2-6 面接
王都マサハラドの西に位置する大森林ダラウンカタ。大陸の半分以上を占める樹海の入り口に位置する都市カタアギロ。川の東岸と西岸に分かれた町の西側は太い丸太の防壁で囲われ、森に入る直前の拠点となる宿と広い敷地が必要な職人の工房が多く、緊張感が漂っていた。
西側の町は二つの橋で東側の町と繋がれ、東側の町の外周は木と石が混在した防壁で囲われていた。東側の町は訪れた冒険者や定住する探検家で賑わい、気性が激しい輩を相手に商売を営む住民達との衝突は日常の風景となっていた。東岸の町の一区画は更に防壁で囲われ、石造りの防壁は喧騒を遮るかの様にそびえ立っていた。石造りの防壁で囲われた区画は華やかで、それでいて何やら物騒な空気が漂っていた。その中にあって、領主の邸宅がある区画とその周辺は静けさと気品と風格を漂わせていた。
領主であるガイヒア侯爵家の邸宅の応接室に通されたサーブとドートル。二人は使用人が注いだお茶に手を付ける事無く静かに長椅子に座って待ち続けた。お茶から湯気が立たなくなった頃、大きな音を立てて開いた扉から背の高い中年男性が現れ、長椅子に座る二人へと歩み寄りながら口を開く。
「待たせたな」
二人は立ち上がり、サーブは男性に向かって頭を下げる。お茶を入れ直す女性の使用人の胸元を一瞥した男はドートルに向かって手を差し出し、ドートルは硬い表情で差し出された手を握る。
「ケルマー・ガイヒアだ」
「警護部、ドートル・コンデッドです」
侯爵は早々に手を離し、向いの席に移りながら身振りで着座を促す。ケルマーは椅子に腰を下ろし、自分の前で着席する二人の視線に構う事無く使用人の女性の腰周りに視線を向けながらドートルに話しかける。
「長旅ご苦労。それで、いつ頃到着されたのかな?」
使用人が配膳台へと下がってからドートルは口を開く。
「到着したばかりです。まずはご挨拶をと思いまして」
「そ……そうか。それで、例の荷物は?」
「そちらは別働の部下が出納部に運び込んでいます」
「そ……そうか」
ケルマーは憮然とした顔でお茶に手を伸ばす。ドートルはケルマーがお茶を一口飲み込むのを見計らって口を開く。
「それでガイヒア卿、本日は荷物の報告と共にこちらの人物を紹介したいと思いまして」
ドートルはそう言いながらサーブの肩を叩く。サーブは改めて立ち上がり、礼をして口を開く。
「サーブ・ランダレアです。カタアギロ警護部部長の任を受けて参りました」
ケルマーはサーブに冷やかな目を向ける。
「お前が、例の『寵児狩り』か?もっと体格が良い強面の男だと思っていたのだが……こんなのに勝てないなんて、中央の貴族共の弱体化は深刻だな」
サーブは言葉を返す事無く改めてケルマーに頭を下げる。ドートルは口角を少し上げ、ケルマーに顔を向ける。
「確かに、軟弱な者が多くなったのは事実です。ですが、この男の力はそれとは別です。ガイヒア卿、卿は今からそれを知る事になります」
「ほぅ?それはどう言う事かな?」
薄ら笑うケルマーに冷たい笑みで応えたドートルは立ち上がり、サーブに顔を向ける。
「サーブ。就任初任務だ。しっかり果たせ」
言葉を受けるや否やサーブは瞬時にケルマーの後ろへ回り込み、手を伸ばしてケルマーの右腕を掴んで背中へと捩じ曲げる。
「っ!な!何を!!」
ケルマーは慌てて振り解こうとするが、サーブの手は外れる気配を一切見せなかった。サーブはケルマーの右腕を捩じって立ち上がらせ、椅子の横に移動させる。配膳台の傍で控えていた使用人は狼狽えながら駆け出し部屋から出て行った。ケルマーは顔を真っ赤にして怒鳴り声を上げる。
「放せ!貴様!自分が何をしているか分かっているのか!」
サーブは硬い口調で答える。
「ケルマー・ガイヒア。あなたを強盗の首謀者として拘束します」
「っ!なっ!」
焦りを顔に覗かせるケルマー。サーブは懐に隠していた小型の手枷を取り出してケルマーの右手首に嵌め、ケルマーの左腕を掴んで床に屈ませる。痛みで声を上げるケルマーに同情するかのように顔を歪めるサーブ。ケルマーは苦痛と怒りが混ざった目をドートルに向ける。
「貴様……どう言うつもりだ!後でどうなるか分かっているのか!!」
ドートルは冷たい眼差しをケルマーに向けながら口を開く。
