3-37 殊勲
カトラの問いかけに大人達は誰も答えようとする気配すら見せなかった。カトラは肩をすくめてミラテースの元に向かい、ミラテースの前で足を止めてアドエルを見下ろす。
「アドエル、ミラテースの治療の時間だからどきなさい」
カトラはそう言うとミラテースとアドエルの間に右腕を挿し入れ、アドエルを抱え上げる。ミラテースは腫れた目でカトラを睨む。
「ちょっと!そんな雑に触るんじゃないわよ!」
カトラは不敵な笑みをミラテースに向け、左手に持ったコップをミラテースに突き出す。
「はいはい。気が向いたら気を付けるから、あなたはこれを飲みなさい」
「……なによコレ?」
ミラテースは眉間にシワを寄せ、ひったくるようにコップを受け取る。カトラはアドエルをベッドの端に座らせながら口を開く。
「煮込んだ薬よ。食事の前なんだから、早く飲みなさい」
カトラはそう言って水差しが乗っている台に向かおうとするが、アドエルに裾を掴まれ足を止める。
「何?あなたの分は無いわよ」
少しニヤっとしてそう言ったカトラにアドエルは不安そうな顔を向ける。
「ねぇ……ミラ、病気なの?」
「え?違うわよ」
「じゃぁ、なんで薬なんて飲むの?」
「えっ……とねぇ……」
裾を放してもらえず思いのほか困っているカトラを横目にラトサリーは頬を拭いながらベッドの脇の台の前に移り、コップに水を入れて台に置く。カトラは困り顔で自分の頭を掻きながら口を開く。
「っとねぇ……っ、お、女はね、病気じゃなくても薬を飲むって事が結構あるのよ。だからと言って何でもないって訳でもないから、そう言う時は我儘を言わないで優しくするのよ。分かった?覚えておきなさい」
「……うん……わかった」
鼻をすすりながら返事をするアドエル。カトラはホッとした顔でアドエルの頭を左手でクシャっと撫で、アドエルの手を袖から外そうとするが、アドエルはカトラの左手を両手で掴んでカトラを見上げる。
「カトラ……助けに来てくれて……ありがとう」
目を丸くさせたカトラはアドエルから目を逸らし、アドエルの頭を激しく撫でくり回しながら口を開く。
「そっ、それはこっちの台詞よ!」
その場にいた大人三人はカトラを止めようとするが、
「場所を教えてくれてありがとう、アドエル」
カトラの言葉に驚いて動きを止める大人三人。ラトサリーは戸惑いで口を引きつらせるもどうにかカトラへの問いを捻り出す。
「ねっ、ねぇ、カトラ?場所って……あれ、ミラテースじゃなかったの?」
カトラは眉をピクっと震わせ、首を傾げてラトサリーに聞き返す。
「え?そうだけど……えっ?分からなかったの?」
「わっ、分かる訳ないじゃない!それに、あんな事、アドエルが出来るなんて思わないわよ!」
焦った様子で言い訳をするラトサリーにカトラは呆れ顔を向ける。
「ラトサリー、あなた、時々、とーーんでもなく頭が悪くなるわよね」
「っ!しっ、失礼ね!何でそうなるのよ!私は索敵術式が出来ないのよ!分かる訳ないじゃない!」
カトラはアドエルの頭をグリグリ撫でながら言葉を続ける。
「だって、状況を少しでも考察すれば容易に推測出来るじゃない。自分がミラテースだったらどうか、ちょっと考えてみて?あなた、何回も前後からハ……っ……執拗に凌辱されながらあんな繊細な術式出来ると思う?」
カトラが選択し直した単語を聞いてジーナはカトラを怒鳴りつける。
「っ!カトラさん!!子供の前で何て事言うんですか!!」
ジーナの苦言に片耳を塞いで苦笑いしたカトラは顔を強張らせるラトサリーに向かって言葉を続ける。
「あっ、あの状況で居場所を教える術式を使えたのは、アドエルしかいないって事になるのよ。あなた、帰り道で術式の事をコイツに聞かなかったから、当然分かってるモンだと思ってたんだけど」
「だっ、だって、私、すっかりミラテースだと思ってたから……」
カトラは呆れ顔で言葉を続ける。
「まったく……だからアドエルがピーピー泣いてたって訳ね。あれだけ頑張ったのに誰も褒めてくれないから……可哀そうに」
