3-2 先月
サーブの出勤停止から一カ月の動向は以下の通り。
・ラトサリー、探検用の装備に慣れるように言われる
『森の調査で役に立ちたかったら少しでも装備に慣れておいて頂戴♪』とカトラから軽く言われたラトサリー。カトラが用意したのは宮総研の探索用標準装備品。煙突の掃除や屋根の修理等の際に着る作業着は着慣れていたラトサリーだが、剣や防具を装備した経験は皆無。その日以降、ラトサリーは外出と就寝以外は探索着で過ごした。だが、マントと剣とリュックサックは厨房では邪魔だから外せとジーナに怒られた。
トップスは、長袖で厚手の綿製外衣はオープンカラーで腹部両脇にポケットがありフラップとボタン付き、半袖で薄手の綿製中衣はラウンドネック。ボトムは、七分丈で厚手の綿製外衣と、足首までピッチリ覆った長丈で薄手の綿製中衣。外衣は上下共に防水処理され袖幅が広めで薄い茶色。肩当てと胸当てと肘当てと膝当ては革製。ベルトも革製で、剣等を容易に着脱出来る金具付き。靴は脹脛までスッポリ収まる革製。靴下は膝下まで覆う綿製。リュックサックは外衣以上に防水処理された綿製。マントはリュックサックと同じ材質で防水処理され、フード付きでリュックサックを背負った上からでもリュック無しでも着用出来るように長さ調整が出来る留め具付き。手袋は数種類あったが、ラトサリーが選んだ手袋は薄手の革製で甲面に厚手の革を縫い付けてあって手首をしっかり覆う程の長さ。
肌着は網に見える方を選択した。ウヌカがそちらを使用していると聞いた事もあるが、動いた時の安定感が決定打だった。紐派のカトラに選んだ理由を話すと『あなたもソッチ側の人間なのね……』と言って背中に哀愁を漂わせた。初めて試着して一日過ごした時は見えないとはいえ恥ずかしい気持ちで動きがぎこちなくなったが、数日試していく内に慣れていった。最終的には何も気にする事無く剣を振れる程になった。余談だがカトラ曰く男性用の開発は未定との事。
・ラトサリー、氷の術式の練習に勤しむ
『森の調査で役に立ちたかったら氷の術式を強化しておいて頂戴♪』とカトラから軽く言われたラトサリー。この時点でのラトサリーの実力は、ミラテースの補助を受ければ大人の拳程の大きさの氷を出せるが補助無しだとひよこ豆程度の大きさが出せる程度。カトラに鼻で笑われるのが嫌なラトサリーは氷の術式の練習に励んだ。
剣の素振りを右手で行いながら左手で氷の術式で氷を出し、剣を持ち替えて右手で氷の術式を使いながら左手で剣の素振りをした。暇を見つけては別邸の氷室に赴いて術式の練習をした。
週に数度訪れるルイーゼの話を聞きながらテーブルの下に忍ばせた桶に向かって氷の術式の練習をしようとしたが、余りの不自然さにエリーにとがめられた。恥ずかし気に事情を説明するとルイーゼは『良い心がけだな』と言って練習の続行を認め、何も無かったかのように話の続きを始めた。
術式の練習に励んだ結果、サーブの出勤停止が解除される頃にはクルミ程の大きさの氷の塊を連続して出せるようになっていた。
・なんだかんだでルイーゼ来訪
サーブの出勤停止から五日後、ドートルと一向は任務を完了して王都に帰る事になった。馬車に土産の品を目一杯積み込ませたルイーゼは涙ながらドートルを見送った後、ラトサリーを捕まえて愚痴を言い続けた。
その日以降、ルイーゼは何かと理由をつけて別邸に現れるようになり、ラトサリーと共にジーナもルイーゼの応対をした。侍従として同席する事になったジーナは身分差もあり当初は何も言わずラトサリーの後ろで軽く相槌を打っていたが、その相槌の頻度と大きさは次第に増していき、ある時、相槌を打つついでに口を滑らせてしまった。ラトサリーは慌ててルイーゼの様子を伺ったが、ルイーゼはジーナが口を挟んで来るのを待っていたかの様にしてジーナを会話に加えた。ルイーゼの後ろでジーナは目を丸くさせたが、ルイーゼの楽し気な様子を見て黙認する事にした。
話し相手が増えたからか、ルイーゼが子供達を連れて来るのが週一回と言う話だったものが二回になり、子供を連れずに単独でも来るようになった。連日のように現れるようになったルイーゼはラトサリーに『お主は鍛錬で忙しいだろう、ジーナだけで良い』と言う程になり、ルイーゼの後ろに控えるエリーも嬉々として話に加わるようになった。終いには、ルイーゼはラトサリーが不在と知っていても別邸に現れるようになった。
・ラトサリー、サーブと剣の稽古にも励む
『森の調査で役に立ちたかったら剣の腕も上げておいて頂戴♪』とカトラから軽く言われたラトサリー。引っ越しの道中サーブと約束した事もあって剣の稽古をつけてもらう事になった。カトラはサーブに『この稽古は宮総研の仕事の一環だから手加減したら給金無し♪』と釘を刺した。
サーブは練習用の剣、ラトサリーは練習用の大剣(サーブが庁舎から借りて来た)。最初は人に向かって剣を振る事を躊躇していたラトサリーだったが、全て余裕ではじき返すサーブの御陰で次第に深く切り込めるようになっていった。
