2-28 求人
一夜開け、サーブは庁舎に向かう前に侯爵家本邸に立ち寄り、ラトサリーが作成した書簡を門衛に託した。そこから登庁したサーブは警護部事務室で申し送りを済ませ、庁舎入口に向かった。門衛に求職者の来訪具合を尋ね、数人しか来ていないと伝えられたサーブは執務室に向かい、予備の広告用紙を取り出して目を通した。給金の記載が打ち合わせの時より少ない事に気付いたサーブは慌ててペンを取って書き直し、訂正の印章を押して自ら貼り替えに赴いた。就任早々変に騒いで庁舎での人間関係が悪くなる事を憂慮したからだ。
四枚程求人用紙を持って掲示板に辿り着いたサーブは、自分達の広告の横に貼られた求人広告の給金の額を見て顔を引きつらせた。その広告は宮総研の物で、サーブが先程書き直した額の倍の報酬が提示されていた。宮総研の面接日を確認したサーブは掲示板の広告を貼り替えてから急いで庁舎に戻り、求人面接担当者の一人に残りの掲示板の広告の貼り替えを頼んでから宮総研に向かった。
宮総研が近づくにつれ聞こえる賑わいの音は大きくなり、賑わいの中に混ざる男の怒号に気付いたサーブは足を早める。道には門に向かって人が列を作り、門の奥では多くの人達が何かを取り囲んで大きな声を上げていた。門に辿り着いたサーブは列を誘導しているオグマから声をかけられる。
「おい!サーブ!サーブじゃないか!ちょっとここを頼まれてくれ!」
「っ?『ここを』って、何がどうなってるんですか?」
「門を出た人数以上の人が入らない様にしてくれ!頼んだぞ!!」
オグマは雑な説明を一方的に終えると庭の人だかりに向かって走り出す。返事を出来ずに取り残されたサーブは困り顔で列の先頭へ向かい、並んでいる男に声をかける。
「あのぅ、すみません。今、どう言う状況なんですか?」
「どう言うって聞かれてもなぁ……採用試験をするから来た順に並べって言われて、やっとここまで来たんだ。出て来た奴に聞いてくれ」
「そうですか、ありがとうございます」
サーブは男に頭を下げ、敷地の中に目を向ける。すると、門に向かって歩いて来る男達の姿がサーブの目に入った。サーブは剣や槍を杖代りにして歩いてくる男達の人数を数え、列の男達に声をかける。
「八人出ます。八人入って下さい、八人です」
八人が意気揚々と入って行くのを見送ったサーブは出て行く男達に目を向け、腰に手を当ててトボトボ歩く男に声をかける。
「あのぅ、すみません。試験って、どんな感じですか?」
男はサーブを睨むが、驚いた様子で足を止め、痛みを顔に滲ませながら口を開く。
「いやっ、あの、ご、五人一組で試験官と対戦して、一撃入れたヤツは合格って話になってます」
「五人一組?って、それじゃぁ試験官はカトラさん……女の人ですか?」
「そうです……何なんですかあの女……五人で挑んでこのザマですよ。こんな調子じゃ合格者なんて出ないんじゃないですか?」
「そっ、そうですね。それで、何であんなに人だかりが出来てるんですか?」
「あぁ、あれは不合格になった奴らですよ。あの女が一撃入れられるのを見ないと気が済まないとか言ってましたよ」
痛みを堪えながら言葉を吐き捨てた男はサーブに頭を下げ、再び歩き出して宮総研を去っていった。サーブは男に頭を下げて見送ると再び敷地の中に目を向けた。
並んでいた最後の男達を敷地に入れたサーブは敷地内で密集する男達の外側を回り込んで母屋に向かう。男達の怒号と打撃音と溜め息を聞きながら厩舎の手前まで来たサーブは改めて辺りを見回す。母屋の玄関前の手すりに腰を掛けているカリフを見つけたサーブはカリフの元に向かった。
カリフは合格者を一人も出さない室長に呆れていた。合格者の為に用意していた書類が無駄になる事に溜め息をついたカリフだったが、誰かが近づいて来る事に気付き顔を厩舎の方に向ける。カリフと目が合ったサーブは右手を上げて小走りでカリフの元に向かい、声をかける。
「カリフさん、お疲れ様です」
カリフは手すりから降りて爽やかな笑みをサーブに向ける。