カトラはそう言うとアドエルの髪を左手で整えながら口を開く。
「アドエル。あなたの御陰でミラテースを助ける事が出来たの。だから、泣いてないで皆から褒めてもらいなさい♪」
「ほ……ほんとう?でも……ボクのせいでミラがヒドい目にあったんじゃないの?」
「何よソレ?……まぁ、あなたがそう思うのなら、次からそうならない為にどうすれば良いか、しっかりと考えなさい」
「……うん」
アドエルの素直な返事にカトラは少し目を泳がせる。
「でっ、でも、あなたに悪い所は何も無かったと思うわよ。それ所か、あなたが頑張ったからミラテースを助ける事が出来たんだから、しっかり褒めてもらいなさい」
「ほ……本当?本当にボク、ほめてもらえるの?」
カトラはミラテースに目配せし、肩をすくませる。ミラテースはフッと笑い、コップを台に置いてアドエルを呼ぶ。
「アドエル、こっちにいらっしゃい」
アドエルはミラテースに顔を向けると目を輝かせ、ベッドからピョンっと飛び降りると泣き腫らした顔に笑みを浮かべてミラテースに駆け寄り飛びつく。ミラテースは飛びついてきたアドエルに腕を伸ばして抱え上げ、自分の膝に座らせると優しく頭を撫でながら穏やかな声で囁く。
「アドエル、本当にありがとう。あなたがそんなに頑張ってくれたなんて、本当に嬉しいわ」
アドエルは撫でられる感触に目を細め、ミラテースに身を委ねる。二人の様子を横目で見てニヤっと笑ったカトラはジーナに声をかける。
「ジーナ。もう少しコイツの診察をしたいから、アドエルをどっかに連れていってくれる?」
「えっ?は、はい、わかりました」
ジーナは涙を拭い、軽く咳払いしてアドエルに声をかける。
「アドエル、これからミラテースさんの診察をするみたいだから、台所に行きましょう。ミラテースさんの食事の準備を手伝ってくれる?」
アドエルは目をジーナに向けるとミラテースの服をギュッと掴み、不安そうな顔をカトラに向ける。
「ねぇカトラ。やっぱりミラ、どこか悪いの?」
「大丈夫か念の為に確認するだけよ。終わったら食事を取ってもらうから、準備を手伝ってきなさい」
「……うん、わかった」
若干不安げに返事をしたアドエルはミラテースの膝から降り、ジーナに差し出された手を握る。アドエルはジーナと共に歩き始めるが、部屋を出る直前、ジーナに疑問をぶつける。
「ねぇジーナ。『りょうじょく』って何?」
「っ!!!!えっ?!」
酷く驚いて固まるジーナ。そして大人三人はカトラに殺気の籠った目を向ける。カトラは目を丸くさせて自分を指差し、三人が首を縦に振ってきた事に肩をすくめるとアドエルに苦笑いを向ける。
「えっ……っとね。アドエル。それは……ねぇ……何て言うか……」
返答に困ったカトラはラトサリーに目で助けを求めるが、ラトサリーの発する怒気に思わず目を逸らす。カトラは眉間に深いシワを浮かべて目を泳がせ、
「っ……と……ねぇ……」
顔を歪ませて最適解を捻りだそうと重い悩むカトラだったが、
「っ!」
急に目をパッと開いたカトラはアドエルに満面の笑みを向ける。
「そう!それは、人が嫌がる事を無理にやって相手の心と体を傷つける事よ!あなたは絶対にそんな事やっちゃダメよ!分かったわね!!」
悪くない答えをしたと悦に入った顔をするカトラ。アドエルはカトラに目を向けながら幾度か頷き、ニコッと笑みを浮かべる。
「うん、わかった。ありがとうカトラ」
アドエルが納得した様子を見て安堵の息を吐いたジーナはアドエルの手を引いて部屋を後にする。カトラはアドエルを笑顔で見送るが、扉が閉まる前にジーナから凄みが半端ない顔で睨みつけられる。笑顔を引きつらせるカトラにミラテースは呆れ顔で尋ねる。
「それで?この薬は何なの?」
ミラテースは台に置いたコップを顎で指し、カトラは少し不満気に口を尖らせる。
「あなた、まだ飲んでなかったの?そんなに私の事が信用出来ない?」
「そう言う訳じゃないけど……何の薬か知ってから飲みたいのよ……」
いじらしく答えるミラテースに気を削がれたカトラは肩をすくめ、椅子に座ると真顔をミラテースに向ける。
