3-1 探査
川で隔てられたカタアギロ西側の町を囲う丸太の防壁の外側は草原が広がり、森へと続く道は非効率と断言できる程に蛇行していた。草原はクローバーで覆われ、所々で紫の花を咲かせていた。蛇行した硬い土の道を小一時間程進むと森の奥へと続く入口が現れ、漂い出てくる空気は訪れる者達を拒むかの様な冷たさを帯びていた。
サーブの出勤停止が解除される前日。
ラトサリーは大きく膨らんだ袋を抱え、森の外を目指して全速力で走っていた。ラトサリーから少し後ろを走るオグマは記録用紙の束を握りしめ、チラチラ後ろに目を向けていた。オグマの更に後ろを横走りするカトラは後方に目を向けながら大剣を構え、二人に向かって大きな声を上げる。
「来るわよ!!」
カトラの声に呼応してラトサリーとオグマは横に飛び退き、大木に身を隠す。
《 ボゴッ!ボゴッ! 》
大木の幹にめり込むクルミの実。オグマとラトサリーは飛び散る樹皮に顔を青くして再び森の外を目指して走る。紙一重でクルミを避けたカトラは向きを変えて木々を蹴り登り、大剣を振りぬく。
《 バシッ! 》
クルミを飛ばした『主』を大剣の腹で枝ごと叩き落したカトラは着地すると絶命した『主』を左手でパッと拾い上げ、横に飛び退く。
《 ボコッ! 》
先程までカトラがいた空間を貫いて地面をえぐるクルミ。カトラは剣を右手で構えて木の上に目を向ける。シッポを大きく動かしながら威嚇のうめき声をカトラに向ける二匹のリス。カトラはリスに睨みを利かせながら後方の二人の離脱具合を伺うが、森の奥から数匹のリスが向かって来る気配を察すると拾い上げたリスを横に投げ捨てて剣を左手に持ち替える。空いた右掌の上に術式で拳大程の氷の塊を出したカトラは氷の塊を掴み、氷の表面に風の術式を纏わせて素早く振りかぶると斜め上に投げつける。
《 ドガガガンッ! 》
細い枝を薙ぎ払った氷の塊は木の幹に当り、樹皮の破片と共に飛散する。迫って来ていたリス達の動きは止まり、カトラを威嚇していたリス達は慌ただしく後方のリス達が止まった木まで後退していった。カトラは再び氷の塊を出現させ、周囲の様子を伺う。ラトサリー達の走る音が聞こえなくなり、二人が森の外に出て安全圏に到達したであろう頃合いまで睨みを利かせていたカトラは水滴が落ち始めた氷の塊を森の奥上方に向けて投げつける。
《 ドガガンッ! 》
リスの群れは警戒する様な鳴き声を上げながら森の奥に逃げていった。カトラはリス達を注視しながら手袋に着いた水気を軽く振り払って剣を右手に持ち替え、左手でリスを拾い上げるとラトサリー達の後を追った。
森の入り口で荷車と共に皆の帰りを待つカリフ。森の奥で鳴った音に気付いたカリフは荷車を押す準備を始めた。森から駆け出たオグマとラトサリーは荷車に駆け寄り、ラトサリーは荷車後方に袋を乗せた。オグマは記録用紙の束をラトサリーに渡して剣を抜く。ラトサリーは荷車に乗せた袋を記録用紙の束と一緒に左手で抑え、右手を荷車に添えて声を張る。
「カリフさんっ、行けます!」
ラトサリーはそう呼びかけてから荷車に体重をかけ、カリフは握り棒に体重を掛けて荷車を押し始める。荷車は一気に加速し、土埃を上げて草原の道に突入する。オグマは荷車と並走し、自分の位置が森側からの攻撃を遮る盾となる位置となる様にしながら警戒を続ける。荷車を押しながらカリフは並走するオグマに声をかける。
「オグマさん、何か今までと違って凄く襲われてましたね。何かあったんですか?」
「いや、サーブに案内してもらった時と同じ経路でクルミの採取をしただけだ。先回採取した時は何も無かったのだが……花輪も先回と同じく腕に巻いてあるのに……」
オグマはそう言いながら自分の左手首に巻き付けてあるクローバーの花輪に不満気な目を向ける。カリフも自分の左手首の花輪に目を向け、首を傾げながら口を開く。
「そうですか。それじゃぁ……クルミの取り過ぎで怒らせちゃいましたかね?」
