34:診断*
カトラは自分の首を摩りながらラトサリーの顔を覗き込む。
「それで、倒れた時の事は覚えてる?」
「そうね……誓いの口づけの時……」
ラトサリーは目線を落として思い出す素振りを見せ、次第に顔を曇らせてゆく。
「……サーブが肩に手を置いた時に、体全体が酷く震え出して……」
「体全体……それで?」
ラトサリーは顔を益々曇らせながら口を開く。
「震えを我慢して……目を閉じた時に…………浮かんだの……」
「浮かんだ?」
「あの……あの時の…………アイツの………………」
「あの時?アイツ?…………っ!」
カトラは目を怪しく光らせる。ラトサリーは目に涙を滲ませ、苦しみで歪んだ顔をカトラに向ける。
「…………カトラぁ……何で……何であんな奴の顔が……」
ラトサリーの痛ましさにカトラは気まずさを顔に滲ませ、遠慮がちにラトサリーに目を向けながら口を開く。
「……もう良いから。もう話さないで良いから」
カトラはそう言いながらラトサリーの肩に手を優しく置く。ラトサリーは俯いて歯を食いしばり、肩で息をしながら落とす涙が花嫁衣裳を濡らした。
ラトサリーが落ち着きを取り戻しつつある事を感じたカトラは彼女の肩に手を置いたままラトサリーを覗き込む。
「……少し落ち着いた?」
ラトサリーは手で涙を拭って息を大きく吐くと顔を上げ、赤くなった目をカトラに向ける。
「……うん」
「……この顔でみんなの前に出るのは止めた方が良いわね♪」
ニヤリとしながら言うカトラにラトサリーは口を尖らせる。
「そこは……慰める言葉をかける所じゃないの?」
「これが私のやり方よ♪それで、体の震えは止まった様だけど、どう?」
「そうね……もう大丈夫みたい。ごめんね、付き合わせて」
ラトサリーはそう言って恥じらいを見せるが、カトラは少し困った顔をラトサリーに向ける。
「大丈夫ねぇ……ラトサリー。残念だけど大丈夫では無いみたいよ。この症状は……」
カトラはそこで不意に言葉を止め扉の方に顔を向ける。カトラはラトサリーの肩から手を離すと立ち上がり、体を伸ばしながら扉へとゆっくり歩いてゆく。カトラが扉の前に辿り着くと外から扉が叩かれる。
「どーぞー」
カトラはそう言いながら扉を開ける。するとトレダールが町長とノートを引き連れて部屋に雪崩れ込む。トレダールはラトサリーの元へ駆け寄り、安堵した顔をラトサリーに向ける。
「ラトサリー、良かった、目が覚めて……」
「心配かけて御免なさいお父様。それで……式はどうなりましたか?」
「安心してくれ。式は無事成立して閉じられた。流石にこの後の歓談は中止にしたがな。今はサーブに見送りの挨拶をしてもらっている所だ」
「そうですか。でも……よくそんなに事が上手く運びましたね?」
トレダールの横で同じく安堵の表情を浮かべる町長が口を開く。
「こちらの……宮総研の方が皆を沈めて下さった御陰でな」
町長は半歩横に身を移して後ろを手で指す。そこにいたノートは褒めてくれと言わんばかりに目を輝かせラトサリーに手を振っていた。
「嬢ちゃん、ワシ、凄いじゃろ?ご褒美の用意は出来ておるかのぅ?♪」
ラトサリーは呆れたように笑い返す。
「……それが無ければ凄いんですけどね♪」
ノートは体をクネクネさせながら渋い顔をラトサリーに向ける。
「あんなに頑張ったのにその言い様とは……酷いのぅ……」
そう言ってラトサリーを困らせるノートの頭をカトラは平手で叩く。
「副所長!ふざけてないで真面目になって下さい、緊急案件です!!」
「っ!何するんじゃ!お主の折檻はご褒美の域を逸脱して…………?」
カトラを睨みつけたノートだったが、カトラが真顔な事に気付くと気配を一変させる。
「どう言う事じゃ?お主が緊急案件と言うとは、穏やかではないのぅ」
「ちょっと良いですか?」
カトラはノートを部屋の隅に連れていき小声で話し始める。カトラの様子を見ながら町長は言葉を漏らす。
「あれが本当に先程の話の人なのか……?」
町長の横でトレダールも頷きながらカトラに目を向ける。
「えぇ……私も同感です」
二人の言葉を不思議に思ったラトサリーはユリシエルに顔を向ける。
「お父様?『先程の話の人』とは?」
「あぁ。カトラさんの事だよ」
トレダールはラトサリーに目を向けて少し顔を引きつらせる。
「お前が倒れた後、ノート様が会場の皆を安心させる為に壇上で声を上げて下さったのだが……『一緒に付き添っている女性は宮総研の主力で慈愛に満ちた女性だから安心しろ』と言ったのだよ……」
「……慈愛…………フッ♪」
「そこの三人!聞こえてますよ!!特に!ラトサリー!!!何その笑い方は!!!」
