3-34 旋風
眉間にシワを寄せて驚くラトサリーにミラテースは目を向けずに口を開く。
「わたしに……懸賞金がかかってるみたいなの。狙われたのはアドエルではなくて私なのよ。アンタ達の元に留まれば、またアドエルに危害が及ぶわ。だから……」
「何言ってるの!!」
怒鳴ったラトサリーはミラテースから肌着を取り上げ、穿かせながら口を開く。
「こんな所に残ってどうするって言うのよ!帰るわよ!!」
ミラテースはラトサリーの手を掴んで悲し気な笑みを向ける。
「自分で着るから」
ミラテースはそう言って肌着を着け、上着に手を伸ばす。着るのも辛そうなミラテースの姿にラトサリーは顔をしかめて尋ねる。
「ミラテース。服を着るのも大変そうなのに、一人で残ってどうするって言うの?」
「奴らに連れて行って貰うのよ、懸賞金をかけた奴の所にね。そうすればそれで終幕、アドエルが巻き込まれる事も無くなるわ。その方がアンタも安心でしょ?」
「あなたねぇ……」
ラトサリーはそう呟くと溜め息をつき、ミラテースに呆れ顔を向ける。
「この状況で、アズーロ達がどうやって町から出るって言うのよ?」
「奴ら、今日勤務する門衛を買収してあるって言ってたわよ」
「あなたねぇ……サーブにそれを伝えれば良いでしょ?そうすればその買収された人諸共捕まえられるんだから、今すぐアドエルから離れる必要は無くなるでしょ?」
「っ……そ、そうね……でも……」
目を泳がせるミラテースにラトサリーは微笑みかける。
「ミラテース。あなたは今、疲れすぎで短絡的になっているのよ。一度帰って、休んで、考えましょうよ。アドエルと離れなくても大丈夫な方法を」
ミラテースは目を逸らし、暫しの沈黙を経て上着に腕を通し始めた。ラトサリーはホッと息を吐き、ミラテースが服を着終えるのを待った。上下とも上着を着終えたミラテースはゆっくり立ち上がり、ラトサリーから受け取ったマントを着けながら口を開く。
「ラトサリー。私達が帰った後、捕まった犯人達の取り調べで私の正体が行政にも知られてしまうわ。そうしたら私の所在が広く知られてしまうし、この国にいる事すら難しくなってしまうわ。だから、やっぱりここで……」
ラトサリーはミラテースの言葉に理があると感じ、慌てて口を挟む。
「ちょっと待って!そんな事言わないで!!いっ、いま考えるからっ!!!」
慌てるラトサリーにミラテースは穏やかな笑みを向ける。
「今考えるって、アンタ、目を閉じて考える時間なんて無いわよ。だから……」
「ちょっと待ってって言ってるでしょっ!!」
怒鳴ったラトサリーは入り口へと走った。
石壁の建物の入り口を塞ぐようにして立つカトラは左手に持った鉄の棒を肩に乗せ、分捕った剣を右手でプラプラと振りながら欠伸をしていた。既にサーブとアドエルの姿は無く、カトラの周りには白目をむいた男が三人程転がっていた。近接戦では敵わないと悟った男達は石造りの建物から離れた位置にある本館の陰から弓矢を打とうとしたが、カトラは分捕った剣を投げつけて何人か始末した。
本館の陰から様子を伺って向かって来る気配を見せない犯人達。犯人達に目を向ける事もせずにだらけた様子のカトラの背中にラトサリーは声をかける。
「カトラ!カトラ!」
「何?もう出発できる?」
ラトサリーは悲壮感を湛えた顔で口を開く。
「違うの!ミラテースが、このままだと取り調べで正体がばれちゃうとか言って出て行こうとしてるの!どうにか出来ない?!」
「ん?出て行く?って、どうにかって……何なのよ、その無茶な頼み事は!」
呆れ顔で振り返るカトラにラトサリーは慌てて声を上げる。
「ちょっとカトラ!見張り!って、危ない!」
本館の裏口で様子を伺っていた男はカトラが背中を見せた好機を逃す事無く弓引いて体を建物の影から出す。
《 ブンッ!! 》
カトラが振り返りながら投げた剣は男へと一直線に飛んで男を貫いた。剣を投げたカトラは入口から少し離れた敷石の通路に倒れている男の剣を拾い、元の場所に戻りながらラトサリーに呆れ顔を向ける。
「あなたねぇ、自分で考えなさいよ」
「かっ、考えてるわよ!でも何も思いつかないんだもん!お願いカトラ!室長でしょ!何か考えてよ!」
「っ、何なのよ、その無茶な頼み方は!……全くもぅ……」
カトラはゲンナリした顔でそう言うと鉄の棒で肩をポンポンと叩き始めるが、急に動きを止めて首を傾げると振り返ってラトサリーに怪しい笑みを向ける。
「ラトサリー。あるじゃない、あなたの得意な方法が♪」
「えっ♪何?♪って……なに?その顔は……」
一瞬笑顔になったラトサリーは笑顔を引きつらせ、ラトサリーの反応に満足したカトラは怪しい笑みのまま言葉を続ける。
「取り調べで話されなければ良いって事でしょ?それなら、あなたの得意な口封じをすれば良いじゃない♪」
ニヤニヤしながらそう言うカトラにラトサリーはムスッとした顔を見せる。
