33:挙式2*
舞台中央で町長はサーブに顔を向ける。
「サーブ。貴方はラトサリーを貴方の妻として愛し、死が二人を分かつまで共に生きる事を誓いますか?」
「誓います!!!」
サーブが食い気味に大きな声で答えると会場から笑い声が起こる。町長は笑いを堪えながらラトサリーに顔を向け、咳払いをしてから口を開く。
「ラトサリー。貴女はサーブを貴方の夫として愛し、死が二人を分かつまで共に生きる事を誓いますか?」
「……誓います」
静かに答えるラトサリーを見て町長は大仰に頷き口を開く。
「それでは指輪の交換を」
町長がそう言うと、舞台袖から係の女性に付き添われた町長の孫娘がチョコチョコと歩いて現れる。サーブとラトサリーの前に辿り着いた少女は指輪が入った籠を両手で持って上に掲げる。少女のあどけなさに広場の皆が笑みをこぼす中、ラトサリーとサーブは互いに向き合う。サーブは少女に笑みを向けて籠から指輪を取り、ラトサリーが差し出した左手に手を伸ばす。サーブの手がラトサリーの手に触れたその時、ラトサリーは手をビクッとさせて後退りする。サーブと町長は驚いた顔をラトサリーに向ける。ラトサリーも同じく驚いた顔をサーブと町長に向ける。
「ご、ごめんなさい……」
広場の人達がざわつきの中、ラトサリーは目を泳がせながらそう言うと元の位置に戻って改めて左手を差し出す。サーブは心配そうな顔をラトサリーに向けながらラトサリーの左手を優しく持つ。するとラトサリーの全身に違和感が走り、彼女は体を強張らせる。必死に我慢をしていると彼女の脳裏に『何か』がよぎり、違和感は震えと共に強くなる。ラトサリーの震える左薬指に指輪を嵌めたサーブは彼女から手を離し、ラトサリーが浅い呼吸で指輪を見つめる姿を心配して声をかける。
「大丈夫?」
サーブの声にラトサリーはハッと顔を上げると無言で頷く。サーブは彼女の様子がおかしい事を心配して町長に顔を向けるが、町長は首を縦に振ってサーブに次の行動を促す。サーブは少し動揺しながらラトサリーに向き直り左手を差し出す。ラトサリーは浅い呼吸のまま係の女性にブーケを預ける。少女が不思議そうな顔をしているのが見えたラトサリーは口角を無理に上げて少女を見返し、籠にある指輪を手に取る。ラトサリーは息を静かに吐いて恐る恐るサーブの左手を取るが、彼女の体に再び違和感が走る。奥歯を噛みしめて違和感に耐え、サーブの指にどうにか指輪を嵌めたラトサリーは早々に手を離して呼吸を整えようとする。その様子を心配そうに見ていた係の女性はブーケを差し出しながらラトサリーにささやく。
「大丈夫ですか?」
ラトサリーは浅い呼吸のまま口角を上げて係の女性に顔を向ける。
「……はい、ありがとうございます」
そう言ってブーケを受け取ったラトサリーはサーブに向き直る。町長は指輪の儀が終わった事を見て取ると、孫娘を手で指し示し声を張る。
「指輪を運んでくれた少女に拍手を!」
人々の温かい拍手の中、少女は係の女性に付き添われ舞台袖へと戻って行く。大役を果たした孫娘を満足気に見送った町長は右手を上げて広場の皆に静まるように促す。拍手が鳴り止むと町長は手を下げ、軽く咳払いをしてから口を開く。
「それでは、誓いの口づけを」
二人はその言葉を受けて互いに歩み寄る。ラトサリーの顔色が悪くなっている事を心配したサーブは彼女にささやく。
「本当に大丈夫?」
虚ろな目をしたラトサリーは苦しそうな顔でサーブを見上げる。
「……ごめんなさい、ちょっと苦しいけど……続けましょう」
サーブは心配そうな顔で頷くとラトサリーの両肩に手を優しく置くが、ラトサリーの肩は一気に縮こまり震え出す。苦しみの度合いを増すラトサリーの顔を見てサーブは手を放そうとするが、ラトサリーはそれに気づき小声でたしなめる。
