35:提案
33・34部あらすじ
結婚式の肝心な所でラトサリーは意識を失う。
目を覚まし、式は成立したと告げられ安堵するが『極度の男性恐怖症』と言う診断はラトサリーを落胆させた。
結婚式から四日過ぎた午後。ラトサリーは引越しに伴う家の管理に追われていた。
作業が一区切りした所で休憩を取る事にしたラトサリーとサーブ。カトラも交えて居間でお茶を飲む三人。カトラがラトサリーのお菓子に手を出して揉めている中、サーブは口をつけていないカップをテーブルに静かに置くと神妙な顔でカトラに声をかける。
「あの、カトラさん。少し席を外してもらっても良いですか?」
「唐突に何よ……良いけど、お触りは駄目よ♪」
「っ、分かってますよ……」
「フッ♪じゃあ、違うお茶でも入れて来るわ」
カトラは含み笑いを浮かべて立ち上がった。
結婚式当日、式に協力してくれた人達を慰労する会を父に任せ、ノートの馬車で家に戻る事になったラトサリーとサーブ。倒れたはずの花嫁が歩いて馬車まで行くと何かと面倒という事で、気を失った振りをしたラトサリーをカトラが抱きかかえて運んだ。軽々と花嫁を運ぶ小柄なカトラを皆が二度見する中、サーブは「先を急ぐから」と頭を下げながら後に続いて馬車に乗り込んだ。
家に戻り、サーブは居間でノートからラトサリーの症状の説明を受けた。話が進むと共に表情を曇らせていくサーブ。声を上げる事無く最後まで聞いたサーブはラトサリーに体を向け、痛ましい笑みを見せながらラトサリーに優しく声をかけた。
「ラトサリー、無理しないでいいからね」
サーブの任務は新婚期間で免除されていた。本来なら新居に移り住むなり旅行に行くなり結婚した夫婦っぽい事をする所だが、サーブはそうしなかった。サーブはラトサリーに無理をさせない為と言って元の家からラトサリーの家に通う事にした。サーブの代わりにラトサリーの護衛に来た警護部の者達は不思議に思い問い尋ねた。するとサーブは『すぐ引っ越すから効率が悪い』と言って苦笑いしながら誤魔化した。
ラトサリーの治療として彼女に触れる試みも数回行われた。聞いた話の通りに苦しむラトサリーを目の前にしてサーブの心中は穏やかではなかった。
サーブは部屋を出て行ったカトラの足音に耳を向け、足音がそれなりに遠のいた所でラトサリーに体を向けて口を開く。
「……ラトサリー。俺、考えたんだけど……」
「改まって何かしら?」
サーブは緊張した顔で口を開こうとする。
「…………あの……」
そう言って下を向くサーブをラトサリーは覗き込む。
「……ん。なに?」
サーブは息を飲むと顔を上げ、緊張で強張った顔をラトサリーに向ける。
「…………養子をとらないか?」
「……え?…………養子?!」
思わず驚くラトサリーを見てサーブは一瞬目を逸らすが、直ぐに目を向け直し言葉を続ける。
「やっぱり君が苦しむ姿を見るのは我慢が出来ないんだ……跡継ぎなら養子を取れば良いんじゃないかな?」
ラトサリーは目を泳がせて狼狽える。
「え……でも……突然そんな事を言われても……」
ラトサリーはそう言うと左手を左頬に当て、目を下に向ける。俯いた様子のラトサリーを見てサーブは顔を曇らせるが、息を整え言葉を続ける。
「そうすれば焦って治療する必要も無くなるし。君も苦しい治療は嫌じゃない?それに……」
サーブは言葉を詰まらせると、申し訳なさそうに口を開く。
「治療を繰り返しても良くならないって事もあるんだろう?それなら何もしないで症状が改善する可能性を取った方が良くないか?」
「そう…………」
ラトサリーは小声でそう言うと下に向けた目を閉じると左手を頬に当て、左人差指で左頬をポンポンと叩き始める。深く考え始めたラトサリーを目の前にしたサーブはゆっくり息を吐くとカップに手を伸ばし、すっかり冷めたお茶に口をつけた。
サーブのカップが空になりかけた頃、ラトサリーの人差指は動きを止める。彼女は目を開き、左手を頬に当てたままサーブに目を向ける。
「サーブ。幾つか聞きたい事があるの。良いかしら?」
「も、もちろん!」
サーブは背筋を伸ばしてラトサリーに体を向ける。ラトサリーは静かに息を吸い、冷静な面持ちで口を開く。