「へっ、変な事言わないで!得意なんかじゃない……」
ラトサリーはそこで口を止め、目を伏せて暫しの沈黙を経て口を開く。
「……それでいく」
「え?」
ラトサリーの返事に目を丸くさせたカトラは剣を投げて犯人をもう一人仕留め、芝に倒れている男の剣を拾ってからラトサリーに顔を向ける。
「ラトサリー?それって、口封じの事?」
「えぇそうよ、それでいく」
据わった目でそう言ったラトサリーはサーブの峰打ちで吹き飛ばされた男の元に走り、男の首筋に手を当てて死亡を確認してからミラテースに顔を向ける。
「ミラテース。どうにか出来そうだから安心して」
「ラ、ラトサリー?め、目が怖いわよ?」
ミラテースに指摘されたその目のままラトサリーはラテースに向かって咆える。
「絶対に大丈夫にするから!アドエルが立派な大人になるまで何処にも行かせないから!!ここでお別れなんて言わないで!!!」
頭を振って咆えたラトサリーはミラテースの返事を待つ事無く外に出てカトラの横で足を止める。
「カトラ!あと何人残ってる?!」
「えっ……えーっとね、八人ね。それで?私に殺してこいとか言わないわよね?やるなら自分でヤリなさい♪」
「分かってるわ!カトラ!残りの人達が何処にいるか教えて!」
「まぁ、それ位なら協力してあげても良いけど、対価は?」
「っ!そんなの!後で何でも払ってあげるわよ!」
「本当♪?その時になって文句言っても受け付けないわよ♪」
「分かってるから早く教えて!一人でも逃す事になったら許さないわよ!!」
「うわっ、こわ」
カトラは肩をすくめて苦笑いすると本館を指差して口を開く。
「一階中央の奥の方に四人いるわ。多分玄関前の広間ね。後は、建物の右端の陰に一人、左端に二人、裏口の扉を盾にしているのが一人、って所ね」
「そう……それで、左端の二人は建物の角からどれ位の位置にいるの?」
「角から顔を覗かせているのが一人、そのすぐ隣に一人よ」
「わかったわ」
ラトサリーは本館の左端に右掌をかざし、怒りに満ちた目を本館の左端に向ける。
《 ブウォォォォンッ!!! 》
突如発生した旋風が建物の陰に隠れている男二人を飲み込み、男達は瞬く間に二階建ての本館の屋根より更に高く舞い上がった。町の鐘塔より高く舞い上がった男達に目を向けたラトサリーはかざしていた右掌を自分の顔の方に向けると右人差指をクイっと曲げる。旋風が石壁の建物の方に捩じれた所でラトサリーは掌をグッと閉じて旋風をフワっと消す。宙に舞った男達は悲鳴を上げながら落下し、裏庭の敷石で舗装された通路に体を打ち付けて弾んだ。転がった男達が苦悶の声を上げる姿に顔色を変える事無くラトサリーは本館の右端に右掌をかざし、カトラに尋ねる。
「カトラ、こっちは一人だったわね?位置は同じ位?」
カトラは少し茫然とした様子で口を開く。
「え、えぇ、そうよ」
《 ブウォォォォンッ!!! 》
旋風で高く舞い上がった男は裏庭の通路に頭から落ちて動きを止めた。本館の裏口から顔を覗かせていた男は空から降って来て地面に叩きつけられる仲間の姿に膝を震わせ、よろけて尻から倒れる。倒れた拍子に扉から姿を晒してしまった男は慌てて壁の陰に戻ろうとするが、突風に襲われ建物の外に飛ばされる。男は地面に転がる前に旋風によって空高くへと攫われ、悲鳴を上げながら地面に落ちた。ラトサリーは右手を降ろすと石造りの建物の中に戻り、大剣を取りに行きながらミラテースに声をかける。
「ミラテース。付いて来て」
口ごもって返事をしないミラテースにムッとした顔をしたラトサリーは荒い足取りでミラテースに近づき、ミラテースの手首を掴んで睨む。
「ミラテース!行くわよ!!」
ラトサリーはミラテース引っ張って立たせ、ミラテースの肩に手を回して外に向かった。ミラテースを介助するようにして外に出たラトサリーはカトラに呼びかける。
「カトラ!残りの四人は移動してない?」
カトラはラトサリーが地面に叩き落とした男を足先でつつきながら口を開く。
「……えぇ、同じ位置にいるわ」
「そう。それで、こっちは生き残ってる?」
カトラは足元でうめき声を出す男に向けていた顔をラトサリーの方に向ける。
「一人だけ辛うじて生きてるわ」
「っ、そう……」
ラトサリーはミラテースを離し、カトラの足元に転がる男の元へと向かった。男の顔の前で足を止めたラトサリーは大剣で男の首を切りつけ、建物に入る前に投げ捨てた鞘を取りに走った。ラトサリーは鞘に収めた大剣を背中に括り付けるとミラテースの元に戻りながらカトラに呼びかける。
「カトラ、付いて来て。四人が移動したら教えて頂戴」
「……ハイハイ、分かったわよ」
呆れ顔で返事をするカトラ。ラトサリーは再びミラテースの肩に手を回して歩き出す。張り詰めた様子のラトサリーにカトラは声をかける事を控えた。