「いえいえ。それで、どうしたんです?今日はそちらも求人面接の日でしたよね?」
「そうなんですけど、数人しか来なくて……それで掲示物に不備があったか確認しに行ったら宮総研の広告が貼ってある事に気付きまして。それで読んでみたら試験日が今日だったんで見に来たんです」
「そうでしたか。スミマセンね、ワザと試験日を被せて邪魔しようとした訳じゃないんですけどね」
「いやいや、それは分かってますよ。それに、倍の給金ですから、こっちに殺到するのは当然ですよ」
「そう言ってもらえると助かります」
「いえいえ、それにしても……」
サーブはそう言うと更に五人の戦意を根こそぎ奪い終えたカトラに目を向けながらカリフに尋ねる。
「カトラさんって、合格させる気あるんですか?」
「いやぁー…………相手の骨を折ってない所を見ると、無くはないと思う……けど……」
カリフが言葉を詰まらせていると、カトラの大声が庭に響き渡る。
「次はもういない?試験受けてない人いるでしょ?」
カトラの呼び掛けに男達はざわつき始めるが、誰も声を上げなかった。カトラは不満気に鼻を鳴らすと母屋の方を向いてカリフに声をかけようとするが、一緒にいる男がサーブである事に気付くとサーブに声をかける。
「サーブ、どうしたの?まさか転職希望?あなたなら試験無しで大歓迎よ♪」
「っ!しません!忙しいかもって思って手伝いに来たんですよ」
「そうなの?それじゃぁ……」
カトラは怪しい笑みを浮かべて言葉を続ける。
「ちょっと手伝ってもらおうかしら?サーブ、その剣はいつもの剣?」
「え?えぇ、そうですけど」
「そう。それなら大丈夫ね♪追試の試験官になって頂戴♪」
「え?良いですけど、練習用の剣じゃなくて大丈夫ですか?」
「えぇ。慣れた剣の方が動きやすいでしょ?」
「まぁ、そうですけど、怪我させちゃっても責任取れませんよ?」
「大丈夫よ、オグマに回復させるから♪」
「そっ……そうですか。そう言う事なら」
サーブは気乗りしない様子でそう言うとカトラの元に向かう。カトラはサーブが自分の横に来た所で息を吸い、大きな声で男達に呼びかける。
「まだ動ける人達!追試よ♪今から十分の間に、サ……この男に一撃を入れた最初の人が合格よ!今までは模擬戦用の武器を使ってもらってたけど、武器はそれぞれが持っている武器をそのまま使って構わないわ!参加しない人は下がりなさい!全員同時で、私が合図をしたら開始よ!準備して♪」
男達は暫し怪訝な顔で互いに見合うが、一部の男達はカトラの言葉を理解すると武器を構えてサーブを囲み始める。サーブは慌てた顔をカトラに向ける。
「カトラさん!五人一組じゃないんですか?!」
「だって、それ位じゃないと退屈でしょ?…………あ、……あなたがね♪」
「何ですか今の空白は……」
不満げにカトラを睨みつけるサーブ。二人が言葉を交わしている間に男達はサーブの包囲を完了させ、その中の一人がカトラに尋ねる。
「おいっ、俺の剣、諸刃だけど、良いんだな?」
「えぇ、問題無いわ♪」
カトラが笑顔で答えると、更に多くの男達も武器を手にしてサーブの囲いに混ざり始める。慌てるサーブにカトラは声をかける。
「サーブ、怪我人はオグマが回復させるから安心しなさい。それと、合格させてあげたいとか言って手加減しちゃダメよ♪もし手加減したりしたら……」
カトラはそこで言葉を止めるとサーブに顔を近づけ、益々怪しい笑みを浮かべて囁く。
「あなたがラトサリーにしたいと思っているあんな事とかこんな事とか、私がしちゃうわよ♪」
聞き終えたサーブが殺気を噴出させながら剣を抜くと、サーブを囲んでいた男達は酷い寒気を覚えて数歩後退りする。サーブはカトラを睨みつけて口を開く。
「カトラさん……早く済ませましょう。始めて下さい」
カトラはサーブの殺気に満ちた視線を気にせず歩き出し、男達の輪から出てから大きく息を吸って声を張る。
「それじゃぁ、始めっ!!」
カトラの合図の声と同時に男達は吹き飛び始めた。




