23:翌朝
【 ティーリーリーッティー♪ 】
心地よい音が聞こえ目を覚ますラトサリー。腕と胸にかかる重みに気付きボンヤリした目を向けると、ウヌカがもたれかかり寝顔を見せていた。長椅子に寝かされている事に気付いたラトサリーはウヌカが目を覚ますまで待つ事に決め、部屋の様子を眺める。鎧戸の隙間から日の光が零れ、部屋を薄っすらと照らしていた。扉の前に横たわっていた机は姿を消していた。机の行方を捜して更に見渡すと、机は元の位置に戻されていた。そして、部屋中央にあるテーブルの上でカトラが寝そべり大きな寝息を立てている事に気付き、ラトサリーは思わず失笑する。その音に反応するかのようにウヌカは体をモゾモゾと動かし始め、薄っすらと目を開きラトサリーを見るとゆっくり身を起こす。
「…………すみません、起きていましたか」
「ごめんなさい、起こしてしまいました」
そう言い合い互いに笑みを見せる二人。ウヌカはラトサリーの手をポンっと叩くと立ち上がってカトラの方へ移り、寝ているカトラの鼻をつまむ。
「…………ぅぐっ……うぐっ……ぐはぁ!!」
「おはようカトラ♪」
「ハァっハァっ…………って、ウヌカ!どうしてまともな起こし方が出来ないの!!」
「あら、この方が面白がってくれると思って♪」
「面白い事の方角がズレてるわよウヌカ!!」
二人の掛け合いに笑みを浮かべラトサリーは身を起こしたその時、彼女に掛けられていたマントがハラリと落ちる。肌と引き裂かれた服が露わになり、ラトサリーは現実に引き戻され表情を暗くする。ラトサリーは落ちたマントを拾い胸元に当てるとウヌカに声をかける。
「あの、ウヌカ?少しよろしいでしょうか?」
カトラとじゃれ合いながらウヌカはラトサリーの方に顔を向ける。
「はい、何でしょうか?」
「私が起きるまでの事を教えて下さいませんでしょうか?」
「そうですよね……でも、その前に着替えましょうか」
そう言ってウヌカが体をカトラから離したので、カトラはバランスを崩してテーブルから落ちかける。ウヌカは短剣を長椅子の下に置いたまま研究室の扉へと歩き出し、扉を開ける直前で振り返ってカトラに声をかける。
「そうだカトラ、所長に声をかけに行って頂戴」
「急に動かないでよ!まったく……」
カトラはそう言ってテーブルから降り、宮殿側の扉の方に歩きながらラトサリーに声をかける。
「少し一人にするけど心配しないで。もう大丈夫だから♪」
カトラが扉の向こうに消えて鍵がかかる音がした後、部屋に静寂が訪れる。外からは鳥の鳴き声が聞こえ、気絶する直前までラトサリーの頭の中でゆっくり鳴り続けていた音も止んでいた。静けさの中でボンヤリと座るラトサリーだったが、違和感を覚え頬に手を当てると、頬が涙で濡れていた。ラトサリーが不思議そうな顔で頬と目を拭っていると研究室側の扉が開き、戻ってきたウヌカはラトサリーに歩み寄り微笑みかける。
「待たせたわね、一人にしてごめんなさい」
服を手に持ったウヌカはラトサリーの様子が目に入ると表情を曇らせポケットからハンカチを取り出す。長椅子に辿り着いたウヌカは腰を屈めて服をラトサリーの横に置き、ハンカチで彼女の頬を優しく拭う。
「落ち着いたら着替えて下さいね」
ウヌカはそう言ってラトサリーの手にハンカチを握らせるが、ラトサリーは不思議そうな顔でウヌカを見る。
「……ウヌカ。私、まだ涙を流していますか?」
表情は普通でありながら目から涙を流すラトサリーを前にして、ウヌカは言葉を失う。ラトサリーは頬に手の甲を当ててみると、拭いてもらったはずの頬が濡れていた。涙で濡れた手を不思議そうに眺めるラトサリー。ウヌカは物悲しさを顔に浮かべ、目に涙を滲ませてラトサリーに尋ねる。
「ラトサリー……本当に大事には至っていないのですね?」
ウヌカの様子を見てラトサリーは困り顔をウヌカに向ける。
「あの、ウヌカ?本当にそういう反応をされるまでには至っていませんから、落ち着いて下さいませんか?」
「でも!それなら!……なぜ涙を流しているのです!!」
肩を震わせ大声をラトサリーにぶつけるウヌカ。ラトサリーは困った顔のまま首を傾げる。
「……何故でしょうね?悲しい気分ではないのですが……」
ラトサリーはそう言って立ち上がりながらハンカチで涙を拭き上げ、着替え始める。涙を払いながら着替えるラトサリーに驚きを隠せないウヌカだったが、何か諦めたかの様に息を軽く吐くと彼女が脱いだ服を手に取ってたたみ始める。
