22:籠城
『 18話から21話までのあらすじ 』
王子に飲まされた小瓶の薬は痺れ薬だった。
媚薬まで盛られたラトサリーは襲われるが、頭の中で鳴った音と共に放った右手の一閃が王子を吹き飛ばす。
追手から逃れようと必死に走るラトサリー。
間一髪フレールとノートに救出されたラトサリーは宮総研へと運ばれ、マントに乗せられ所長室に搬送された。
マントを握るカトラの手に嫌な感触が走る。
「ウヌカ!破けそう!!」
所長の部屋の中程まで進んだ所でそう叫んだカトラに目を丸くして焦るウヌカ。
「わかった!ゆっくり止まって!降ろすわよ!」
ウヌカはカトラの動きに合わせて歩みを止め、持ち手を下げてマントから手を離す。長椅子の数歩手前の床に置かれたラトサリーは体を丸めたまま肩を震わせていた。その様子を見たウヌカは長椅子に置かれたクッションを取りラトサリーの顔に押し付ける。
「ラトサリー、コレに顔をうずめて!」
ラトサリーは瞬時にクッションに顔をうずめ抱え込み横向きに倒れ込む。体から力を抜き荒い息をクッションに吸わせるラトサリー。ウヌカはホッと一息つきラトサリーに優しく声をかける。
「ラトサリー、ある程度落ち着いたら長椅子に移って下さい」
ウヌカの言葉にラトサリーはクッションから目だけ覗かせ、潤んだ目で頷く。ウヌカは微笑み返してから立ち上がり、机にかけてある短剣へと駆け寄りながらカトラに声をかける。
「カトラ、宮殿側の扉に鍵をかけてから窓の鎧戸を閉めて頂戴」
カトラは手を摩りながら不満気な顔をウヌカに向ける。
「人使いが荒いわねぇ、少しは休ませてよ」
「あなたねぇ……所長があの感じって事はどういう状況か、分かるでしょ?」
「まぁ……そうだけど……」
「文句言いながらで良いから動いて頂戴。頼むわよ」
呆れ顔でそう言ったウヌカは短剣を手に取り、窓に小走りで移動して鎧戸を閉め始める。その様子を見てカトラは諦めた顔をして扉に向かった。
窓を閉める音や重い物を倒す音や引きずる音が部屋に響く中、ラトサリーは床に横たわったまま呼吸を整える事に集中していた。部屋に静寂が訪れ暫し経過した頃、ラトサリーはクッションを抱えたままゆっくりと身を起こし、先日訪れた時と違う光景に思わず周囲を見渡す。部屋にランプが灯され、薄暗さと静けさが部屋を包んでいた。二つある扉の片方、宮殿側の扉を塞ぐように所長の机が置かれ、カトラとウヌカは床に並んで座って机に寄りかかっていた。
ラトサリーの動きに気付いたウヌカはゆっくりと立ち上がり、ラトサリーの元へ歩み寄る。
「椅子まで動けそうですか?手を貸しますよ?」
膝に手を当てて右手を差し出すウヌカに対し、ラトサリーは考える素振りを見せてから首を横に振る。
「もう少しこのままでいます。……ありがとう、ウヌカ」
ウヌカは微笑みを返してから身を起こし、カトラの横へと戻って行く。ウヌカが座り直した所でカトラはラトサリーに怪しい笑みを向ける。
「それでラトサリー、教えて頂戴。何がどうなってそうなったの?」
ウヌカは能天気なカトラの問いを耳にして呆れ顔を浮かべ、右手でカトラの頬をつねる。
「っ!痛いっ!!痛いってば!何よさっきから!!」
「さっきからって……あなたこそ、さっきから……」
そう言ってウヌカは手の力を強めさらに捩じる。
「いーっ痛い痛い痛い!!!」
「知識欲に走る前に、もう少し相手の事を考えなさい」
「わかった!わかった!!わかったからヤメテ!!!」
ウヌカの右手をペチペチ叩いて悶えるカトラ。その表情を見てウヌカはクスっと笑い手を離し、ラトサリーに顔を向ける。
「ラトサリー、ごめんなさいね。彼女、興味がある事に突っ走る悪い癖があって……」
「大丈夫ですよ……先日ご一緒した時に大体分かりましたから」
「なら良かったわ。それじゃあ、その症状の原因を教えて頂戴」
「はい……媚薬と痺れ薬を飲まされたみたいです」
「えっ!媚薬と痺れ薬!??」
