3-3 登庁
ラトサリー達に見送られ庁舎に向かうサーブ。別邸の警備に当たる衛兵はエサンカが選んだ人達で固められ、殆どの日を宮総研で費やしていたので庁舎に勤める人達に会うのは一カ月振り。サーブは少々緊張して庁舎の門へと歩を進める。門衛達はお喋りして気を緩めていたが、サーブに気付くと急に直立不動になりサーブに敬礼した。サーブは驚きと疑問が顔に出そうになるのを抑えながら門衛達に笑顔を見せる。
「っ、おはようございます、早番お疲れ様です」
「「っ!おはようございますランダレア卿!!」」
一帯に響き渡る程の大声と呼称に慌てるサーブ。
「いっ、いやいや、サーブで良いですよ、って、どうしたんですか?」
門衛の一人はピシッと姿勢を正したまま答える。
「いえ!何もありません!至って順調です!ランダレア卿!」
「っ、いやいや、前は誰も家名で呼ばなかったじゃないですか、本当に何があったんですか?」
「いえっ!本当に!何もありません!」
目を背けて震えながら答える門衛を見て申し訳ないと思ったサーブは小さく溜め息をつき、門衛に笑みを向ける。
「わかりました。何も無かった、それで良いんですよね?」
「っ、ハイ!ありがとうございます!ランダレア卿!」
「……あのぅ、何も無かったって事で良いので、『ランダレア卿』呼びは止めませんか?サーブって呼ばれた方が反応しやすいので」
「わっ、わかりました!サーブ閣下殿!」
「……その変な敬称も止めてもらえないですか?」
警護部事務室に辿り着くまでに同じような受け答えが繰り返された。
事務室に向かう途中、サーブは執政部長の姿を捉え、駆け寄りながら声をかける。
「マイラス執政部長、おはようございます」
マイラスは挨拶してきたのがサーブだと気づくと目を泳がせ、サーブに引きつった笑みを向ける。
「おっ、おはようランダレア卿、今日から出勤だったか。謹慎ご苦労様」
マイラスはそう言うと立ち止まる事無く歩調を速めて去っていった。サーブは立ち止まって首を傾げながらマイラスの背中を見送り、向きを変えて事務室へと向かった。
警護部の受付の男はサーブがやって来る事に気付くと慌てて立ち上がり、部屋の皆に声をかける。
「おいっ、来たぞ!」
声かけに呼応して事務室は静寂に包まれる。サーブは向かっている警護部の方から聞こえていた賑わいが消えた事に首を傾げながら廊下を進む。受付の男は向かって来るサーブに対して姿勢を正し、サーブに声をかけるにはまだ遠いにも関わらず声を張る。
「おはようございます!ランダレア卿!」
サーブはやはり家名で呼ばれたかとゲンナリした笑みを浮かべて歩を進め、直立不動で敬礼をする受付の男に挨拶を返す。
「おはようございます……あの、家名で呼ばないでも大丈夫ですよ。サーブと呼んで下さい」
柔らい口調で窘めるサーブに受付の男は敬礼をしたまま答える。
「っ!はいっ!申し訳ありません!」
「いやいや、謝らないで下さい」
サーブは困り顔でそう言いながら事務室に入るが、
「「「「おはようございます!ランダレア卿!!!!」」」」
部屋いる部員達は一斉にサーブに向かって挨拶をする。皆が手を止めて立ち上がり敬礼する姿にたじろぐサーブ。サーブは緊張した面持ちの部員達に目を向けながら皆に尋ねる。
「み、皆さん、どうされたんですか?何かあったんですか?」
サーブの問いかけに直立不動のまま目を逸らす部員達。サーブは部屋の奥の事務机の前にフレアがいる事に気付き声をかけようとするが、フレアも他の部員達と同様目を逸らしていた。声をかけるのを諦めたサーブは軽く溜め息をつき、奥の部屋に向かった。
奥の部屋にサーブが入った途端、
「おはようございます!ランダレア部長閣下!!」
