2-17 襲撃
この話は血生臭いです。
ラトサリーは厩舎から聞こえてくる喧騒に呆れながら庭の様子を見て回っていたが、カトラのひと際大きな声に手を止めて身を起こす。厩舎の方に顔を向けたラトサリーは自分の方に向かって走って来るカトラに眉をひそめる。カトラは今までラトサリー達に見せた事が無い緊迫した面持ちで声を張る。
「あなた達!今すぐ家に入って!!」
その声と重なるように馬車が止まる音が門の方から響き、馬車から降りて来た二人の男が門を開け始める。ラトサリーの前で止まったカトラはその音に焦り、ラトサリーを右手で突き飛ばして怒鳴る。
「家に入ってカンヌキかけて!!!」
「っ……わかったわ」
ラトサリーは動揺しながら返事をして向きを変え、奥歯を噛みしめながら母屋へと走り出す。ミラテースはアドエルを抱えて既に走っていた。途中でフードがずれ落ちた事を気にかける事無く母屋に到着したミラテースは扉を開け、ラトサリーに呼びかける。
「急いで!」
門を開け放った男達は門を固定すると馬車に戻り、馬車は宮総研の敷地へと突入した。馬車は舗装された通路を逸れてカトラ目掛けて加速を始める。カトラは息を深く吐くと面倒くさそうに鉄の棒の端を両手で握り、馬車に向かって走り出す。御者は一瞬焦るが直ぐに下品な笑みを浮かべ、馬に鞭を入れる。
「ハァッ!潰れろ!」
御者の声と鞭の音が響き、馬車を引く二頭の馬は速度を上げてクローバーの葉と花を巻き上げながらカトラへと突き進む。もう一度馬に鞭を入れる音が鳴り、それを合図にしたかのように御者と荷台に乗っていた男達は馬車から飛び降りる。馬は目の前の障害物を見て止まろうとするが慣性でカトラへと突っ込む。カトラは避けようと馬車の左側に飛ぶが、避けた方に馬車が逸れる。馬がカトラを蹂躙しようとする直前、カトラは体を左に回転させ、左側の馬の左前足付け根に鉄の棒を振り上げる。
《 ドゴッッッ!!! 》
馬は宙を舞い、馬が繋がれた荷台の左側が浮き上がる。身を低くしたカトラは通り過ぎる車輪が髪の毛を撫でた感触にゲンナリしながら着地に失敗した御者に飛びかかり、男に向けて鉄の棒を振り下ろす。
《 ゴシャッ! 》
男の腰骨を砕く鈍い音から一瞬遅れて御者は悲鳴を上げるが、その悲鳴は馬車が横転した音にかき消される。カトラは苦痛で体を捩る男に目を向ける事無く敷地の奥側へと飛び、鉄の棒を振り上げる
《 ガンッ!! 》
投げつけられた槍が弾け飛び、カトラの後方へと飛んでいく。着地したカトラは槍が飛んで来た方に目を向け、立ち上がると槍を投げた男に向かって声を張る。
「ねぇ。今日は忙しいから帰ってくれない?」
男はカトラに近づきながら腰から短剣を抜き、冷やかな目をカトラに向ける。
「そうはいかない。人質を取って逃げないといけないのでな」
二人が言葉を交わす間に馬車から飛び降りた四人の男達の中の三人は素早くカトラを遠巻きに囲み始め、槍を構えてカトラを睨む。もう一人の大柄の男は剣を抜かずに槍を投げた男の横に並ぶ。カトラは五人の男達に呆れ顔を向けながら槍を投げた男に呼びかける。
「それで?私を人質にしようって?止めた方が良いわよ♪」
槍を投げた男は挑戦的な笑みをカトラに向ける。
「そうだな。『騎士団長殺し』に正面から挑んで捕まえるなんて無謀だしな」
「っ!って、殺してないわよっ!」
苦笑いで否定するカトラ。槍を投げた男はカトラの反応に気をかける無く包囲の具合を注視し、包囲の四歩程後ろで止まるとカトラに挑発的な笑みを向ける。
「だから、先に人質を確保させて貰う」
「っ!」
カトラが慌てて走り出そうとした進路を槍の男達三人が遮る。その後ろで槍を投げた男は体格の良い男に指示を出し、体格の良い男は母屋に向かって走り出す。焦りの色を濃くするカトラは左端の男に襲いかかる。
《 ギンッ! 》
柄が補強された槍を弾き飛ばす音と共にカトラは防具を着けていない男の横腹に一撃を入れようとするが、瞬時に一歩退いて横からの槍の突きを払う。
《 ギンッ! 》
槍を払った音と共にカトラは槍で突いてきた男の腹を突こうとするが、左右から迫る槍の突きを後ろに飛び退いて躱す。槍の男達は追撃する事無くカトラとの間合いを広げて囲み直す。間合いの取り合いが続くその間に体格の良い男は母屋に辿り着き、扉を蹴り始める。焦りの色を濃くするカトラに指示役の男は槍の男達の後ろから声をかけう。
「いくらお前でもこの三人の囲いを突破するのは無理だろ?この囲いを突破出来た奴は今まで一人もいないんだ。なぁ。こちらも怪我はしたくないんだ。人質に危害を加えないと約束するから大人しくしてくれないか?」
「あら、紳士ね♪でも、槍で仕留めようとした人にそう言われても説得力無いわよ」
扉を蹴る音が響く中、作り笑顔で答えたカトラは眼光で男達を牽制しながら少しずつ後ろへ下がり始める。男達はカトラの動きに合わせて少しずつ横に広がり、カトラの進路を潰しにかかる。カトラは男達からある程度離れた所で母屋に目を向け、息を大きく吸うと地面を蹴って母屋とは逆の門の方に走り出す。カトラの予想外の動きに槍の男達は焦った様子で指示役の男に顔を向ける。指示役の男は余裕の笑みを浮かべながら指示を出す。
