6:警護部にて
5章あらすじ
どうにか着替えたラトサリーは宮総研がある王城へと向かった
サーブは門の守衛所で荷馬車の速度を緩め守衛に手を振る。守衛もサーブに手を振り返し、馬車はそのまま城内へと入る。馬車置きへと進み荷馬車を担当に渡し、サーブはラトサリーを引き連れて城内を進む。その途中、サーブはラトサリーに声をかける。
「ラトサリー、宮総研に向かう前にちょっと事務所に立ち寄るのですが……色々詮索されるかと思いますが辛抱して下さい」
「そうですか……承知しました。でも、上官や先輩方にもお会い出来そうですね。ご挨拶したいと思っておりましたし丁度良かったです」
「そうでしたか。部長は……今日はいらっしゃると思いますので、よろしくお願いします」
そう話していると二人は警護部事務所に到着した。事務室に似つかわしくない喧騒を避けつつサーブは受付の担当官に声を掛ける。
「お疲れ様です、宮総研の客人をお連れしましたので手続きお願いします」
「おう、サーブか、待ってたぞ♪で、例の……」
担当官はサーブが連れて来た『例の』客人に目をやると、ラトサリーを二度見して動きを止め、口をパクパクさせ始める。受付の担当官の様子が変な事に気付いた周囲の事務官も客人に目を向けてると同じく二度見して固まり、次第に部屋にいた全員がラトサリーに驚愕の眼差しを向けて動きを止める。
波が引くように静けさが訪れた部屋でサーブとラトサリーは目を合わせて困惑する。ふと、部屋の奥にいた体格の良い男が無言でサーブの元に足音強めに歩み寄り、サーブの首に腕を回して低い声を発する。
「ちょっと来いやぁ」
そう言って男はサーブを事務室の外へ引きずって行き、ラトサリーと担当官以外の全員が無言でそれに続いて部屋を出て行く。連れ去られるサーブを不思議そうに見送ったラトサリーの目の前で、担当官は彼女と彼が引きずられていった方向を交互に見ながら口をパクパクさせ続ける。何やら遠くから大声が聞こえ出したのでラトサリーは担当官を横目で見るが、担当官の挙動に変化は見られない。彼女は不思議に思いながらも担当官に小声で声を掛ける。
「……あの、よろしいでしょうか?」
「…………」
担当官はラトサリーの方を見て止まりそのまま固まり返事をしてこない。彼女は多少怪訝な顔になり声を張り上げて呼びかける。
「……あの!!よろしいでしょうか?」
担当官は体をビクっとさせ、椅子から落ちそうになるも体制を持ち直しラトサリーから目を逸らして口を開く。
「っ!……おっ!オゥ!」
ラトサリーは怪訝な顔のまま担当官に尋ねる。
「手続きというのは……サーブ様が何処か別の場所でなさるのでしょうか?」
ラトサリーはそう尋ねながらサーブが連れていかれた方向に目を向ける。その問いに担当官は苦笑いしながら右手のひらをブンブンと横に振る。
「いやいや……アレは全くの別件だよ、あんたは気にしないでくれ。アイツが戻って来るまでには手続き終わらせておくから、あんたはちょっと待っててくれ」
「承知致しました。それで、部長様はいらっしゃいますか?ご挨拶できると嬉しいのですが」
「あぁ、部長ならあそこだよ」
担当官は受付後方で開けっ放しになっている扉を左親指で指差し、右手でペンを取りながらラトサリーにニヤついた顔を向ける。
「サーブはしばらく……くっくっくっ♪……戻って来ないはずだから。ゆっくり挨拶してきな♪」
「……?……ありがとうございます」
状況を理解しかねるラトサリーは怪訝な顔のまま部屋の奥の扉の前に移り、開いている扉を叩いた。
警護部事務室奥の部屋で書類仕事をこなす士官は、扉を叩く音で作業の手を止める。
(ノック?珍しいな……いや、今日は確かサーブが婚約者を連れてくるとか……)
士官が目を上げると、ノックの主は開いた扉の向こう側から青いスカートだけ覗かせていた。士官は青いスカートの主に向かって呼び掛ける。
「お入り下さい」
「失礼致します」
部屋へ静かに入ってきたノックの主を見て士官は呆けた顔になり動きを止める。
(……サーブの奴、キレイだとは言っていたが!)