「妊娠の可能性を低くする薬よ。とりあえず一カ月、食前に飲んでもらうわよ」
「そう、わか……って、アンタ、一カ月後にまたアレをやるとか言わないわよね?」
コップに手を伸ばしたミラテースは少し顔を青くして尋ねる。カトラは真顔のまま答える。
「アレは直後に一回だけで大丈夫って事になってるから安心しなさい。それより、あなたから聞かなきゃいけない事があるの」
「っ……何よ、改まって」
「その前に、早く飲みなさい」
ミラテースは嫌そうに手にしたコップを口に近づけるが、漂う匂いにコップを口から離してカトラを睨む。
「ねぇ、何なのこれ、飲んで大丈夫なモノなの?」
「煎じた薬なんてそんなモンよ。早く飲んで」
低い声で即答するカトラの圧に負けたミラテースは息を止め、一気に飲み干す。
「っ……っ!にっ!マズっ!」
顔を歪めるミラテースにラトサリーは水が入ったコップを差し出す。コップを奪い取ったミラテースは水を口に含ませ、口をすすいで飲み込む。
「飲んだわね。それじゃぁ、答えてもらうわよ」
真顔で話を始めようとするカトラにミラテースは文句の言葉を詰まらせ、もう一口水を飲んでコップを台に置くと息を軽く吐いて座り直す。
「いいわよ。落ち着いたら聞かれるって思ってたから……」
「心の準備は良い様ね。それじゃぁ聞くけど……」
ミラテースは暗い顔でカトラから目を逸らし、ラトサリーは息を飲んで二人を見守る。
「……施術の水の流し方、どうすれば刺激が少なくなると思う?」
「………………え?何ですって?」
キョトンとするミラテースにカトラは眉をひそめる。
「っ?だから、施術の事よ。あなた、気を失ったじゃない?だから……」
「いやいや!それなの?!私の手配書の事とかじゃないの?」
「え?何で今そんな事を聞かなきゃいけないのよ」
「だってアンタ、アドエルを部屋から出したじゃない!私の素性とかアドエルの出生とか、そう言う話をする為だって思うじゃない!」
カトラは真顔のまま口を開く。
「まぁ、アドエルのあの素質はどこから受け継いだモノなのかは知りたいと思うけど、今じゃなくても良いのよ。今すぐ聞かなきゃいけないのは施術の事よ!人の記憶は時間が経てば経つほど薄れていくのよ!だから早急に情報を収集しないといけないの!だからミラテース!どこがどう刺激が強くて耐えられなかったのかとか、今すぐ話して頂戴!」
ラトサリーは右手で額を押さえながらカトラに尋ねる。
「カトラ、そんな事を聞きたくてアドエルを部屋から出したの?」
真顔のカトラは眉間にシワを少し寄せる。
「そんな事って何よ。これは将来の被害者の為に必要な事よ。それに、こんな事アドエルに聞かせたらダメでしょ?」
「っ……あなたねぇ、そういう気遣いが出来るなら『凌辱』なんて言葉をアドエルに聞かせないでくれる?」
カトラは口を尖らせてラトサリーを睨む。
「っ!って、あれでも言い直したのよ!そんな事言うなら教えなさいよ!あの状況で頭が悪いあなたに分からせると同時に子供に聞かれても大丈夫な言葉は何か!」
「っ!また頭悪いって言った!そう言うあなたこそ、瞬時の判断とはいえ凌辱なんて言葉しか出ないなんて良識ってモノは無いの?!」
カトラはユラっと立ち上がり、ラトサリーの左頬をムニっとつまんでせせら笑う。
「何よ質問に答えられないから論点を変えようって訳?ほーら、左頬を刺激してあげるから言ってご覧なさいよ的確な言葉を♪」
ラトサリーはカトラの左頬をつまみ返して冷やかな笑みを浮かべる。
「そんなの、『あんな事』とか具体性のない言葉を選べば良いだけじゃない。そうすれば大人だけ理解出来たでしょ?状況を俯瞰する能力が低いと室長としてこの先苦労するわよカトラ♪」
「っ!ふーん♪言ってくれるじゃない♪でも、大人の中に頭が悪い奴が混ざってたからなぁ~♪」
「っ!また言ったー!」
じゃれ合い始めた二人に放置されたミラテースは深い溜め息をつき、ゆっくり立ち上がると二人の襟袖をガシっと掴んだ。




