2-19 介錯
まだちょっと血生臭いです。
鞘に納めた短剣をラトサリーに返したカトラは母屋に入り、大剣を手にして表に出ると厩舎に向かった。ラトサリーは汚れた鞘を拭く布を取る為に母屋に入ろうとするが、顔を歪めて足を止めた。
術式で姿を隠したミラテースは母屋の勝手口から外に出て耳を澄まし、危機が去った事に安堵の息を吐いた。ミラテースは術式を解き、アドエルを抱えて裏手から母屋の玄関に向かうが、途中でアドエルからフードが外れている事を指摘されて慌ててフードを被った。玄関横に着いたミラテースは玄関ポーチ先に倒れている男を目にすると慌ててアドエルの目を覆った。
ミラテースとアドエルの無事な姿を見たラトサリーは少し気を取り戻し、事の顛末をミラテースに話した。更なる危険を感じたミラテースはラトサリーを厩舎に連れて行き、荷馬車の準備をさせた。ミラテースはアドエルを荷馬車に乗せ、庭の中程で起き上がれずに苦悶している男の元に行って情報を聞き出そうとした。しかし何も聞き出せず、ミラテースは男をそのままにして荷馬車の準備に加わった。
カトラは厩舎の入り口から職人達に出て来るようにと呼び掛けた。すると斧やら大槌を手にした職人達は奥から出て来てカトラに詰め寄ろうとした。しかし、カトラが抜き身の大剣を手にしている事に気付くと顔をしかめて厩舎の中程まで後退りした。職人達が委縮している姿を見たカトラは溜め息をつき、工事を続けるか尋ねた。職人達は親方を囲んで相談を始めたが、カトラの耳に入る彼らの声は熱や気概が全く籠っていなかった。カトラは大きく溜め息をつき、破壊された扉の仮補修を終えたら帰るようにと告げ、数日の工事中止と工事内容の再検討を伝えた。
職人達が母屋の扉の仮補修を進める横でカトラと親方は今後の工事内容を話し合った。抜き身の大剣を片手で軽く振りながら言葉を強めるカトラに親方は怯えの度合いを強めていった。親方の視界に時々映る血で染まったラトサリーの姿と、遠くから聞こえる男のうめき声は彼の顔を益々青ざめさせた。カトラは親方の弱気に乗じて話しを優位に進め、厩舎を細部に至るまで図面通り堅牢に改装する事を承諾させ、図面とは違う補修のせいで容易に突破された母屋の扉と華奢な開口部の補強を無償でやり直す事を認めさせた。
馬車の準備が終わると、カトラは職人達にすぐ戻ると言って馬車に乗り込んで馬を走らせた。職人達は玄関ポーチ先に転がる亡骸に麻袋を何枚か掛け、視界に入れないようにしながら作業を続けた。
ジーナ達を別邸まで送り届けたオグマとカリフは徒歩で帰途についた。二人がゆっくり町の様子を観察しながら道を進んでいると、荷馬車が向かってくる事に気付いて道の脇に少し逸れながら荷馬車に視線を向ける。近づいて来る荷馬車に見覚えがあり、御者がいつもと何か違う異様な気配を漂わせながら鞭を振っている事に気付いた二人は慌てて荷馬車に向かって走り出した。
荷馬車を操るカトラは前方の二人が自分に目を向けながら駆け寄って来る事に気付き、荷馬車の速度を下げる。カトラは荷馬車を止めると大剣を手にして飛び降り、駆け寄ってきた二人に声をかける。
「あなた達、三人を侯爵家別邸で降ろしたら戻って来て」
茶化す様子を全く見せないカトラに二人は顔を強張らせ、無言で頷く。二人の了承を確認したカトラは足早に来た道を戻り始めた。二人はカトラの後ろ姿を見送る事無くそれぞれ動き出す。オグマは御者席に乗って荷馬車を動かす準備を始め、カリフは荷馬車の後方から乗り込んで指笛を吹こうとするが、ラトサリーの服を見て咳込む。見かねたミラテースはオグマに声をかけ、オグマはそれに応えて馬に鞭を入れた。
扉の仮補修が終わって職人達が片付けを終えた頃、戻って来たカトラは舗装された通路を進みながら庭の中程で倒れている三人の男に目を向けた。三人共々息絶えていたのでカトラは歩道から逸れ、仰向けで倒れて苦悶する男の足元で止まった。職人達がカトラの方を見ないようにしながら通り過ぎ、門を通って出て行った頃合いでカトラは男に声をかける。
「ちょっと話を聞かせて頂戴」
「……殺してくれ……『騎士団長殺し』の手で……死ねるなら……本望だ」
息絶え絶えに声を出す男にカトラは苦笑いを見せる。
「っ、だから……殺してないって言ってるでしょ」
「いや……アイツは社会的に……死んだ……お前は……殺したんだよ」
「…………そうね」
「しかし……あの時……お前を止める事が出来ていれば……こんな事に……ならなかったんだろうな」
「あなた……あの時、いたの?」
「あぁ……そもそも……あの時、お前を……止められていれば……こんな所に来る事も……無かった」
カトラは表情を暗くして男に尋ねる。
「そう……それで、教えて欲しいんだけど」
「……なんだ?」
「人質を取ってどうするつもりだったの?」
「こ……侯爵と仲間を解放させて……南に逃げる予定だった」
「あなた……あんな事をしていた奴の為に危険を冒したの?あなた達だけなら包囲を突破して逃げる事も容易だったと思うけど?」
「そうだな……でも……あの人は……役立たずの……烙印を押された俺達を……受け入れてくれた」
「そう……律儀ね。さすが元近衛騎士って言いたい所だけど……何で……あ……」
カトラは言い淀み奥歯を噛みしめるが、重い溜め息を吐いて言葉を続ける。
「それで?他に仲間は?」
「お……俺達だけだ……」
「そう……あと……私の前に現れてくれて、ありがとう」
カトラは暗い顔で感謝の言葉を口にすると剣を振り上げ、男は静かに目を閉じた。