「養子で男の子を迎えた後、もしも症状が改善して子供が生まれた場合……男の子だったらどうするの?追い出す気?それに、生まれて来た子が女の子だったら結婚させれば良いとか思ってる?私は……あなただったから良かったけど……結婚相手は選ばせてあげたいわ」
自分で放った言葉にラトサリーは顔を少し赤らめる。サーブは照れながらラトサリーの問いに答える。
「そ、その場合の事は考えてあるよ。生まれた子には元々のランダレア家の相続分を継いでもらって、養子の子には新たな相続地を用意して継いでもらおうと思ってるんだ」
「新たな?そんな土地どこに……って、サーブ……」
顔を引きつらせるラトサリーに向かってサーブはギラついた顔を向ける。
「そうだよ、ダラウンカタを切り開いてランダレアの物にする。俺がね♪で、それを養子の子に継いでもらえば問題無いだろ?」
「問題無いって……災害級の獣がいる森を切り開くなんて、どうする気?」
「いやぁ、それなんだけど。俺、出身がカタアギロの隣町で、森には何回も入ってるんだけどそんなヤツに遭った事無いんだよ。王都の近郊の森の獣より強いのは確かだけど。だからその話は噂話に尾ヒレがついただけだと見てるんだ。だから大丈夫だよ♪」
「そういえば、王都の北西にある町って言っていたわね。そう……カタアギロとはそんな位置関係だったのね……それでも、森の民はどうするの?彼らと衝突する事になるわよ?」
「西の奥深くまで開拓しなければ大丈夫だよ♪結構奥に行かないと出てこないんだよ彼らは♪」
「結構って、どれ位?」
「そうだね……六日位かけて奥まで行ってようやく気配を感じさせてくる位かな?」
「そう……結構あるわね」
「だろ?だから結構な範囲を開拓出来ると思うんだ♪」
「そうね…………それなら……良く考えたわね、サーブ」
「っ、それはもぅ♪だって、君と笑顔で暮らす為だからね♪」
満面の笑顔でそう言うサーブに顔を赤らめるラトサリー。
「そ、そぅ……じゃぁ、もう一つ聞かせて?」
「え、何?何でも聞いてよ!」
屈託の無い笑顔を見せるサーブから目を逸らしたラトサリーは目を閉じて軽く息を吐き、目を開くと気まずそうな顔でサーブに問いかける。
「もし……私が、養子を迎えた後に……育てられないと言い出したら……どうする?」
サーブは表情を硬くして一瞬固まり、首を傾げる。
「ん?そ……それは、どう言う事?」
ラトサリーは左手を頬に当てたまま言葉を続ける。
「子供相手でも症状が出てしまったら……手も繋げないのよ?それに、大丈夫だったとしても、私がその子を途中で見限ったりしたら……どうする?」
サーブは戸惑いながら考える素振りを見せるが、すぐに安堵した様子を見せるとラトサリーに微笑みかける。
「ラトサリー、君が途中で見限るような人では無い事は俺が良く知ってるよ。だから大丈夫」
「……良く知ってるって、どういう事?」
「君は……君と全く関係の無い町の子供が困ってた時に助けに入っていたじゃないか。回りの大人が躊躇していたと言うのに」
「……見ていたの?助けに入らずに?」
「……先を越されたんだよ。それで……見惚れていたんだ、君の雄姿と漂う気品に。そして君は場を制してしまった。俺の出る隙は全く無かったよ」
ラトサリーは少し恥ずかしそうにサーブから視線を逸らす。サーブは微笑みを絶やす事無く言葉を続ける。
「だから大丈夫。君は自分の都合で子供を見限るような人では無いよ。それに、子供相手でも症状が出た場合の事も考えてあるよ。乳母を雇えば良いさ」
「乳母って……生活費大丈夫かしら?」
「俺が仕事でいない時に来てもらって節約すれば大丈夫だよ。俺がいる時は俺が育児に専念すれば良いだろ?それ以外の事は全て君の方が上手く出来るだろうし」
「私の方がって……何を根拠にそんな事を……」
ラトサリーは少し呆れた目をサーブに向けるが、彼は臆する事なく笑みを返す。
「根拠も何も、今までランダレア家を管理してきたのは君じゃないか♪」
そう笑顔で言われ目を丸くするラトサリー。サーブは笑顔のままラトサリーに問いかける。
「他にはどう?何か無いかな?何でも聞いてよ♪」
ラトサリーは目を下に向け、息を軽く吐いてからサーブに目を向ける。
「それじゃぁ、もう一つ……サーブ……あなた、養子に迎えた子を私の子として愛する事が出来る?仮に症状が良くなって私が子供を産んだとしても、差別しないで愛情を注げる?」