ウヌカは声に出して驚き、カトラは飛び起きて目を益々輝かせながらラトサリーに駆け寄る。ウヌカは焦ってカトラに声をかける。
「カトラ!触っちゃダメよ!」
「わかってるって♪」
カトラは笑顔で答えるとラトサリーの前で屈み込み、彼女を舐めるような視線でジックリと観察し始める。カトラは何か考えるように視線を上に向け、不意にラトサリーの首筋に鼻を近づけ匂いを嗅ぐ。ラトサリーは思わず体をピクっと震わせ顔を横に逸らせる。その反応に気づいたカトラは焦ってラトサリーから離れる。
「ご、ごめんなさいラトサリー。大丈夫よ、触らないから♪」
「え、えぇ。大丈夫ですよ……」
ラトサリーの寛容さに一安心したカトラの背後で怒りを感じさせる溜め息が吐かれ、カトラはビクッと体を震わせて口を開く。
「あの……ウヌカ……」
カトラが恐る恐る振り返って見上げると、いつの間にか移動していたウヌカが凍てつく笑みをカトラに向けていた。
「カトラ。先程言ったばかりの筈ですが」
「イヤイヤイヤ、触ってないから!ジックリ見て匂い嗅いだだけだから!!」
「まぁ……彼女が大丈夫と言っているから良しとしましょう。それで?収穫は?」
「そ、そうよ。体から独特な甘い匂いがするって事は、例の媚薬を飲まされたのは確かな様ね」
「そう……それにしては時間が経ちすぎね」
「そうなのよ。痺れ薬と併用しても時間は変わらないはずだし」
「……そうよね。新種かしら?……いえ、その前に……」
ウヌカは言葉を止めて顔を曇らせ、申し訳なさそうにラトサリーに尋ねる。
「ラトサリー、あなた……その……本当に大事には至っていないのですね?」
ラトサリーは顔を歪め、ウヌカから目を逸らして口を開く。
「えぇ……危ない所でしたが……」
ラトサリーの返事にウヌカは安堵の息を吐く。
「それなら良かったわ。でも……」
ウヌカは再び言葉を止め、不思議そうな顔でラトサリーに問う。
「ラトサリー。あなた、何で動けるのですか?本当に痺れ薬を飲まされたのですか?」
ウヌカの問いに同調するようにカトラは大きく頷きラトサリーの顔を覗き込む。二人に強い視線を向けられラトサリーはふて腐れた顔をして視線を逸らす。
「知りませんよ……痺れ薬だと聞かされただけですから」
カトラはラトサリーが逸らした視線の前に回り込む。
「それで♪味は?匂いは?どれ位飲まされたの?」
ウキウキしながら質問を繰り出すカトラに向かってラトサリーは呆れ顔で溜め息をつく。
「……そうですね。……白く濁っていて、少し苦かったです。匂いは……しなかったのですが……」
「「……ですが?」」
息ピッタリで疑問を口にする二人にラトサリーは軽く気圧されるも言葉を続ける。
「……匂いを嗅いだ時に頭の中で音が鳴りました」
「そうなの♪それで?その瓶からどれ位飲んじゃったの?」
「……渡された小瓶一本分ですけど」
「「えっ??」」
二人は同時に驚き、困惑して互いに目を合わせて首を傾げる。二人の反応を見てラトサリーは少し不安げな顔をウヌカに向けると、ウヌカはその視線に気付き狼狽えながらラトサリーに顔を向ける。
「……ご、ごめんなさい、それで、お茶は?」
「……お茶は……口直しでと言って飲まされました」
そう聞いたカトラは笑顔を少し引きつらせラトサリーを覗き込む。
「っ、それで?お茶はどれ位飲まされたの?」
「お茶は……口直しと、後に飲んだ分を合わせてカップ二杯ちょっとですね。それと……」
「っ!『それと』ですって!」
ラトサリーの言葉を遮るようにウヌカは大きな声を上げ、カトラを派手に押しのけラトサリーの前に座る。
「ちょっと!何するのよ……」
カトラは抗議の声を上げるが、ウヌカがラトサリーに向ける目を見て言葉を止める。ウヌカは浮かない顔でラトサリーに問いかける。
「それで……それと、何か別の物も?」
「え、えぇ。スポンジケーキも口にしました。効能は同じで違う物が入っていると言っていましたけど……」