「距離が開く分には構わない。進路を潰しつつゆっくり追いかけろ…………っ!」
指示役の男は急に顔色を変え、声を張る。
「いや!お前達、あの通路に移動だ!全速力だ!!」
槍の男達は慌てて指示通り走り始める。門から母屋へと続く煉瓦敷の通路に辿り着いたカトラは向きを母屋に変える。
《 ドバンッ!! 》
母屋から扉が破られた音が鳴り、カトラは歯を食いしばって歩道を蹴り込む。瞬時に加速するカトラを見て短剣の男は慌てて短剣をカトラに投げつける。
《 シュルンッ! 》
短剣を避けたカトラの足が止まる。急いで走り直そうとするカトラの進路に肩で息をした男達が割って入り、進路を塞いだ。カトラは険しい顔で短剣が飛んで来た方に目を向ける。丸腰になった男は地面で苦悶する男の剣を拾って母屋へと向かっていた。益々顔を険しくさせたカトラは行き先を塞ぐ男達に目を向ける。通路の上に二人、通路の左端に一人、男達はカトラに槍先を向けていた。カトラは二歩後ろに下がりながら鉄の棒の片端を両手で握り、腰を落として大きく振りかぶる。男達は後退りしながら身構える。鉄の棒は風切り音を立てて舗装された通路に振り下ろされる。
《 ドゴンッ!!! 》
鈍い音と共に打ち砕かれた通路の破片が男達を襲う。通路の上にいた男の右目に破片がめり込み、右手を目に当てて苦悶しながら屈み込む。屈み込んだ男の右側の男は土ホコリが両目に入り、目を左手で擦りながら槍を当てずっぽうに振り回す。カトラは振り回される槍の領域に飛び込んで男のみぞおちに鉄の棒の突きを繰り出して背骨まで破壊し、横に飛ぶと屈み込む男のうなじに鉄の棒を叩き込んで首の骨を粉砕する。
屈み込んだ男の左側の男は無傷だったが音と破片に怯んだせいで動き出しが遅れた。援護に動こうとした時には二人の男はカトラに仕留められていた。男は顔に戸惑いを浮かべ、二人の男を屠った背の低い女性から距離を取るべく後ろに飛び退こうとする。カトラは着地すると瞬時に男に向かって飛び、不機嫌な顔で男の槍を叩き飛ばして喉元を鉄の棒で突く。首の骨を破断された男が頭を不自然に曲げながら白目をむいて倒れる姿にカトラは目を向ける事無く母屋へと走り出す。
全速力で母屋を目指すカトラ。剣を手にした男は母屋まであと一歩の所まで迫っていた。カトラは右手で鉄の棒の端を持ち、横に振りかぶって男に目掛けてぶん投げる。男は轟音と共に回転しながら自らに迫る棒に慌て、剣を振る。
《 ギンッ!! 》
衝撃で男の剣は手から離れ、鉄の棒と共に宙を舞う。よろけて足を止めた男に向かってカトラは走り込む。男は痺れた手に顔を歪めながらカトラに体を向けると拳を構え、構えもせずに突っ込んで来るカトラの鼻柱に右拳を繰り出す。
《 シュッ 》
カトラの右耳を拳がかすめる。首を横に曲げて拳を避けたカトラは突っ込む勢いそのまま両掌を男の腹に打ち込む。
《 ボンッ! 》
派手に吹き飛ぶ男に目を向けるカトラは掌に伝わった軽い感触に舌打ちする。後方に飛び退いて掌撃の威力を削いだ男は空中で体を捻って着地すると左手で腹を押さえ、膝を落としてカトラを睨む。カトラは地面を蹴って男に向かって走り込む。その時、
「イヤァァーーーーーッ!!!」
母屋の中から女性の悲鳴が上がる。カトラは足を止めて母屋に目を向ける。男も母屋に顔を向け、ニヤッと笑みを零すと肩で息をしながらゆっくり立ち上がる。カトラは立ち上がった男に顔を向け、奥歯を噛みしめながら睨む。男は数歩下がって呼吸を整えてからカトラに勝ち誇った笑みを向ける。
「俺達の勝ちだ。さぁ、ゆっくり靴と服を脱いでうつ伏せになれ」
「……」
カトラは無言で男を睨み続ける。
「聞こえなかったか?『騎士団長殺し』よ、靴と服を脱いでうつ伏せになれ」
「……だから殺してないって言ってるでしょ」
「……わかった、殺してないって事にしてやるから。靴と服を脱いでうつ伏せになれ」
カトラは呆れ顔で口を開く。
「あなた……そんなに脱がせたいの?女性を野外で?変態なの?どういう教育された訳?親の顔が見てみたいわ……」
男は首に手を当てて苦笑いする。
「そう言わないでくれ。それ位しないと安心出来ないし、お前には報復しないといけないんだ。さぁ、早く脱げ」
カトラは眉をピクっと動かし、母屋の玄関に目を向けてから男に冷笑を向ける。
「誰かが囚われて出てきたら脱いであげるわよ。でも、あなたが見る事は無いわ♪」
カトラはそう言うと男に飛びかかり、男は慌てて後ろに飛び退きながら身構える。その時、母屋の方から物音が鳴り、男とカトラは動きを止めて破壊された玄関に目を向ける。薄暗い部屋の奥からゆっくり入口に近づいてくる人影。人影は次第に鮮明になり、服を血でベットリと汚したラトサリーが現れる。顔面蒼白のラトサリーは浅い呼吸で目に涙を浮かべていた。
次の話も血の臭いが濃いです。




