42:孤児院7
扉を優しく叩く音が響くとラトサリーは目をピクっと動かしカトラに顔を向け、手でバツを作りながら顔を横に振る。カトラはラトサリーの様子を鼻で笑うと扉に寄りかかりながら声を上げる。
「もう少し待ってもらえます?」
カトラは扉に耳を向けながらラトサリーに顔を向け、首を横に振る。ラトサリーは慌てた様子で立ち上がりながらミラテースに声をかける。
「ミっ、ミラテース、とりあえず姿を消して下さい」
「良い慌てっぷりね♪分かったわ」
ミラテースは愉快げにそう言うとアドエルに顔を向ける。
「アドエル。この人の言う事を聞いてくださいね」
「うん、わかった」
アドエルの返事を聞いてミラテースは安堵の息をついて立ち上がり、アドエルから離れながらフードを被る。するとミラテースのマントの周りが何やら揺らぎ始め、足元から急速に消えてゆく。消える速さに驚きながらラトサリーは間仕切壁にある扉の方へ進みながらカトラに小声で声をかける。
「もう良いわよ」
その言葉を受けてカトラは廊下側の扉へと駆け寄り、棚を持ち上げて元の位置に戻す。棚が元の位置に置かれた事を確認したラトサリーは扉の握りに手をかけて口を開く。
「お待たせしました」
ラトサリーがそう言いながら扉を開けると、扉から二歩程離れた所でサニアが不安そうな顔で立っていた。サニアはラトサリーに歩み寄りながら口を開く。
「すみません、思っていた以上に長いので心配になって……」
「そうでしたか、お待たせして申し訳ありません。ですが、おかげ様で良い話し合いができました」
ラトサリーはそう言いながら扉を大きく開いてサニアを部屋に迎え入れる。サニアは驚きを顔に浮かべながらラトサリーに声をかける。
「良い話し合いが出来たなんて、凄いですね。私達でも結構苦労していると言うのに」
「あら、そうなんですか?もしかしたら、アドエルと相性が良いのかもしれませんね。そう言う事ならアドエルに決めてしまっても良いですか?」
サニアは足を止めてラトサリーを驚いた顔で覗き込み、驚きを隠す事無く口を開く。
「いっ、良いですけど……後になって替えるとか言われると、それなりの不利益を覚悟して頂く事になりますが……本当にこの子で良いんですね?」
「えぇ♪出来れば今日一緒に帰りたいのですが、可能ですか?」
「えっ?それは……大丈夫ですけど……急だとアドエルも混乱すると思いますし……」
困った顔で難色を示すサニアを見たラトサリーはアドエルの方に顔を向け、アドエルと窓の方を交互に見ながら口を開く。
「ねぇ、今からここを一緒に出て私達の家に行くけど、良い?」
アドエルは窓の方に目を向けた後、ラトサリーに笑顔を向ける。
「いっしょに行くんだよね?うん、いいよ」
アドエルが笑顔で返事をする姿を見てサニアは益々驚いた様子で目を泳がせる。ラトサリーはサニアに顔を向けて優しく声をかける。
「サニアさん、アドエルもこう言っていますし、如何でしょう?」
「そっ、そうですね……では院長に確認してきますので、ここでお待ち頂けますか?」
「分かりました、お待ちしています」
サニアは足早に廊下側の扉へと移り、鍵を開けて部屋を出て行く。サニアの足音が遠のいた事を確認したラトサリーは間仕切壁にある扉を閉め、アドエルの元に戻る。ラトサリーはアドエルが目を向けた方向に小声で呼びかける。
「ミラテース、姿を消したままで会話は可能ですか?」
「えぇ大丈夫よ。それで?どうするの?」
姿を消したまま小声で答えるミラテース。ラトサリーは顔を引き締めて計画の説明を始めた。
廊下側の扉が開き、部屋に戻ってきたサニアは落ち着いた様子でラトサリーに声をかける。