ロクリフの声が部屋に響いた。サーブは深い溜め息をついてゲンナリした顔をロクリフに向ける。
「その変な呼称と家名で呼ぶの、止めてもらいたいんですが……そこは普通に『サーブ』とお呼び下さい、ロクリフ副部長は俺より年上で経験も豊富なのですから。それで、俺、何で皆から家名で呼ばれるようになったんですか?出勤停止前は『サーブさん』とか『部長』だったのに……」
サーブはロクリフに尋ねながら部屋の奥の事務机へと進む。部屋中央にある書類が山になっている応接用のテーブルの前で直立していたロクリフは剣を腰から外すサーブに体を向ける。
「それは……皆、それぞれ思う所があっての事と思いますので」
サーブは剣を壁に掛け、椅子の背もたれに手を置いてクリフに尋ねる。
「それで、ロクリフさんは何で俺の事を家名呼びするようになったんですか?しかも変な呼称まで付けて」
「えっ、っと、その、ですね……」
目を泳がせ始めるクリフ。サーブは少し寂し気な笑みをロクリフに向ける。
「ロクリフさん。俺、みんなと変な壁を作らず仲良くやっていきたいんですよ。王都でドートル部長がそうだったみたいに」
ドートルの名前を耳にしたロクリフは何か諦めた様子で息を吐く。
「そっ……その……ドートル殿から言われたんですよ。くれぐれも注意するようにって」
「え?注意って?俺、そんなに心配されているんですか?それで、何を注意するように言われたんですか?」
「そっ、それは……」
ロクリフは言い淀むがサーブの物悲し気な目に気付き、覚悟を決めて口を開く。
「ドートル殿は……あなたの機嫌を損ねると最悪町が滅ぶから注意しろと……ドートル殿曰く、騎士団が束になっても敵わないとか、その気になったら王都が半分消し飛ぶとか、王都執政部にその異常な強さを警戒されてこっちに飛ばされたとか」
「……え?」
ロクリフの口から出て来た内容が予想外すぎたサーブは目を丸くさせて固まった。覚悟を決めたクリフは矢継ぎ早に言葉を続ける。
「普通は信じませんよ、普通は。でも、ケルマーの護衛を素手で倒した挙句に強くなかったとか記憶に残ってないとか言うし、請願術式を併用した火球を素手で打ち消したとか言うし、野盗の襲撃も一人で瞬く間に倒したとか言うじゃないですか!無視できないじゃないですか!本当だったら命に係わるじゃないですか!」
言い終えて息を切らすロクリフ。ポカンと口を開けて聞いていたサーブは不意に吹き出し、椅子に座りながら笑みを浮かべて右手を横に振る。
「いやいや♪俺一人で町をどうこう出来る訳無いじゃないですか♪多分、ドートル部長は俺がこっちで見くびられない様にそんな作り話をしたんだと思いますよ」
「え?いや、でも……」
「普通に考えて下さい。その話の通りだとしたら、もはや人じゃないですよ?」
「え、えぇ、それはそうですが……あなたがケルマーの護衛を簡単に倒した事は紛れもない事実です」
「いやいや、それだって、相手との相性が良かっただけだと思いますよ♪」
「は、はぁ……そうですか?」
「そうですよぉ♪だから、変に気を使わないで大丈夫ですから。みんなにも言っておいて下さいますか?俺が言っても信じてもらえないと思うので」
「わかりました、一応言っておきます」
「頼みましたよ」
サーブは引きつった笑顔でそう言うと机の上に積まれた書類に手を伸ばすが、その手を止めてロクリフに声をかける。
「そうだロクリフさん、もしかしてドートル部長は他の部署の方々にもその話をしていったんですか?」
書類の山の前の椅子に座ったロクリフは書類に手を伸ばしながら口を開く。
「えぇ、王都に帰還される前日に各部長と副部長達の前で話されましたので」
「そ、そうですか……だからマイラス部長も……」
サーブの顔は更に引きつった。