「どう言うつもりと言われましても、証拠は揃っておりますので」
ケルマーはドートルに罵声を浴びせようとするが、サーブに左腕をねじ上げられ苦悶の声を上げる。サーブはケルマーの左手首に手枷を嵌め、立ち上がらせる。後ろ手で拘束され顔を真っ赤にさせるケルマーにドートルは冷めた笑みを向ける。
「新任の責任者の実力はいかがでしたか?辺境の貴族でも歯が立たないでしょう?」
ケルマーは頬を震わせながらドートルを睨みつける。
「この下郎が……すぐに後悔させてやるからな」
「後悔ならもうしています。もっと早くどうにか出来なかったものかと」
ドートルはうんざりした様子でそう言いながらケルマーを睨み返す。二人が睨み合っていると、廊下の方から部屋に近づいてくる足音が聞こえ始める。ケルマーは扉の方に目をやると薄ら笑いをドートルに向ける。
「これでお前は終わりだ」
「そうなると良いですな」
余裕を見せるドートルに蔑みの目を向けるケルマー。ドートルは焦った様子を見せる事無くサーブの隣へ移りながら口を開く。
「ケルマーは俺が拘束しておく。お前は衛兵を止めろ。殺すなよ」
サーブは頷いてケルマーをドートルに渡す。ドートルがケルマーを引きずるようにして部屋の奥に移動させていると扉が勢いよく開き、帯剣した五人の男達が部屋になだれ込む。ケルマーはニヤリと笑みを浮かべ、男達に向かって叫ぶ。
「お前達!こいつらを取り押さえろ!っ、いやっ、殺せ!!」
ケルマーの声に応じて剣を抜く男達に向かってサーブは武器を持たずに飛びかかる。剣を振りかぶる男にサーブは躊躇せずに踏み込み、剣が振り下ろされるより前に懐に入り拳を腹に繰り出す。
《 ゴッ! 》
鈍い音と共に吹き飛んだ男は壁まで転がり、立ち上がる事が出来ずに吐瀉物で床を汚した。男達は怯んでサーブから距離を取り、遠巻きに囲み始める。男達が間合いを空けた事を好機と捉えたサーブは男達に声をかける。
「皆さん、侯爵家別邸で囚われていた人質は解放しました。ケルマー・ガイヒアは強盗を企てた首謀者として裁かれます。剣を収めて下さい」
サーブの言葉に男達は驚きを示し、その内の一人はサーブに問いかける。
「ほ、本当か?みんな、無事なのか?」
「はい。転んで擦り傷を負った方が数名いましたが、みんな無事です」
「そ、そうか……」
安堵の表情を見せる男と裏腹に他の三人は焦りを顔に覗かせる。ケルマーは男達に向かって再び大声で呼びかける。
「早くそいつを殺せ!そうすれば後でどうとでも出来る!早くしろ!!」
三人の男達はサーブに向かって剣を構え直す。サーブは躊躇いを見せずに男達に踏み込み、振り上げられる剣を躱し横腹に拳をめり込ませ、剣の突きを避け顎に掌底を入れ、剣を振り下ろす腕を掴んでみぞおちに拳を入れる。崩れ落ちる三人の男を見てケルマーは必死な形相で最後の一人に呼びかける。
「お前!何してる!早くそいつを殺せ!!」
呼び掛けられた男はサーブに不安げな顔を向ける。サーブは口を開く事無く笑みを浮かべて頷き返す。男は表情を和らげ、剣を鞘に戻した。サーブは体から力を抜いて男に声をかける。
「すみませんが手枷を四つと、五人を繋ぐ鎖を持ってきて下さいますか?」
「ハイ!分かりました♪」
男は意気揚々と部屋から出て行く。その様子にケルマーは愕然として項垂れる。サーブが男達の剣を拾う為に腰を屈めると、最初に倒した男が床に倒れたままサーブに向かって右指を突き出し空に紋様を描く。男の手の平の前に大人の顔程の大きさの光の玉が現れ、男は苦しそうにしながら声を張る。
「焼け死ね!!ダハナーゴジャヌ!!!」
男の声と共に光の玉がサーブに向かって飛ぶ。
《 バシュン! 》
サーブが左手の裏拳で光の玉を打ち抜くと、光の球は粉の様に飛散して跡形も無く消えた。虫を叩いたかのように平然としているサーブを目の当たりにして男は言葉を漏らす。
「そ……そんな……有り得ない……」
サーブは震え上がる男の元に向かうと男の前で屈み、首の後ろに手刀を当てる。男が白目をむいて動かない事を確認したサーブは立ち上がり、男達の剣を拾いながらドートルの元に戻った。
何故火の術式を手で打ち払うのが有り得ないのか。
それは後の話で触れる事になりますので、気長にお待ち頂ければ幸いです。




