21:避難 *
この話を飛ばしたい方は22話のあらすじを御覧下さい。
宮総研の玄関前に荷馬車を停めたフレールは御者席から飛び降りて玄関へと駆け出し、扉を勢いよく開けて大声で中に呼びかける。
「カトラ!ウヌカ!今すぐ来て頂戴!……いないのー!!」
大声で二人を呼びながらフレールは室内に飛び込む。外まで聞こえる呼びかけが止み、暫しの静寂が訪れる。するとカトラとウヌカが玄関から現れ、荷台に乗っているラトサリーの元へと歩み寄る。カトラは高揚した様子でラトサリーに手を差し出す。
「ラトサリー、何があったの?所長が『私の部屋で極力触れずに治療しろ、女性所員以外誰も入れるな、私が戻るまで誰も入れないように徹底的に封鎖しろ』とか言って何処かに行ってしまったけど」
ラトサリーはゆっくりとカトラに近寄り、顔を紅潮させ肩で息をしながらカトラの手を取る。
「色々ありまして……」
「色々ねぇ……所長が症状も原因も言わずに飛び出してったからその色々を教えて欲しい……」
ラトサリーの身を包むマントの内側の衣服が破損している事に気付いたカトラは口を止めて眉をひそめる。
「本当に何があったのですか?」
そう言ってラトサリーをマジマジと見始めるカトラの背中をウヌカは軽く叩き、ラトサリーに微笑みかける。
「とりあえず所長の部屋に行きましょう、話しはその後で。辛かったら掴まって下さい」
ウヌカはラトサリーにそう言いながら彼女の前に出て右腕を差し出す。ラトサリーは左手でマントを押さえ直してから右手でウヌカの腕を取り、苦しそうにしながらもウヌカに笑顔を返す。
「助かります……馬車の揺れが辛くて……」
「行きますよ、速かったら言って下さいね」
ウヌカは横目でラトサリーを気遣いながらゆっくりと歩き始める。カトラはラトサリーの様子を注視しながら後に続く。ゆっくりと研究室へ入り、室内を半分程進んだ辺りでカトラはソワソワし始め、怪しく光らせた目をラトサリーに向ける。
「それで、『極力触るな』って……何で触っちゃいけないの?」
カトラはそう言いながらラトサリーに右手を伸ばし、背中を撫でまわす。
「っっっっっんあっ!!」
仰け反ったラトサリーの息と声が部屋に響き、動きを止めた彼女の左手からマントがスルリと抜け落ちる。ラトサリーは体をビクっビクっと大きく震わせるとヘナヘナと膝から崩れ落ちる。予想していなかった反応にカトラは驚きの余り後ろによろめく。ラトサリーは荒い呼吸をしながら両手を床につき、目に涙を浮かべてカトラを恨めしそうに見上げる。
「……馬車の……振動で……辛いって……ハァ……言ったじゃ……ないですか!」
「ごっ!ごっ!ごめんなさい!!気になって仕方なかったの!まさかこんな……」
カトラは真っ赤な顔で狼狽えながら目を泳がせる。ウヌカが険しい顔で部屋を見渡すと、男性研究員達は頬を赤らめ慌てていた。ウヌカは焦りを顔に浮かべながら屈んでマントを拾い、ラトサリーをマントで包みながら彼女に声をかける。
「大丈夫ですか、立てますか?」
「……少し……休めば……どうにか」
虚ろな目で答えるラトサリーを見てウヌカは眉間にしわを寄せる。
「ウチの男共にこれ以上あなたを晒す訳にはいきません。一気に運びます、準備するから呼吸を整えて待っていて下さい」
「……わ……わかり……ました」
ウヌカは立ち上がり大きな声で指示を出し始める。
「ガウル!あなたのマントを持ってきて下さい!」
「っ、ん?マント?わ、わかった」
「みんな、通路の荷物をどけて下さい!作業台も出来るだけ端に寄せて下さい!!終わったら部屋の端に行って後ろを向いて下さい!!!」
「「「お、おぅ!」」」
ウヌカはガウルからマントを受け取ると布の質と縫い目を確認して軽く首を傾げる。
「んー……これなら……どうにか耐えてくれるかしら……」
ウヌカはラトサリーに目をやると眉間にシワを寄せて息を吐き、ガウルに顔を向ける。
「ガウル、マント借りますよ」
そう言ってウヌカはマントの縫い目が無い広い面をラトサリーの前に広げて敷き、屈んでラトサリーに声をかける。
「ラトサリー、敷いたマントの真ん中に移動して膝を抱えてうつ伏せになって下さい。ゆっくりで良いですよ」
呼びかけ通りにゆっくりと動き出したラトサリーを見てウヌカは立ち上がり、再びガウルに顔を向ける。
「ガウル、所長の部屋の扉を開け放して下さいますか?」
「構わないが……お前、自分のマント使えよ」
「私のは小さいんです、諦めて下さい」
不貞腐れるガウルをウヌカはしれっとした顔で受け流す。ガウルは諦めたかのように溜め息をついてウヌカに苦笑いを向ける。
「仕方ないな……今度何か奢れよ」
そう言ってガウルは小走りで扉へ向かい、扉を開けて閉じない様に押さえるとウヌカに視線を投げる。ガウルの視線に頷き返したウヌカはオロオロしているカトラの右頬をつねる。
「イテテテ!何するのよ!!」
カトラはウヌカの手を払い、頬を摩りウヌカを睨む。ウヌカはその視線を正面から受け止める。
「何するのはこっちのセリフよ、まったく……いいからそっち行って」
ウヌカは敷いたマントの左側を指差しながらそう言うと自らは右側に屈み込み、敷いたマントの端と端を逆手でしっかりと握る。それを見たカトラは軽く息を吐いてからラトサリーの左側に移り、ウヌカと同じくマントを掴む。ウヌカは再びラトサリーに声をかける。
「ラトサリー、準備が整いました。合図と共に持ち上げるから、運び終わるまで我慢して下さい」
ラトサリーは無言で頷くと体を丸くして縮こまる。
「それじゃぁカトラ。合図で持ち上げて、破れなかったら横歩きで一気に運ぶわよ」
「一気にね……破れたらどうする?」
「そうね……あなたは彼女の両足を持って。私は両腕を持つわ」
「急に雑ねぇ♪それで、どこまで運ぶ?奥の長椅子?」
「そうね、そうしましょう。それじゃぁ……行くわよ。サンハイ!!」
ウヌカのかけ声と共にラトサリーの体は持ち上げられる。マントがグッと張りカトラとウヌカの両手に負荷が一気に加わる。二人は目を合わせ頷き合うと横歩きで扉へと歩き出し、バタバタと足音を立てながら突き進む。ガウルは二人が扉を通るのを見送ると、扉を閉めて暖炉横の机に移動しながら研究員達に指示を出す。
「みんな、鎧戸を閉めて鍵をかけてくれ。それが終わったら各自武器を身につけろ。籠城するぞ」
「「「ハっ、ハイ!!」」」
皆の返事を聞きながらガウルは机から鍵を取り出し、扉の鍵をかけてから鍵を暖炉の中に隠して玄関扉へと小走りで移る。玄関扉にも鍵をかけたガウルはカンヌキをかけてから皆に声をかける。
「みんな。施錠し終わってからの作業だが、玄関側で作業してくれ。所長の部屋の方には極力行かないように」
「……?何故です?」
研究員の一人が疑問を口にすると、ガウルは冷たい笑みを浮かべ答える。
「聞き耳を立てて興奮していたとウヌカに報告されたいか、お前?」