「そうだなぁ……でも、先回より取ってないんだがなぁ……まぁ、それは後にして安全圏まで逃げよう」
それから追撃を受ける事無く安全圏の印の杭まで逃げ切った三人はそこで止まり、カトラを待った。
余裕を持った走りで三人が待つ先へと向かうカトラ。追いついたカトラは左手に持ったリスを荷車にポイっと投げ、荷車から布を取って剣を拭き始める。オグマは荷車に転がった獲物に目を向けながらカトラに尋ねる。
「カトラ、こいつ、まだ生きてるか?」
「いいえ、息の根は止めてあるから安全よ」
「そうか」
オグマはそう言いながらリスを掴み取り、皮を摘まんだりしてから荷車に固定してある大きな箱に入れる。箱の底にはクルミ程の大きさの氷がゴロゴロと転がり、箱の前に座っているラトサリーは箱の中に向かって両手をかざしていた。ラトサリーは箱の中を覗き、氷が敷き詰められている箱の中でピクリとも動かないリスが置かれた場所を避ける様にして氷を発生させる。オグマは箱の中を覗き、頷きながらラトサリーに声をかける。
「順調だな。それじゃ、その調子で頼む」
「はい、分かりました」
返事を聞いたオグマは箱の蓋を半分閉め、蓋が動かない様に縄で固定し始める。固定を終えたオグマは荷車の後ろに移って荷車に手をかけ、カリフに声をかける。
「カリフ、待たせたな、行くぞ」
「了解」
動き出した荷車の後ろでカトラは歩きながら森の方に顔を向け、オグマに声をかける。
「オグマ、ちょっと森に用事が出来たから、後の事は任せて良い?」
「あ?ダメに決まってるだろ。鹿肉は諦めろ」
オグマは即答すると溜め息をついて呆れ顔をカトラに向ける。
「今回は戻ってから手数が必要だって言うのに何言ってるんだ?馬鹿かお前は?そんなに好き勝手したいんだったら雇用条件を緩和して人員増やせ」
「うっ……でも、使えないヤツなんて雇いたくないわよ。それに、あなたが声をかけた五人の内の四人、読み書きの訓練させた程度で逃げちゃったじゃない!」
「それはお前が走り込みしながら書き取りなんて無茶な訓練するからじゃないか!」
「だって、それ位出来ないと調査の記録係も出来ないじゃない!」
「だからって半日ぶっ通しで走らせ続けて潰しちゃ意味ないだろ!」
「うっ……だって、その程度で根を上げるなんて思わなかったんだもん……」
拗ねるカトラに呆れ顔を向けるオグマ。
「一人残ったのは奇跡だと思え!いいか?今のままだと人員が全く増えずに当初予定していた事が何も出来ない。次の採用試験は基準を緩和して十人位採用しろ。そんでもって無茶な訓練を課すな!わかったな?」
「うっ……わかったわよ」
カトラは口を尖らせてそう言うと、未練たっぷりの目を森に向ける。そんな二人を苦笑いしながら眺めるラトサリー。その視線に気付いたカトラはムスッとした顔をラトサリーに向ける。
「なによ」
「えっ?いや、さっ、さっき、氷の塊を投げてたじゃない?風の術式で打ち出す練習してたのに、何で使わなかったのかなぁ、って思って」
「あぁ、それね。って言うかラトサリー、あなた、あれだけ走りながら私の方を見て、よく転ばなかったわね」
「まぁね♪それで、何で使わなかったの?」
「え、えぇ……まだ上手く出来ないのよ。投てきする氷に風を纏わせる手法は実戦で使える威力になったから使ってみたけど、もう少し……」
口を尖らせて話し始めたカトラは急に口を止め、不機嫌そうにラトサリーを睨む。
「そんな事より、今はそっちに集中しなさい!氷出すだけじゃなくて、力の流れに目を向けて!そんなんじゃ何時まで経っても索敵術式なんて出来るようにならないわよ!」
「はーい」
八つ当たりぎみなカトラに適当な返事を返したラトサリーは自分の手の先に目を向ける。町に戻る荷車の上で大箱の中に氷を出し続けるラトサリーの頭の中では【 ティロロロン♪ 】、【 テテテッテーテーー♪ 】、【 ティロロロン♪ 】、【 ティロロロン♪ 】と音が鳴り続けた。




