2-24 余暇3 ルイーゼ来訪
ルイーゼはサーブを見つけると、侍女を引き連れてゆっくりと歩き始める。サーブとラトサリーはルイーゼの方に駆け寄り、ルイーゼの前で足を止めると礼をして頭を下げる。足を止めたルイーゼは穏やかな笑みを二人に向ける。
「連日の訪問で済まない。頭を上げてくれ」
促され二人は頭を上げる。侍女は衛兵に目配せし、察した衛兵はルイーゼに礼をして場を離れた。ルイーゼはサーブに顔を向けて口を開く。
「サーブよ。休みの日に押しかけて済まない。成さねばならぬ事があってな。ついでにお主に聞きたい事がある」
「そっ、そうですか。それで、俺……私に聞きたい事とは?」
「それは……」
ルイーゼは口を止め、ベンチの前で集まる子供達に目を向けて言葉を続ける。
「いや……成すべき事を果たしてからにする」
ルイーゼはそう言ってからラトサリーに顔を向ける。
「ラトサリーよ。私がまだ会っていない子供はここにいる者達だけか?」
「はい。昨日の会合で席を外してもらっていた子達に集まってもらいました」
「そうか……手配に感謝する」
ルイーゼは硬い顔で感謝を述べるとサーブに顔を向ける。
「ではサーブ、少し待っていて欲しい」
「はっ、はい、分かりました」
サーブの返事を聞いたフレールは息を軽く吐き、神妙な面持ちで子供達がいる方にゆっくりと歩き始める。遠巻きに見ていた子供達はフレールが近づいて来るのを見ると不安げに顔を向け合い始める。子供達が集うベンチの前で足を止めたルイーゼは改めて子供達に目を向け、怯えた様子の子供達に声をかける。
「皆の者、ルイーゼ・ガイヒアだ。今日はそなた達に言うべき事があって推参した」
硬い声色で自己紹介するルイーゼに子供達は怯えの色を濃くさせる。ルイーゼはそんな子供達を見て息を飲み、苦悶で顔を歪ませながら口を開く。
「そなた達に……平穏に暮らせる環境を整えてやれず……済まない」
ルイーゼはそう言うと子供達に向かって深く頭を下げる。年長の子供達は酷く驚いて動きを止め、小さい子供達はその様子を見て目を泳がせた。侍女が顔を曇らせて見守る中、ルイーゼは頭を上げて神妙な面持ちのまま口を開く。
「そなた達への償いは我が家名に誓って必ず果たす。何かあれば何時でも言いに来られよ」
ルイーゼは言い終えると向きを変え、呆気に取られた子供達から逃げるようにサーブとラトサリーの元に向かう。サーブは微笑みながらルイーゼを迎える。
「ご立派です、ルイーゼ様」
ルイーゼは安堵の息を吐いてからサーブに笑みを見せる。
「そなたにそう言って貰えて何よりだ。それでは、子供達に関する実務はそなた達に任せる事になるが、頼んだぞ」
「はいっ、お任せ下さい!」
サーブの軽快な返事を聞いて侍女も笑顔を取り戻す。空気が変わった事を見て取ったラトサリーはルイーゼに歩み寄って尋ねる。
「それでルイーゼ様。私達にお尋ねになられたい事とは?昨日もそのように仰っておられたと思うのですが……」
「あっ……あぁ……そうだったな……その……」
ルイーゼは急にしどろもどろになり、頬を紅く染める。ラトサリーとサーブは黙ってルイーゼの言葉を待つが、ルイーゼは自分の手をギュッと握って俯いてしまう。侍女が大きな溜め息をついて口を開こうとした時、扉が開いてジーナが庭に現れる。ジーナは大きな声で皆に呼びかける。
「みんなっ!お茶の準備が出来たわよっ!……食堂に……」
来訪者について何も聞いていなかったジーナはルイーゼがいる事に気付くと言葉を失い固まる。そんなジーナの様子を気にする事無く子供達は扉へと駆け出し、ジーナを押しのけて建物に入っていく。ミラテースはアドエルを抱えて子供達の後に続き、中庭から消えた。ラトサリーは固まったままのジーナに声をかける。
「ジーナ。私達は後から行くから、みんなの事よろしく」
ジーナは無言で頷き、ぎこちなく振り返って中庭から出て行った。静かになった中庭に残ったサーブとラトサリーはルイーゼの様子を伺う。涙目になって俯いたままのルイーゼにラトサリーは首を傾げ、困り顔で侍女に尋ねる。
「あの、ルイーゼ様のご用向きを御存じですか?」
侍女は呆れた顔でルイーゼを見ながら口を開く。
「えぇ。存じておりますが、ルイーゼ様自らの口でお尋ねになられた方が良いかと存じます。ですので申し訳ありませんが、もう少々お待ち頂いても宜しいでしょうか?」
ルイーゼは耳まで赤くしながら侍女を睨む。
「もうっ!エリーの意地悪!」
俯いてモジモジし始めるルイーゼ。困り果てたサーブの横でラトサリーは左頬に左手を当て、目を閉じて左人差指で頬をポンポン叩き始める。侍女のエリーはラトサリーの所作を見て憤りを顔に宿すが、それに気付いたサーブはエリーに申し訳なさそうな顔を向ける。
