは少し渋い顔をして改めてトルビヤに目を向け、苦笑いを浮かべると大柄の男に顔を向ける。
「そうですね。そうしましょう。それじゃぁ、トルビヤさんを運びましょうか」
そう言ってトルビヤを担ぎ上げようとするサーブ。坊主の男は慌ててサーブに声をかける。
「あの!俺達で運びますから!」
「え?でも……こんなにしたの、俺ですし……」
大柄の男はサーブの言葉を遮るように声を上げる。
「いえ!大丈夫です!ここは俺達に任せて部長は戻って下さい」!
「え……そ……そうですか?わかりました。それじゃぁ、お願いします」
渋々了承したサーブを見て二人はホッと息を吐いて剣を収め、トルビヤに駆け寄る。大柄の男の背中にトルビヤは乗せられ、二人は引きつった笑みでサーブに頭を下げると空き地を後にした。サーブは三人を見送ってから地面に刺さった矢に向かい、手拭いを割いて矢羽に巻いてから矢を抜き取り笑顔で呟く。
「歓迎に毒矢を使うなんて、さすがカタアギロ。気合の入れ方が違なぁ♪」
サーブはそう言いながら矢尻にも手拭いを巻き、撃ち落とした矢も回収してから空き地を離れた。別邸に戻る途中でサーブは衛兵の詰所に寄り、回収した矢を渡して処理を依頼した。毒矢と聞いて衛兵達は焦ったが、にこやかなサーブに何も言えず矢を受け取った。サーブは手を洗わせてもらってから詰所を後にし、屋台に立ち寄って鶏肉の串焼きを食べてから帰路に着いた。
サーブが早々に別邸に戻って来た事を不思議に思ったラトサリーは何があったかサーブに尋ねた。部屋に入って椅子に腰をかけたサーブは待ち合わせからの経緯を話し始めた。テーブルの上にはラトサリー達が作った焼き菓子があり、サーブは菓子をつまみながら話しを続けた。最初は笑顔でサーブの話を聞いていたラトサリーだったが途中から左掌を左頬に当て、苦笑いしながらミラテースに度々視線を向け始めた。少し離れた所にある長椅子でアドエルと遊びながら聞いていたミラテースは矢が放たれたと聞いて眉間にシワを寄せ、『三本目に放たれた矢が毒矢と気付いて剣で落とさず避けた』と聞いた所でミラテースのこめかみに青筋がクッキリと浮かび上がった。ミラテースが纏った不穏な気配に気圧されたアドエルは不安な顔をラトサリーに向け、それに気付いたラトサリーは苦笑いしながら首を横に振った。ミラテースの気配の変化に気付かないサーブはそのまま言葉を続け、『手荒な歓迎』と言う言葉がサーブの口から出た所でミラテースは立ち上がった。