「だいじょうぶだから!」
握りしめたブーケを震わせながらもそう言うラトサリーを目の前にして、サーブは肩に置いた手に力を入れラトサリーを引き寄せる。薄目で顔を寄せるサーブ。ラトサリーは強まる震えに耐えながら顔を上げて目を閉じる。
その時、
ラトサリーの頭を支配する『あの部屋』の記憶。
ラトサリーの閉じた瞼の裏側に浮かぶ『あの男』の卑猥な口元。
ラトサリーの耳の奥に響く『あの男』の下劣な息遣い。
ラトサリーの精神を覆い尽くす『あの時』の恐怖感と屈辱感。
ラトサリーの全身に走る『あの時』の嫌悪感と忌避感。
サーブの唇がラトサリーの唇に触れると彼女は閉じた目から涙を流しながら崩れ落ちた。薄れゆく意識の中ラトサリーの耳が辛うじて捉えたのは、自分の名前を呼ぶサーブの叫ぶ声だった。
ラトサリーが薄っすらと目を開けると、見慣れない天井と見覚えのある柄の椅子が目に入る。集会所の長椅子に寝かされている事に気付いたラトサリーはボンヤリと辺りを見回すと、傍らで椅子に座るサーブと目が合う。悲壮感を漂わせるサーブの顔は安堵の表情へと変わってゆき、彼は目に涙を滲ませながら口を開く。
「良かった……目を覚ましてくれて良かった……」
サーブの表情を不思議そうに眺めるラトサリーだったが、ハッと目を見開いて起き上がると焦った顔をサーブに向ける。
「サーブ!式は?式はどうなったの?」
「式は……町長とノート殿が上手い事閉じておくと言ってくれて……今は……」
サーブが返答に困ってしどろもどろになっていると、カトラは足音を立てながら二人に近づきサーブの襟を掴む。
「ほら立って♪」
驚いて見上げるサーブを気にせずカトラは掴んだ襟を引っ張って彼を立ち上がらせ、ラトサリーに笑みを向ける。
「あなたの旦那様は今から締めの挨拶に行くから♪」
カトラはそう言ってサーブを扉に向かって放り投げる。サーブは数歩よろけながらも倒れずに踏み止まり驚いた顔でカトラを見る。カトラは薄ら笑いをサーブに向ける。
「早く行ってあげなさい、みんな待ってるんだから」
カトラは追い払う様に手を軽く振りながらそう言ってサーブを行かせようとする。ラトサリーは『みんな待ってる』と聞き立ち上がろうとするが、カトラはラトサリーの肩に手を置いて椅子に留まらせる。
「あなたは休んでいなさい♪」
ラトサリーはカトラの手に抗って立ち上がろうとするが、振りほどこうと動く度に頭の中で音が鳴り、立ち上がる事が出来ない。ラトサリーは焦りを顔に滲ませて彼女を見上げると、見返すカトラは笑みを浮かべていたがその目の奥は笑っていなかった。カトラに気圧されたラトサリーは目を逸らして動きを止める。カトラは改めてサーブに顔を向け、狼狽えて立ち止まっている彼を追い払う様に手を強く振りながら口を開く。
「妻の意識は回復したけどまだ起き上がれない、とでも言えば大丈夫だから♪」
追い立てられたサーブはラトサリーに目を向けてから扉へと体を向け、速足で部屋を出て行く。扉が閉まると同時にカトラはラトサリーに顔を向け、手を置いたまま声をかける。
「ラトサリー、今はどんな感じ?倒れそう?」
カトラの問いかけにラトサリーは体をピクっと動かし、目を伏せて深呼吸をしてからカトラを見上げる。
「今は……少し頭がボンヤリしてるけど、大丈夫よ」
「そう…………そうね、苦しくなさそうね」
カトラはラトサリーの肩を軽く叩くと横に座り、ラトサリーに体を向ける。
「体の震えはどう?今してる?」
ラトサリーは息を軽く吐き、腕を摩ると首を傾げてカトラに体を向ける。
「……いいえ、全然」
「そう……全然ねぇ…………」
カトラは首を傾げながらラトサリーの全身に目を向けて深く息を吐き、悩ましい顔をラトサリーに向けた。