一度だけ、切り込んだ時にラトサリーの頭の中で【 ジャジャ!!! 】と鳴り、その一撃をサーブは何故か剣で受けずに躱した。振り下ろされた剣の圧で地面に切れ込みが発生し、焦るラトサリー。サーブは『これは凄い♪』と大喜びし、『もう一回♪』と剣を構え直した。気乗りしないラトサリーは恐る恐る剣を振ったが、同じ事は起きなかった。後日、宮総研でその様子をカトラに話すと、剣を持たされたラトサリーは外に連れ出されて剣を何時間も振らされた。その時も同じ事は起きず、驚異的な一撃が出る条件の検証は保留となった。
・宮総研別棟補強工事完了
カトラから華奢と言われ、賊に母屋正面扉を破壊された宮総研分室敷地内の建物。別棟と厩舎の工事を先行してもらい、カトラは無事だった母屋勝手口を利用して母屋で生活しながら業務を果たした。別棟の扉と窓の補強工事が終わり、カトラが別棟への移動を終えると母屋の工事が行われた。厩舎の補強工事は完了の目途がたったが母屋の工事は材料調達の都合で遅れる事となり、ラトサリー達が戻る日は先延ばしとなった。
・宮総研で仮採用した四人、逃げる
第一回宮総研分室採用試験は戦闘試験で全員不合格となった。だが、オグマはその中から五人の男に声をかけ、訓練員として仮採用と言う形で残ってもらった。訓練期間は一か月で給金は正式採用時の一割と言う条件を五人の男達は受け入れた。
カリフ程の戦闘力は無いものの訓練すれば補助要員として十分働けると見越しての措置だったが、オグマの思惑は早くも大きく崩れた。彼らは皆、読み書き計算がイマイチ以下だったからだ。オグマの思惑にある程度理解を示していたカトラだったが、早くダラウンカタの調査に本腰を入れたいので訓練を急いだ。急ぎ過ぎた結果、空気椅子をしながら演算訓練、逆立ちしながら音読、走り込みをしながら書き取り、と言う混沌とした訓練が行われ、四人は根を上げて逃げてしまった。
残った男はガンドと言い、カリフより少し背が低いもののオグマが見劣りする程の筋肉を有していた。先だっての試験ではカトラの攻撃を辛うじてだが正面から受け止める事に成功した唯一の男だった。四人が逃げ出した後もガンドは文句を言わず訓練を受け続けたが計算が苦手な様子だった。だが、人相がすこぶる穏和だったので別邸に設けた宮総研受付と留守番要員で採用する事となった。しかし見習いとしての採用で、給金は当初掲示していた金額の半分だった。それでも留まってくれた事にオグマは感謝するのだった。
・サーブ、市場掃除に赴く
サーブは出勤停止となった翌日、露店が店の用意を始める前の早い時間帯を狙って市場の清掃に出かけた。拾ったゴミを袋に入れながら路地を歩くサーブを目にした商人達はサーブを呼び止めた。市場の掲示板にも貼り出された裁定通知書の件でサーブは色々尋ねられたが、『あの内容で察して下さい』と答え、『今後警備料を要求する衛兵がいたら自分に報告して下さい』と付け加えた。そんな対応をしている内にサーブは多くの人に囲まれ、次々に話しかけてくる人達への対応に追われてゴミ拾いの中断を余儀なくされた。
そんな中、一部の露店商は今まで徴収された金額の返還をサーブに要求しだした。サーブが頭を下げる事しか出来ずにいるのを見かねた者達は露店商とサーブの間に割って入り、争いが始まった。争いは次第に群衆へと伝播して激しくなり、商人の一人は店先から護身用の棍棒を持ち出して露店商に迫った。離れた場所で棍棒が見えたサーブは慌てて周囲を見渡し、自分の横でもみ合っている男に目を止めると片方の男の襟首を掴んで棍棒を振りかざす男目掛けて投げ飛ばした。悲鳴を上げて宙を舞う男は棍棒を振り回す男に命中した。サーブはもう片方の男の肩に飛び乗ると人々の肩を飛び渡り、棍棒を持って道路に倒れている男の元に飛び降りた。棍棒を拾い上げたサーブは枯れた小枝を折る様に棍棒をへし折り、地面に倒れている男に笑顔で注意を促した。
サーブの一連の動きを見た人々は驚きで動きを止め、気を削がれた群衆は争いを止めて解散し始めた。宙を舞った商人にサーブが平謝りする声が広場に響く中、露店商達を仕切っている男がサーブの元に進み出て声をかけた。男は今後衛兵が金品を要求してきた時の対応について二つ三つ確認を取ると残っていた者達を解散させ、サーブには清掃は日を改める様にと言って帰宅させた。
・アドエル、ルイーゼ邸宅でも人気
アドエルはレンマとアンナとの交友を深める為に週に一度ルイーゼ邸宅へ赴く事になった。レンマとアンナも週に一度別邸のアドエルの元を訪れる事になっていたが、ルイーゼの都合で回数が増えた。
ルイーゼ邸宅でアドエルは侍従達の間で大人気となった。きっかけはアドエルが付き添いのミラテースのコップに氷を出したのを見られた事だった。人員不足で氷室の氷が不足していた所に現れた氷の術式使い。幼児である事など構わぬと言う空気の中連れて行かれた氷室でアドエルが出した氷は大きなスイカ程だった。歓声を受けるアドエルを誇らしげに見守るミラテースはアドエルに補助が必要か尋ねるが首を横に振られ、ミラテースはアドエルの成長を見て顔をほころばせた。
役に立ったと言う事もあったが、アドエルの容姿の良さは邸宅での人気に拍車をかけた。王都の施設では何もない空間に笑いかけるように見えるアドエルは忌避の対象だったが、邸宅でミラテースに屈託の無い笑みを向けるアドエルは鑑賞の対象以上の存在となっていた。
そして、森の探索の先導を中心に出勤停止期間を忙しく過ごしたサーブが当庁する日となった。