「お待たせしました。契約書を完成させれば今日でも良いとの事ですので、応接室にお越し頂けますか?」
「そうですか、ありがとうございます♪」
礼を述べてからラトサリーは膝に手をついて屈み、アドエルに声をかける。
「アドエル、少し一人にしてしまいますが静かに待っていて下さいね」
「うん、わかった」
少し寂しそうに答えるアドエルにラトサリーは微笑みを向け、身を起こしてサニアの元へ向かう。カトラも後に続き、扉の手前まで進んだ所でラトサリーは立ち止まりサニアに声をかける。
「サニアさん、応接室は一階の部屋ですよね?向かう途中で連れを呼びに行きたいのですが、宜しいですか?」
「あ、だんな様ですね。いいですよ」
「いえ、夫ではなくて、助手です、カトラの。手を借りる事になると思うので」
「助手?……ですか?分かりました」
不思議そうに承知するサニアにラトサリーは頭を下げる。
「ありがとうございます。では参りましょう」
「あっ、少々お待ち頂けますか?ユミナに荷物の準備を頼んできますので」
サニアはそう言うと隣の部屋へと駆けていった。
三人は部屋を出て廊下を進み、階段を下って玄関ホールに降り立った所でラトサリーはサニアに声をかける。
「サニアさん。連れを呼んできますね」
そう言ってラトサリーはカトラに目配せをする。
「ハイハイ、助手ね……」
カトラは面倒くさそうな様子で歩き出し、外に出て玄関扉を閉める。サニアはラトサリーに声を掛けようとするが玄関扉が開く音を聞いて口を止め扉へと顔を向ける。予想以上の速さで戻って来たカトラの後ろで扉を閉める人物の姿を見てサニアは僅かに眉をひそめる。フードを目深に被ったその人物の顔をサニアが覗き込もうとするのを見たラトサリーは慌ててサニアに声をかける。
「サニアさん!こちら、ミラテースと言います。えぇーと……ちょっと訳があってフードを被っていますが、御容赦頂けると幸いです」
「そ、そうですか……分かりました」
サニアはそう言いながらも警戒した様子でカトラより頭一つ背の高いミラテースに視線を向ける。マントとフードから覗かせる肌の色にサニアは益々警戒の色を濃くさせる。ラトサリーは不審がるサニアの警戒を解こうと声をかけようとするが、良い言葉が思いつかず慌て始める。カトラはラトサリーが何やら目を泳がせているのを見て大きな溜め息をつき、サニアに声をかける。
「サニアさん。この子は宮総研の研究対象でもあるの。詳しい事は言えないけど、害は無いからそんな目で見ないで頂戴♪」
カトラから怪しい笑みを向けられたサニアは狼狽えながらカトラとミラテースに目を向けると息を飲み、無言で頷いて廊下へと歩き始める。安堵の息を吐いたラトサリーはサニアから少し距離を取って後に続き、カトラに申し訳なさそうな顔を向け小声で声をかける。
「助かったわ、ありがとうカトラ」
「咄嗟に誤魔化す能力はイマイチのようね♪指輪の力でそこら辺も成長させられないかしら?」
ニヤニヤしながらそう言うカトラにラトサリーは口を尖らせる。不穏な空気を漂わせ始めた二人の間にミラテースは不満気に割って入る。
「ねぇ、助手で研究対象って、もう少しマシな誤魔化し方は無かったの?どう立ち振る舞えって言うのよ」
カトラはミラテースに不敵な笑みを向ける。
「まぁ、サニアさんが納得したっぽいから良いじゃない♪とりあえず私の後ろで黙っていれば良いから。悪いようにはしないわよ♪」
そう言われたミラテースは不安げにラトサリーに声をかける。
「ねぇアンタ、この人何なの?大丈夫なの?」
ラトサリーは苦笑いを返すのが精一杯だった。