着替え終わったラトサリーが着心地を確認するように体を動かしていると廊下から物音が聞こえ出し、二人は目を合わせて扉へと目を移す。大きくなっていく物音は扉の前で止まり、扉がガタガタと音を立て始める。鍵を開ける音と同時に扉が勢いよく開き、部屋に飛び込んできたフレールは部屋を見回しながら声を上げる。
「ラトサリー!」
フレールはラトサリーを見つけると彼女の元に駆け寄り、ラトサリーの両肩に手を置く。頬が濡れている事に気付いたフレールは目に悲しみを湛え、右手をラトサリーの頭にそっと添え彼女をフワっと抱き寄せる。
「怖い思いをさせてしまったわね。もう大丈夫だからね」
ラトサリーは少し驚いて身を固くするが、直ぐに緊張を解いて身を委ねる。
「ありがとうございます。本当に助かりました」
ラトサリーの感謝の言葉を聞き少しホッとした顔を浮かべるフレールだったが、静かに目を閉じると抱き締める力を強め小声で呟く。
「あなたは私が守ってみせるから」
「……?フレール様?」
抱き締める力を更に強めるフレール。たまらずラトサリーはフレールの背中を叩く。
「フレール様!……フレール様!!」
「っ!あら♪ごめんなさいね♪」
そう言って手を離したフレールは照れ笑いをラトサリーに向ける。ラトサリーは不安そうな顔でフレールを覗き込む。
「……やはり状況は良くないのですね」
その言葉にフレールは顔を曇らせ言葉を詰まらせる。その時、扉の方からカチャカチャと物音が聞こえ、フレールは音の方に目を向ける。使用人が配膳台を押してテーブルへ向かうのを目にしたフレールは軽く溜め息をつきラトサリーに顔を向ける。
「……その話は朝食を食べてからにしましょうか。ウヌカは鎧戸を開けて頂戴」
用意された朝食はパンとジャムとスープだった。戻って来たカトラとウヌカも共に食べ、フレールはお茶を飲みながら皆が食べ終わるのを待っていた。
パンを頬張ってウットリするラトサリー。白い生地は上品な甘さで、スープに浸して食べる必要がない程に柔らかくシットリとしていた。具沢山のスープは旨味が凝縮されていて尚且つ濃過ぎず、飲むと言うより食べ応えを感じさせた。それに加えてジャムが複数用意されている事に目を輝かせるラトサリー。独特な甘みと酸味と共に果肉と種の食感が楽しいカシスのジャム、強い酸味の中に宿る適度な甘さとネットリとした食感が絶妙なアプリコットのジャム、果肉をしっかりと残して食べ応えを感じさせる甘さ控えめなイチジクのジャム、酸味と甘みの具合が絶妙で爽やかな独特な甘い香りが心地よいプラムのジャム。
食べる事に夢中になるラトサリーを見てホッとした顔をするフレール。ラトサリーがナプキンで口を拭ったのを見てフレールはカップを置き、ラトサリーに顔を向ける。
「そろそろ良いかしらね」
ラトサリーの顔に緊張が走る。
「……はい。お願いします」
「ノート先生が陛下に使いを出して状況を報告して下さったのだけど、陛下は王子が重傷を負った事に腹を立ててしまったのよ」
「っ!重傷!そんな……」
「特に左肩から胸部に至る損傷が激しくて、ノート先生があの時行っていなければ死んでいたかもしれない位だったそうよ」
ラトサリーは青ざめた顔で目を泳がせる。
「私……右手で叩いたけど……でも必死で……」
「分かっているわ、あなたが自分の身を守ろうとしたって事は。その事は私も伝えたのだけど……」
そこまで言って言葉を止めたフレールは困った顔をして溜め息をつく。
「なんでも『殺しかけたのに処罰無しなど以ての外だ!』とか言って意固地になっていてね。宰相は穏便に済ませたいみたいなんだけど……」
フレールはそこで言葉を止め、眉間にシワをよせる。
「……穏便に済ませられる訳無いじゃない!何回目よ!!当然の処罰を受けるのは王子の方よ!!!」
フレールの怒気に目を丸くするラトサリー。その様子に気付いたフレールは咳払いをして右手で首を押さえる。
「……それで、この後話し合いをする事になっているの。あなたは宮総研で待機してもらうって事になっているから、終わるまでここで待っていて頂戴ね」
「わ、分かりました……それで、フレール様。お尋ねしたい事があるのですが」
「ん?何かしら?」
「サーブ様は今どちらにおられるのでしょう?嘘の命令を受けて何処かに行かれた様なのですが」
「あ……サーブ…………忘れていたわ……」
フレールは目を丸くして固まった。




