2-4 心慰
多少、血の匂いがする話です。
野盗に次々と手枷を嵌めていくカトラ。野盗の多さにカトラが飽きてきた頃、二台目の馬車の方から駆け寄って来たオグマがカトラに近づき声をかける。
「カトラ、お前が死にかけにしたって奴は何処に転がってる?」
「え?……あっちよ、あっち」
カトラはオグマを不満気に睨みながら三台目の馬車の後ろを指差す。オグマは目を向け、足首を無くして苦悶している男から少し離れた所で不自然に体を曲げて転がる男を見て顔を歪める。
「おいカトラ……やり過ぎだ。あれは即死だ」
「アレは私じゃないわよ。足首押さえてる奴と、その後ろでピクピクしてる奴の回復ヨロシク」
「っ……それはソレでまぁまぁ死にかけだな……それで、アレはどうしてあんな事になった?サーブがやる訳ないし」
カトラは立ち上がってオグマに顔を寄せ、耳打ちをする。
「やったのはラトサリーよ。指輪の力が働いたみたいなの♪」
オグマは息を飲んでラトサリーの方に目を向ける。カトラは目を輝かせて言葉を続ける。
「私があの子の練習を見ていた限りではこんな事は起こってないの。だから、何か発動条件があると思うの。あなたは野盗の治療をしながらラトサリーから情報を聞き出して頂戴。頼むわよ♪」
「お、おぅ。分かった」
オグマは困った顔をしながら足を切断された野盗の方へと向かう。何故か機嫌を良くしたカトラが更に手枷を野盗に嵌めようとしていると、カリフが二台目の馬車の方からやって来てカトラに声をかける。
「カトラさん、お待たせしました。手伝います」
「そう?それじゃぁ……」
カトラは前方の状況に目を向けてからカリフに顔を向ける。
「手枷は警護部の面々に任せて、鎖を出して繋いでいってくれる?」
「分かりました!」
ハキハキと答えるカリフにカトラは笑みを見せ、カリフの背中を見送ってからオグマとラトサリーの様子を伺う。オグマの声かけにラトサリーは生返事を繰り返していた。成果を期待出来ない様子に渋い顔をしたカトラは三台目の馬車の後方へと移動し、馬車の中に声をかける。
「ミラテース。頼みたい事があるんだけど」
荷物の陰から姿を現したミラテースはアドエルを抱えながら馬車後方へと進む。
「何よ改まって。気持ち悪い」
「あの子をどうにかしてくれない?」
「え?……」
嫌な予感がしたミラテースはアドエルを馬車の奥に座らせ、馬車後方から顔を外に出す。カトラはミラテースに目を向けると顎でラトサリーを指す。ミラテースは怪訝な顔をしながら馬車から少し離れた所に目を向けると、顔面蒼白のラトサリーが服を血で汚し、剣を持ちながら周りを警戒していた。
「っ!……」
ミラテースは思わず出そうになった声を押さえ、改めてラトサリーの様子を伺う。ラトサリーが怪我をしていない様子に安堵したミラテースだったが違和感に眉間のしわを増やし、首を傾げてカトラに問いかける。
「何があったの?」
カトラは地面に転がる亡骸を目で指しながら答える。
「意図せず殺っちゃったのよ。多分、初めてなのに目の前でグチャグチャにしちゃったからねぇ……」
「……どうやったら……こんなになる訳?」
「指輪の力が働いたからだと思うんだけど、任せたわよ。私、まだやる事あるから」
カトラは早口でそう言うと小走りでラトサリーの方へ逃げていく。無茶な要請に呆れるミラテース。上手く逃げたカトラはラトサリーに声をかける。
「ラトサリー、見張りありがとう。もう大丈夫だから馬車に戻ってて♪」
「…………えぇ」
弱弱しく返事をしたラトサリーは剣をカトラに返し、おぼつかない足取りで馬車へと戻って行く。ミラテースは困った顔をしながら軽く溜め息を吐き、ラトサリーに右手を差し出す。
「お疲れ様」
