3-35 制裁
アズーロ邸本館の玄関前の広間で寝巻き姿のアズーロは部下三人と共に状況報告を待っていた。本館の裏から聞こえていた喧騒が止んでも報告が来ない事にアズーロは足先で床を小刻みに叩き、苛立ちで顔を歪ませていた。待つ事に限界を覚えたアズーロは部下の一人に様子を見て来るようにと怒鳴りつけ、男が不満げに裏口へと向かおうとした時、
《 ボゴゴゴゴゴン! 》
玄関扉が無数の断片となって崩れ落ちた。アズーロ達が驚いて玄関扉の方に顔を向けると、ラトサリーが短剣を鞘に収めながら冷たい目を四人に向けていた。男三人は慌てて剣を抜くとアズーロを後ろに下がらせる。ラトサリーは三人の男から向けられる殺気に表情を変える事無く瓦礫にゆっくり足をかけ、両掌を三人に向ける。
《 ブワンッ!! 》
吹き上げる突風で男三人は二階まで吹き抜けなっている広間の天井に強く叩きつけられ、ラトサリーが風を消すと男達は敷石の床に落ちた。左腕から落ちた男は苦悶の声を上げながら他の二人に目を向けると、二人の男は頭から血を流して動きを止めていた。アズーロは護衛を失った事を悟って走り出そうとするが、ラトサリーの右掌は既にアズーロの方を向いていた。
《 ブワンッ!! 》
アズーロも天井に体を打ち付けられ、腰から床に落ちて敷石が割れる。悲鳴を上げるアズーロにラトサリーはゆっくり歩み寄り、こめかみに青筋を浮かばせながら微笑みかける。
「こんばんは、親方さん。それとも、おはようございます、ですかね?」
アズーロは痛みと恐怖で顔を歪ませる。
「お、お前、いったい何者なんだ!何をした!」
「何をしたって……」
ラトサリーの注意がアズーロに向いたその時、機を狙っていた男は痛みに耐えながらラトサリーに飛びかかる。
「死ね!この化け物が!」
《 ブワンッ!!! 》
ラトサリーに左掌を向けられた男は先程より激しく舞い上がり、天井に頭を強く叩きつけられた男は悲鳴を上げる事無く床に頭から落ちて動きを止める。玄関の瓦礫の前でカトラの肩を借りているミラテースは顔を引きつらせながらカトラに尋ねる。
「ね、ねぇ?あの子、どうしちゃった訳?」
カトラは呆れ顔をミラテースに向ける。
「どうしちゃった、じゃないわよ。あなたのせいよ」
「っ?何でそうなるのよ」
焦りと不満を顔に湛えたミラテースにカトラは軽く溜め息をつく。
「だって、あの子、あなたと別れるのが嫌であんな無茶してるんじゃない。それに……」
言葉を続けようとするカトラの口をラトサリーの怒号が止める。
「カトラ!その棒貸して!!」
目を丸くさせたカトラは苦笑いすると鉄の棒をラトサリーに投げて渡す。
「曲げるんじゃないわよ♪」
ラトサリーは返事を返す事無く鉄の棒をバシっと受け取り、アズーロの右足首に振り下ろす。
《 ゴギっ! 》
悲鳴を上げるアズーロにラトサリーは冷たい笑みを向けて尋ねる。
「買収した門衛の名前を言いなさい」
「……そ、それが、人にモノを頼む時の態度か!」
「そうですね、申し訳ありません。それでは、依頼主が誰なのかお教え下さいますか?」
そう言ってラトサリーは鉄の棒を振り下ろす。
《 ゴギっ! 》
左足首を粉砕されたアズーロは再び悲鳴を上げ、無言で鉄の棒を振り上げたラトサリーに嘆願する。
「やっ、止めてくれ!頼む!止めてくれー!」
聞き入れる事無くアズーロの右脛に鉄の棒を振り下ろすラトサリー。カトラは苦笑いしたまま口を開く。
「あの子、あなたの言葉で動揺しちゃったのよ。それで、怒りを抑える事が出来なくなって、あんな感じよ。ちょっと怖いわ」
「そ、そうね……」
「それで?ミラテース、あなた、いいの?」
「いいのって、何がよ?」
「あの子、あのままだとアズーロを殺しちゃうわよ?いいの?あの子にやらせちゃって。アドエルに怖い思いをさせた奴よ?」
そう言いながらカトラが指差した先で、ラトサリーはアズーロの右足首に鉄の棒を突き立ててグリグリさせながら尋問を続けていた。ミラテースは眉間にシワを寄せると鼻から息をフゥっと吐く。
「……そうね。ねぇ、ちょっとあの子の後ろまで進んでくれない?」
「わかったわ」
カトラはシレっとそう答えると足元の瓦礫を蹴飛ばしながらラトサリーの方に向かい、あと数歩の所で足を止めた。ミラテースはカトラの肩から手を離し、おぼつかない足取りでラトサリーに歩み寄りながら声をかける。
「ラトサリー。ちょっと良い?」
ラトサリーは冷たい笑みを浮かべたままミラテースに顔を向ける。
「えっと、もうちょっと待ってて。聞く事を聞いて止めを刺すから」
そう言ってアズーロに顔を向けたラトサリーは鉄の棒をゆっくり振り上げるたミラテースはラトサリーが振り上げた右腕を掴んで止める。
「ちょっと待ってくれる?」
ラトサリーはミラテースに顔を向ける事無く口を開く。
「邪魔しないで頂戴。この人を生きたまま行政に引き渡す訳にはいかないんだから」
「安心して。まだ出て行かないから。だから、ここでアンタがコイツを殺す必要は無いのよ」
ラトサリーは目を泳がせ、不安そうな顔をミラテースに向ける。
「ほ、本当?で、でも、連れ帰って引き渡したら、あなたの事が広く知られてしまうわ。やっぱりここで……」
ミラテースは呆れ顔でラトサリーの口を遮る。
「それは、サーブに話して上手くやってもらえば良いじゃない。あなたがさっき言っていた事よ。コイツが買収したって言う衛兵の事も、サーブに伝えればどうにかなるわよ」
「そっ……そうかしら。上手くいくかしら」
幾分か殺気が引いたラトサリーを見てミラテースはホッと息を吐き、ラトサリーの腕を放すと穏やかに語りかける。
「大丈夫よ。上手くいかせる方法を考える時間はあるわ。だから、帰りましょう?」
「っ……そ……そうね」
そう返事をして右手を下ろしたラトサリーはカトラに呼びかける。
「カトラ。この人を連れて帰るの手伝って」
「……ハイハイ、分かったわよぉ」
酷く面倒くさそうに返事をしたカトラは広間を見回し、拘束するのに使えそうな物を物色し始める。ミラテースはアズーロに目を向けながらラトサリーに声をかける。
「ラトサリー。ちょっとその棒、貸してくれる?」
「え?……」
目を丸くさせたラトサリーはカトラに目を向け、カトラが親指をグッと立てて見せて来た事に更に目を丸くさせる。
「み、ミラテース?何か会話の辻褄が合わないような気がするんだけど……」
「えっ?殺さないわよ、だから早く頂戴」
「わ、分かったわ」
ラトサリーは不安げに鉄の棒をミラテースに手渡し、両手で受け取ったミラテースは棒を杖にしながらアズーロの足元に移ると険しい顔で口を開く。
「よくもアドエルに怖い思いをさせたわねぇ……」
ミラテースの目を見てしまったアズーロの体は震えに襲われた。