サーブは笑顔から真顔になり、背筋を伸ばしてラトサリーに向き直る。
「その事は少し悩んだよ。それで、この事は君に頼ろうと思うんだ」
「っ?どう言う事?」
「ラトサリー、君に養子に向かえる子を選んで欲しいんだ。愛する君が選んだ子を俺は愛する。これで何も問題無いだろ?」
「……真面目な顔でそう言う事を言われると……照れるわ」
耳まで赤くしたラトサリーはサーブから目を逸らす。サーブも顔を赤らめるが、真面目な顔を崩す事無く言葉を続ける。
「養子の子は、俺の決定を君が受け入れてくれた証拠、愛の証になるんだ。だから、君との間に子供が出来ても、その子を愛するのと同じ様に養子の子も愛する。贔屓なんてしないよ」
「……私が生まれて来た子を贔屓したらどうするの?」
サーブは穏やかな顔をラトサリーに向ける。
「多分そうはならないよ、ラトサリー。君はそんな贔屓なんてしないよ♪」
「……根拠は?」
ラトサリーは少し冷めた目をサーブに向けると、サーブは少し呆れ気味の笑みで彼女を見返す。
「君は……国益とか言って自分を犠牲にする人だ。あんな酷い仕打ちを受けたのにだよ。そんな人が家の益を損なう事はしないよ♪」
ラトサリーは目を丸くしてサーブから視線を逸らし、目を閉じると左薬指で左頬を再びポンポンと叩き始める。サーブは少し緊張した面持ちでラトサリーを見守る。やがてラトサリーの左人差指は動きを止め、彼女は目をゆっくり開く。左頬から手を離したラトサリーは大きく息を吸って両手を膝に叩き置くと、サーブに微笑みを向ける
「分かったわサーブ……あなたの言う通りにしましょう」
サーブは満面の笑顔をラトサリーに見せ、頭を下げる。
「ありがとうラトサリー!」
ラトサリーはホッと息を吐くと座り直し、背もたれに寄りかかってサーブに微笑みかける。
「それにしても……本当に良く考えたわね」
サーブは頭を上げ、右手で首を摩りながら引きつった笑顔をラトサリーに向ける。
「ここまで頭を使ったのは生まれて初めてだよ♪」
ラトサリーは口に手を当てて笑うと、冷めたお茶が入ったカップに手を伸ばし飲み干す。空になったカップを置いたラトサリーは立ち上がり、ポットを手に取りサーブのカップにお茶を注ぐ。続けて自分のカップにお茶を入れながらラトサリーはサーブに声をかける。
「そうだサーブ、一つだけ言っておくわ」
ポットを置いたラトサリーは挑戦的な笑みをサーブに向ける。サーブはその表情に顔を僅かに引きつらせる。
「な、何だい?何でも言ってよ」
「私がどんな子を選んでも文句言わないでね♪」
サーブは安堵の息を吐くとラトサリーに微笑みを向ける。
「勿論だよ♪」
サーブの返事にラトサリーは笑顔を向け、椅子に座るとカップに手を伸ばす。お茶に口をつけようとしたラトサリーだったが、扉が開く音を耳にしてカップから口を離す。ラトサリーとサーブが扉の方に顔を向けると、大きなポットを持ったカトラが足で扉を閉めていた。カトラはテーブルへと進みながらニヤニヤした顔をサーブに向ける。
「サーブ?ちゃんと我慢したんでしょうね?」
「あ!当たり前じゃないですか!」
口を尖らせるサーブを横目にカトラは席に座り、カップにお茶を入れながらサーブに声をかける。
「それでサーブ、この様子だと、話は上手くいったのよね?」
「あ、はい。席を外してくれてありがとうカトラさん。それで、相談があるのですが、良いですか?」
「何よ、ドーンと来なさい♪」
カトラは笑顔でそう言うとお茶をグビっと飲み込む。
「俺たち、養子を取ると決めたんですけど、紹介してもらえる所って知ってます?」
「…………よくラトサリーにそんな話を認めさせたわね」
目を丸くさせて固まったカトラはどうにか苦笑いを浮かべてそう言うと、カップを置いてポットに手を伸ばした。
余談ですが、
ポットを持って戻って来たカトラですが、
このポットのお茶、三杯目です♪
待っている間にポット二杯を飲み干したカトラさん、飲みすぎ♪
って位、ラトサリーが考えていた時間が長かったんです。
そして、何で二人の話がまとまったタイミングをカトラは知り得たかですが、
距離が短い場合、高度の索敵術式で人の動作まで察知できるから、って感じです。