ウヌカの顔が酷く憔悴し始めた事に気付きラトサリーは言葉を飲み込む。カトラは何か楽しそうな顔で自らの顎を右手で摘まんでブツブツ言い始める。
「別の薬♪……アイツの交友で……入手……そもそも……」
カトラは小声で更に何か言いながらそのまま考え込むように視線を下に向ける。ウヌカは心配そうな顔で右手をラトサリーの頭に差し出す。しかし、その手は頬に触れる寸前でピクっと震えて止まり、ウヌカは手を自らの胸元に戻して息を飲み視線を落とす。その様子を見てラトサリーは首を傾げてウヌカの目を覗き込む。
「あの……ウヌカ?」
ラトサリーの呼び掛けに顔を強張らせるウヌカだったが、意を決したかのように息を大きく吸って顔を上げる。
「ラトサリー……中和剤を使うのは危険かもしれないの」
「そ、そうなのですか?」
「えぇ。飲まされた媚薬がお茶だけだったら使えたのだけど、ケーキに盛られた薬が何か分からないと危なくて使えないわ。そもそも、痺れ薬の量が先回より多いし、それであなたが動けている理由が分からないし……」
「あの……『先回より』とか、『アイツの交友』とか、先程からの反応もそうなのですが……お二人は誰に飲まされたかフレール様から聞いていらっしゃるのですか?」
ラトサリーが困り顔をして尋ねると、ウヌカはゲンナリした顔をして溜め息をつく。
「聞いてはいませんが、あなたが運び込まれた状況と昨年扱った案件を考慮すると、犯人は一人しかいないのですよ」
「そうでしたか。あの人は以前にも……」
ラトサリーはそう言って顔をしかめて視線を落とすが、軽く息を吐くと顔を上げウヌカに問いかける。
「それでは効果が切れるまで待つしかない、と言う事ですか?」
「……方法は無くはないのですが、お勧め出来ないわ」
「お……お勧め出来ないとは?」
「何もしないで待つ以外の方法としては三つあるのですけど……一つ目は、血流を上げて一気に薬を効かせて切れるまでの時間を短縮させる、という方法なのですが……」
「一気に効かせる……!!」
ラトサリーが顔を真っ赤にさせて後退りした事を見て取ったウヌカは言葉を続ける。
「二つ目は、大量の水を死なない程度飲んで効き目が無くなるまでの時間を短縮させる、という方法です」
「……あの、死なない程度の水って、どの位ですか?」
「そうですね……大きい水差し二杯か三杯位かしら。それを一気に飲んでもらう事になります」
「それで、どの程度短縮できそうなのですか?」
「三十分……数時間位短縮出来れば良い方って位でしょうか。実際にどれ位短縮出来るかは分かりませんし、量を見誤ると危険です」
シレっと答えるウヌカに冷たい視線を向けるラトサリー。その視線を察知したウヌカは言葉を続ける。
「三つ目は、効き目が切れるまで強制的に意識を絶たせる、つまり気絶させるって方法です」
「……騎士団長様をお呼びになられるのですか?」
「いいえ、今は団長を呼びに行ける状況ではないので私が行います」
「えっ……ウヌカ?あなた、あんな事も出来るのですか?スゴイですね」
「出来ると言いますか、気絶させる事はできますよ。それで、どうされますか?」
ラトサリーは少し考える素振りを見せてからウヌカに顔を向ける。
「でしたら、気絶させて下さい!この感覚を我慢するのはもう……」
「分かりました、では真っすぐ座って首を伸ばして下さい」
ウヌカはそう言いながら立ち上がりラトサリーの背後に回り込む。ラトサリーは言われた通りに座り直し、後ろのウヌカに声をかける。
「こ、これで良いですか?」
「結構です。では、前を向いて力を抜いて下さい」
「分かりました」
「では、息を吐いて下さい……いきますよ」
その時、ラトサリーの首にウヌカの腕が強く巻き付く。
「うっっ!!ウヌカっっ!!くっっ!くるしい!!!」
ウヌカの腕を叩くラトサリーにカトラが笑いかける。
「大丈夫よ、直ぐに落ちるから♪」
「おち……るって…………」
直後、ラトサリーの視界は一気に白くなった。