「あのっ、今しばらく我慢して頂けませんか?」
エリーは怪訝な顔をサーブに向けるが、頷いて一歩退く。胸を撫で下ろしたサーブはラトサリーに目を向けて彼女の指が止まるのを待つ事にしたが、その指は直ぐに止まった。ラトサリーは目を開いて頬から左手を放し、サーブに声をかける。
「サーブ。ちょっと会話が聞こえない所まで下がってくれる?」
「え?う、うん、わかった」
サーブはそう言って回廊の端に向かって歩き始める。回廊の端でサーブが足を止めた所でラトサリーはエリーに近づき、不安げに小声で尋ねる。
「あのぉ……一応お伺いしますが、御用件はサーブの事では無いですよね?」
「え?えぇ、違います」
「そうですか、良かった……」
ラトサリーは安堵の息を吐くと右手で口元を隠し、ルイーゼに顔を向けながらエリーに尋ねる。
「それならドートル様の事ですね?」
ルイーゼは驚いた様子でラトサリーに顔を向け、飛びつく様にしてラトサリーの両腕を掴むと口をワナワナさせる。真っ赤な顔で言葉を出せないでいるルイーゼにエリーは呆れ顔を向ける。
「看破されたのですから覚悟をお決め下さい、ルイーゼ様」
そう言われたルイーゼは顔を下に向け、ラトサリーから手を離すと弱弱しい声でラトサリーに尋ねる。
「ドートル殿は……その……妻子持ちか?」
ラトサリーはサーブがいる方に背を向け、困った顔で答える。
「申し訳ありません、存じ上げません……」
「そっ……そうか」
肩を落とすルイーゼにエリーはゲンナリした顔を向ける。
「ですから本人に直接お尋ねになった方が早いと申し上げたではないですか」
「っ!聞けるか!」
真っ赤な顔で侍女を睨むルイーゼ。ラトサリーは苦笑いを浮かべながらルイーゼに囁く。
「ルイーゼ様。真意を悟られずに情報を聞き出せれば良いのですよね?」
ルイーゼは驚きと嬉しさが混ざった顔をラトサリーに向ける。
「そっ、そんな事が出来るのか?」
「恐らく大丈夫だと思います。今からサーブを呼び戻します。話の流れは……」
ラトサリーはそう言いながらルイーゼの耳元に顔を近づけ、エリーも体を寄せた。
ラトサリーに手招きされたサーブは小走りで彼女の元に向かった。戻って来たサーブにラトサリーは笑顔で声をかける。
「待たせて御免なさいね、サーブ。それで、ルイーゼ様がお知りになられたい事って言うのがね、カタアギロにいらした警護部の皆さまの家族構成だそうなの」
「家族?それはいったい?」
首を傾げるサーブにルイーゼは少し赤らめた顔を向ける。
「今回、ドートル様を筆頭に警護部の面々にはとても世話になったので、戻られる際に礼の品を用意しようと思ったのだ。それに、王都で家族を待たせているであろう?その者達の為にも何か持たせてやりたいと思ってな」
「そうでしたか♪みんな喜ぶと思います!でも、なんで先程はあんなに恥ずかしそうだったのですか?」
無意識に急所を的確に突いてくるサーブにルイーゼは顔を引きつらせる。エリーは咳払いをして口を開く。
「ルイーゼ様は直接頼み事をする事に不慣れなのです。ですが、今後そんな事も言っていられないと思いまして……ですが、あそこまで緊張なさるとは予想外でした。サーブ様を困惑させてしまった事、心よりお詫び致します」
頭を下げるエリーにサーブは慌てふためく。
「あっ、頭を上げて下さい!不慣れな事をする時は誰でも緊張しますから」
エリーは頭を上げ、サーブに笑みを見せる。
「そう仰って頂けると助かります。それでは、教えて頂けますか?」
「勿論です♪……それで、家族構成って、どの辺りまでお知りになられたいですか?」
サーブの問いにラトサリーは間髪入れずに口を開く。
「同居されているご家族までで大丈夫よ。結婚されていて子供が何人とか、独身であればご家族と御一緒かどうかとかね。あっ、婚約しておられる様なら、それも教えて頂戴。五人分の情報となると結構な量になるから何かに書いてお渡しした方が良いと思うわ」
「そうだね。そうするよ」
サーブはそう言うとルイーゼに体を向ける。
「それではルイーゼ様。私はこれから情報をまとめて参ります。出来上がるまでお待ちになられますか?それとも後でお届け致しましょうか?」
「そうだな……この者と少し話をしたいし、待たせてもらおう」
ルイーゼに目を向けられたラトサリーは目を丸くして固まる。そんなラトサリーを見てルイーゼは笑みを浮かべる。
「そんなに緊張するな。これから長い付き合いになるのだから、親睦を深めておいた方が良いであろう?」
「そ……そうですね。では、食堂に参りましょう」
「いや。私が行くと子供達が緊張してしまうだろう。そこのテーブルで良いぞ」
ルイーゼはそう言うと中庭中央にある東屋に向かった。