士官の机の前まで来たラトサリーは礼をして自己紹介をする。
「初めまして、ラトサリー・ランダレアと申します」
「あ……あぁ、サーブから話は聞いている。ドートル・コンデッドだ」
ドートルは冷静を装って立ち上がり、礼を返してから彼女に手で椅子を勧める。その流れでドートルは扉の方へ進み、部屋の外に声をかける。
「誰かお茶を入れてくれな……誰もいないだぁ?オイッ!べスター!奴ら揃ってどこ行ったー!」
受付の方に怒鳴り声をあげ駆けていく士官にラトサリーは苦笑いしながらソファーに座る。頭を掻きボヤキながら戻ってきたドートルが彼女の向いに座った所で、ラトサリーは改めて挨拶を始める。
「お時間をお取り下さり感謝致します。いつもサーブ様から気にかけて頂いていると聞いておりましたので、お会いして感謝の意を伝えたいと思っていた次第です」
「ご丁寧な挨拶恐れ入ります。こちらとしても少しはもてなしたい所なのですが、部下が出払ってしまって……お茶も出せず申し訳ない」
「いえ、急にお邪魔したのはこちらですし、お気持ちだけで結構です。それで……皆様はどちらに?」
「奴らは……ふっ♪総出でサーブに尋問している真っ最中、だそうですよ」
そう言いながら怪し気に笑うドートル。ラトサリーは動揺を隠さずに口を開く。
「……え!尋問だなんてそんな!何があったのですか!」
「何があった所の話ではないものでね……フッ♪……今回ばかりはサーブが悪い。なにせ自分の婚約者の情報を誤り伝えたのですから」
「わ、私の事……ですか?」
ラトサリーは困惑の眼差しをドートルに向ける。ドートルは怪しい笑みを歪めながら口を開く。
「そうです……サーブは皆にあなたの事をここまで美しいと言っていなかったのですよ」
ラトサリーはドートルの言葉を理解できずにキョトンとする。ドートルは笑いを必死に抑えながら口を開く。
「あいつ、あなたの事を『勤勉で聡明な方』としか言ってなかったのですよ。それがいざ御本人が来たと思えば……稀に見る美しい女性となったら!奴らも何か言ってやりたくもなりますよ!!……アーハッハッハッ!!!」
声を震わせ最後には大爆笑するドートルを前にラトサリーは暫くキョトンとしていたが、内容を理解した途端に顔を一気に赤くさせて下を向き固まる。そんな彼女の様子を見てますます爆笑するドートルはひとしきり笑った所で呼吸を整え、真顔になりラトサリーに語りかける。
「……しかし、サーブ『様』、ですか。……気苦労お察しします。まぁ、サーブは警護部の皆には慕われているので。そこは安心して下さい」
気遣いの言葉を聞いたラトサリーは落ち着き取り戻し、赤らみを残した顔を上げる。ドートルはラトサリーに微笑みかける。
「宮廷護衛部の勤務は暫くこちらと兼任ですし、ヤツの実力だけではなく人とナリが宮廷に知れ渡れば変な妬みを抱く輩も少なくなるでしょう。それまで我々も手助けしますので、共に励みましょう」
そう言ってドートルは立ち上がり部屋の外へ歩きだす。
「べスター!書類は出来たか?……あぁ?十五秒だけ待ってやる……」
ドートルの部下への無茶振りを耳にしながら、ラトサリーは先程とは違う理由で顔を赤くした。
受付の方から受付担当官のものであろう変な叫び声が聞こえてから数分経過し、ドートルはサーブを連れて戻ってくる。
「お待たせしました、許可票をサーブに持たせましたので」
「ありがとうございま……ってサーブ様!どうなされたのですか?」
ドートルの後ろにいるサーブの髪がボサボサになり服も着崩れているのを見て、ラトサリーはサーブの元に駆け寄る。
「……いえ、気にしないで下さい」
「そうですラトサリー殿、気になさらないで下さい。これは奴らの親愛の情の証しですから、アーッハッハッハ♪」
何やら恥じらった顔のサーブの肩をバシバシ叩きながらドートルは楽しそうに笑い、サーブの恥じらいの度合いが増していく。ラトサリーはそんな二人を前に逃げの一手に出る。
「そ……そうですか、では皆様に宜しくお伝えください」
「そうしよう。さあ、お行きなさい」
すんなり逃げられそうな事に安堵しラトサリーは礼をしてサーブの腕を引っ張る。サーブも引っ張られながら礼をし、二人は共に逃げるように部屋を出て行く。だが、その先に待ち構えていた面々のニヤニヤした顔が二人に向けられる。ラトサリーはそんな視線に顔を赤くし、軽く会釈をしながら速度を上げサーブを引きずる様にして脱出を急ぐ。部屋を中程まで進んだ頃合いで、部屋の各所から堪え笑いと彼女に投げかけられる言葉が聞こえ始める。
「嬢ちゃん、サーブを頼んだぞ♪」
「嬢ちゃん、今度はゆっくりしてけ♪」
事務所を出る前にラトサリーは立ち止まり事務所の皆の方に向き直り、深々と頭を下げる。
「皆様、ありがとうございます!」
ラトサリーは大きな声で感謝を伝えると再びサーブを引きずって事務所を出ていく。二人が事務所からある程度離れた頃、二人の後ろから大きな笑い声が沸き起こった。
笑い声がかなり遠退いた頃、引きずられていたサーブは躊躇いながらラトサリーに声を掛ける。
「……ラトサリー」
「何ですか?」
「あの……そちらは方向が違います…………」
ラトサリーは顔を真っ赤にさせたままピタっと立ち止まり、サーブから顔を逸らす。サーブは照れ笑いを浮かべながらラトサリーに声をかける。
「……あちらです、参りましょう」