三人は声がした方を向くと、カトラとノートが部屋の端から戻って来る最中だった。三人は誤魔化すかのように顔を背ける。カトラは横を歩くノートに冷たい目を向ける。
「ちょっと副所長。何なんですか今の話は?この後大変じゃないですか!」
ノートはカトラに目を向けずに笑みを浮かべる。
「照れ隠しはせんでも良いぞ♪お主の気心の良さはワシが良く……知って…くっくっく……知って……くっくっく……」
笑いを堪えきれないノートにカトラは呆れた顔を向ける。
「全然そう思ってないじゃないですか!まったく……」
不貞腐れながらラトサリーの元に戻ったカトラは彼女の横に座り、不貞腐れた顔のままノートに顔を向ける。
「それじゃぁ副所長、打ち合わせの通りでヨロシクです」
ノートはニヤニヤしたまま頷き、町長とトレダールに声をかける。
「町長さん、ラトサリーのパパさん、ワシらはサーブの元に戻ろうかの?」
町長は頷くが、トレダールはラトサリーに改めて目を向けてからノートに顔を向ける。
「それでしたらノート殿。娘も一緒に連れて行きましょう。もう大丈夫そうですし」
その言葉をノートは手を振って否定する。
「いやいや……我々の見立てでは嬢ちゃんはまだ大人数の前に出られる状態では無いのじゃ。その事をコイツから本人に説明してもらおうと思っておる」
ノートはカトラを指差しながらそう言うと、少し不安を漂わせた顔をトレダールに向ける。
「それに、サーブの方もそろそろ限界だろうて。早く助けに行ってやらんと」
トレダールは少し悩む気配を見せるが、諦めたかの様に息を吐くとカトラに顔を向ける。
「カトラさん、娘を頼みます」
トレダールはそう言ってから町長に顔を向け、町長はトレダールに軽く頷き返して扉へと歩き出す。トレダールもそれに続き、二人が動いた事を見てノートも歩き出す。扉に手をかけたノートは振り向いて部屋に残る二人を一瞥してから部屋を出て行く。扉が閉まるとカトラはラトサリーに体を向け、引きつった笑みを浮かべる。
「それじゃぁ、話しの続きといきましょうか」
ラトサリーはカトラに体を向けて神妙な顔で口を開く。
「そうね……それで、大丈夫じゃないって、どう言う事なの?」
「ラトサリー。あなた、男性恐怖症よ。しかも重症♪」
軽い口調でカトラは告げると、ラトサリーは目を見開いて固まる。カトラは軽い口調で言葉を続ける。
「男との接触で発作が出るみたいね。触られるのは勿論、自分から触っても発作が出るみたいよ。原因はあのクソ王子ね」
王子と聞いてラトサリーの顔が歪む。カトラはその様子に気付いていない事にして言葉を続ける。
「その時の記憶が男との接触で蘇るようね。近しい関係のパパさんやサーブとの接触でも発作が出るとなると、かなりの重症ね」
ラトサリーは不安を滲ませた顔をカトラに向ける。
「……それで、治るの?治療法はあるの?」
カトラはラトサリーに目を向けながら悩まし気に口を開く。
「治療法は……男に触る頻度を少しずつ増やしていくって方法とか……他にも何かあったと思うけど……直ぐには治らないわよ」
「直ぐにはって……どれ位かかるの?」
「そうねぇ……短くても数年。それでも確実に良くなると言えないし、全く良くならない場合もあるのよ」
ラトサリーは眉間にシワを寄せながら溜め息をつく。
「それは不味いわね……でも焦っても仕方ないようね、ゆっくり対処するわ」
カトラは呆れた顔をラトサリーに向ける。
「ラトサリー……何そんな悠長な事を言ってるの?子供はどうするの?」
ラトサリーは目をパチクリさせてカトラに目を向ける。カトラはその様子を見て溜め息をつく。
「……出産適齢期の間に良くならなかったらどうするの?高齢になってからの出産は危険よ。命と引き換えに世継ぎを残すか、最悪の場合、あなたの代で家名が消える事になるのよ」
ラトサリーは焦りの色を濃くして俯き、左手を左頬に当てて人差指で左頬をポンポンと叩き始める。左頬を叩きながらラトサリーはカトラに目を向ける。
「……それじゃぁ…………サーブが私を気絶させて……その間に……」
カトラは苦笑いを浮かべる。
「あんた……サーブがそんな事承知すると思うの?」
「…………しない……わね。でも、事情を上手く説明すれば……」
カトラは苦笑いの度合いを強めて立ち上がり、ラトサリーの肩に手を置く。
「まぁ……暫くは様子を見るしか無いって事は確かだし、それは最後の手段に取っておきなさい♪今は早く良くなる事を願いましょう」
「そんな…………」
ラトサリーの左人差指は動きを止め、彼女は悲壮感を漂わせて項垂れた。
致命的なミスを教えて頂いた事を受けて修正しました。
名前を間違るなんて……20251125




