2-10 就寝
話を終えたラトサリーは二階の部屋の前でサーブと別れ、ゆっくり扉を開ける。音が出ないように扉を閉めたラトサリーは足音を立てないように部屋の中程まで進み、皆の様子を伺う。アドエルはミラテースと一緒のベッドで寝息を立てていた。アドエルの横で添い寝しているミラテースは薄目を開けてラトサリーに視線を向け、軽く手を振ると目を閉じた。微笑みながら手を振り返したラトサリーはもう一つ用意されていた寝台に目を向ける。薄手の掛け布は仰向けで寝ているカトラの陰影を描いていた。両腕を大きく広げてベッドを占拠しているカトラの姿にラトサリーは笑みを浮かべ、テーブルへと向かおうとした。その時、カトラは目を開けてラトサリーに視線を向ける。
「早かったじゃない」
小声で声をかけられたラトサリーは少し驚きつつ小声で言葉を返す。
「起こしちゃった?ごめんなさい、直ぐ火を消すから」
「大丈夫よ、起きてたし。アドエルが目を覚ましていないなら問題ないでしょ。ゆっくり体拭いて着替えなさいよ」
「え……う……うん、わかった」
寛容で優しい言葉を吐くカトラを不審に思いながらラトサリーはテーブルに燭台を置き、テーブルの横に置かれた鞄を開けて寝巻を取り出す。体を拭き終わったラトサリーにカトラは小声で声をかける。
「ねぇ、戻って来たって事は、当主と子供を不問に出来る案を思いついたって事よね?」
ラトサリーは寝巻に袖を通しながら小声で答える。
「えぇ、一応ね。とても馬鹿げた案だけど、単純で馬鹿げているからこそ通せると思うの。でも、自分でも呆れる程の案だから……誰も案を出せなかった時まで言わないようにサーブには言ってあるの」
「ふーん……それじゃぁ、教えてくれないんだ?」
ラトサリーは脱いだ服を畳みながらカトラにムスっとした顔を向ける。
「だって……あなた……凄く馬鹿にしそうだし……」
そう言ってロウソクの火を消すラトサリー。カトラは呆れた様な笑みをラトサリーに向ける。
「あなたねぇ……笑う訳無いでしょ。こっちは平穏に余生を過ごさせる案しか思いついてないって言うのに……」
窓掛け越しの淡い月明かりを頼りに長椅子に向かっていたラトサリーは歩みを止め、驚いた顔をカトラに向ける。
「何?考えてくれてたの?寝ないで?」
「寝付けなかったから考えてみただけよ……」
カトラはそう言いながら寝返りを打ってラトサリーに背中を向ける。ラトサリーは笑みを浮かべ、長椅子に横になりながらカトラに声をかける。
「そう言う事にしておくわ、ありがとうカトラ。おやすみ」
カトラは寝返りを打ち直してラトサリーの方を向き、小声で呼びかける。
「おやすみ、じゃないわよ。半分開けたんだから、長椅子なんかで寝ないでこっちで寝なさいよ」
「良いわよ別に。あなた、二日続けて凄く活躍したんだから。腕をしっかり伸ばしてゆっくり寝てよ」
「良くないわよ、こんな広い寝台を独り占めしたってサーブに知られたら怒られるじゃない」
「大丈夫よ、私が黙らせるから」
「大丈夫じゃないわよ、あいつ、あなたの事になるとチョっとアレじゃない。そんな事言うなら、私、そっちに行くわよ」
「あーっ、もぅ……分かったわよ。そっち行けば良いんでしょ」
ラトサリーは呆れながら立ち上がって寝台に向かい、寝台に乗ったラトサリーは薄手の掛け布を捲ってカトラの横に寝そべる。
「これで良いんでしょ、寝るわよカトラ」
「そうそう。最初からそうしていれば良かったのよ」
カトラはそう言いながら仰向けに向きを変える。ラトサリーは目を閉じようとするが、薄手の掛け布を捲った際に辛うじて見えたカトラの体の輪郭に違和感を覚え、慌てて目をパッと開く。
「ちょっ!ちょっとカトラ!あなた肌着も着けてないわけ?!」
カトラは薄手の掛け布に体を擦り当てながら嬉しそうに答える。
「だってこの生地、とっても気持ち良いんだもん。思わず全部脱いじゃった♪」
ラトサリーはカトラから距離を取りながら引きつった顔をカトラに向ける。
「そんな事言って……まさか、あなた……まさか……」
「…………」
無言で澄んだ目をラトサリーに向けるカトラ。ラトサリーは額に汗を滲ませる。
「カトラ?……ちょっと……何で黙ってるのよ……」
「………………ぷっ♪」
堪えきれず吹き出すカトラ。目を丸くするラトサリーに向かってカトラは笑いを堪えながら口を開く。
「そんな訳ないでしょ♪本気だったら、誰もいない部屋でやるわよ♪ちょっと考えれば分かるでしょ♪」
ラトサリーは大きく息を吐き、呆れた顔をカトラに向ける。
「あなたねぇ……やめてよね。さっきの無言はなんだったの?怖かったわよ……」
「良い演技だったでしょ♪頑張ったんだから♪そんな事より、寝具の肌触りがすっっっごく良いのよ♪あなたもじっくり触ってみなさいよ♪」
促されたラトサリーは頬を枕に擦り当てると、ウットリした顔で声を漏らす。
「ほんとうだぁ……なにこれ……」
ラトサリーは薄手の掛け布を掴んで顔に擦り当てる。
「こっちもきもちいぃ……」
ラトサリーの反応を見てカトラは満足げに笑みを浮かべる。
「そうでしょ♪敷き物は分厚くてフカフカ、敷布はツヤツヤ♪流石は侯爵家よね♪」
「そうね……不本意だけど、あなたが脱いだ気持ち……わかるわぁ……」
「でしょ♪こんな最高な寝具一式、もう味わえないわよ♪あなたも寝巻だけでも脱いじゃいなさいよ♪」
「そうね…………でも……誰か部屋に入ってきたら……」
「大丈夫よ、声をかけずに入って来る事は無いし♪ほら♪脱いじゃいなさいよ♪」
カトラはそう言いながらラトサリーの寝巻に手を伸ばす。
「ちょっと!まって、自分で脱ぐから……って、やっぱり私の事襲う気じゃ!」
「そーんな訳ないじゃない♪サーブ大好き娘を襲ったってつまんないわよ♪」
「だいすっ!!って!やっぱりあなた、そっちの気があるんじゃないの?!」
「え?無い無い♪教えてあげたじゃない私の好みの男の特徴♪」
「っ!好みって、あんな厳しい条件備えた人なんている訳ないじゃない!って、変な所触んないでよ!!」
「それはどうかしらね♪世の中広いわよ、絶対いないなんて何で言い切れるのか・し・ら!!」
「ちょっとカトラ!それ!肌着!カトラ!肌着だから!!」
掛け布の下で攻防戦を繰り広げる二人。ラトサリーの敗北が確定しそうになったその時、二人の枕元に現れた人影が怒気を纏って揺らいだ。
なんで火の術式で灯りを取らないか、ですか?
集中が途切れて光の球がズレて布に着火すると危ないと言うのがこの国の通例で、術式の得手不得手ありますし、それ故にロウソク等の照明が普及しているっていう所でいかがでしょう?自宅なら不意な着火でインテリアが焦げても問題無いかもしれませんが、宿泊先、しかも侯爵家別邸ですから失敗は許されません。旅の途中や不意な着火・延焼の危険が無い場合、術式に自信がある人等は照明として術式を使います。