ラトサリーは声を返す事無くミラテースの手を取り、ゆっくりと梯子から馬車に乗り込む。乗り込み終わった所でミラテースは手を離そうとするが、ラトサリーは強く握って離そうとしなかった。俯いて涙目のラトサリーを前にしてミラテースは困り顔で息を軽く吐き、ラトサリーの頬に左手を添えて親指の腹で彼女の涙を拭いながら静かに声をかける。
「……着替えるわよ」
ラトサリーは無言で頷き、ミラテースの手をゆっくり放す。ミラテースは馬車後方の幌を閉じ、外から見えない事を確認してからラトサリーの鞄を引っ張り出す。鞄を開けたミラテースは中を漁りながらラトサリーに声をかける。
「早く脱いで。早く落とさないとシミになるから」
「……えぇ」
か細い声で返事をしたラトサリーはゆっくりと服を脱ぎ始める。茶色の作業用ワンピースを取り出したミラテースはラトサリーに差し出すが、ラトサリーはまだ脱ぎ終わっていなかった。ミラテースは軽く息を吐いてワンピースを鞄の上に置き、立ち上がってラトサリーの服を剥ぎ取る。肌着に汚れが無い事を確認したミラテースはワンピースを取ってラトサリーに手渡す。
「早く着替えて。覗かれるわよ」
「……えぇ」
ラトサリーの生返事にミラテースは不満気な表情を浮かべながら染み抜きに使えそうな布を探し始める。荷物の中から手頃な手拭いを見つけたミラテースはラトサリーに声をかけようと顔を向けると、彼女はワンピースを胸に抱えてしゃがみ込んでいた。荷物の陰からアドエルがラトサリーに心配そうな顔を向けている事に気付いたミラテースは深く溜め息をつき、ラトサリーを立たせる。ワンピースを着させて胸元の紐を結び、両手でラトサリーの頬をギュッと摘んで声をかける。
「しっかりしなさい」
少し驚いた顔でミラテースと目を合わせるラトサリー。ミラテースは柔らかい表情でラトサリーに語りかける。
「あなたは、アドエルを守ったの。母親として務めを果たしたの。そう考えなさい」
ラトサリーの目は生気を僅かに取り戻す。すかさずミラテースは言葉を重ねる。
「だから落ち込む必要は全く無いのよ」
ラトサリーは目に涙を滲ませながら口を開く。
「でも、私……あそこまでする母親ってどうなのって思う……」
ミラテースは摘まんだ頬をグニグニ引っ張りながら笑いかける。
「私は頼もしくて良いと思うわよ♪アドエルを託すんだから、強いに越した事は無いわ」
「でも……何で急にあそこまで力が出たのか分からないの……練習で剣を振っていた時は何も無かったのに……」
頬からミラテースの手を外しながら疑問を口にするラトサリー。ミラテースは肩をすくませながらラトサリーに微笑みかける。
「指輪のせいなんでしょ?対策は生意気な室長に考えてもらいましょうよ。偉い人には職責をしっかり果たしてもらわないと。給料泥棒も良いとこだわ♪」
「……そうね♪」
同意を口にして笑みを零すラトサリー。その反応にホッと息を吐いたミラテースはラトサリーの後ろに回り込み、肩に手を乗せる。
「それじゃぁ、そろそろアドエルを安心させてくれないかしら?」
そう言ってミラテースはラトサリーをアドエルの方に向かせる。アドエルは心配そうな顔をラトサリーに向けていた。ラトサリーはアドエルの元に進みながら両手で目と頬を拭い、アドエルの前に膝をついて屈むとアドエルに微笑みかける。
「心配させて御免なさいアドエル。もう大丈夫だから」
アドエルは両手を伸ばし、ラトサリーの頬に手を添えて首を傾げる。
「本当に?」
目を潤ませたラトサリーは頬に添えられたアドエルの手の上に自分の左手を重ね、右手でアドエルの赤い髪を撫でながら口を開く。
「えぇ、あなたの御陰でね。ありがとうアドエル♪」
ミラテースは二人の様子に安堵すると、汚れた服を手に取ってラトサリーに声をかける。
「ラトサリー。染み抜きするから練習がてら術式で桶に水を張って頂戴。冷たい水を出すのよ、温い水なんて出したら怒るからね」
ラトサリーは苦笑いを浮かべながら立ち上がり、置いてある桶に手を伸ばした。




