3-31 偵知
トルビヤを屋根裏部屋に呼んだラトサリーは持って来てもらった地図を床に広げ、話題に上った建物がある場所を指差してトルビヤに所有者を尋ねた。町の巡回警備を業務としていたトルビヤは即答し、所有者の名前を聞いたラトサリーは言葉を失った。燭台で地図を照らしていたジーナは狼狽えた様子でラトサリーに尋ねる。
「ねっ、ねぇラトサリー?あ、あの人が犯人だなんて、本気?」
ラトサリーは険しい顔で返事を捻り出す。
「……う、疑うには十分だと思うわ」
「で、でも、子供たちとあんな親しく接してくれて、ミラテースさんとも笑顔で話してたわよ?」
「……そ、そうやって、情報を集めて機会を伺っていたとすれば……それに、弟子の数も多いから襲撃も可能よ。益々疑わしいわ……」
ジーナはトルビヤに青ざめた顔を向ける。
「トっ、トルビヤ!アンタはどう思うの?!大工の親方さんが犯人だと思う?!」
「そうだなぁ……」
トルビヤは右手で頭をかきながら口を開く。
「正直、何とも言えんが……探りを入れる位はしても良いと思うぞ。他に手がかりっぽいモノは無いんだろ?当りなら儲け物じゃないか♪」
軽薄な口ぶりのトルビヤにジーナは顔を歪める。
「トルビヤ!!何よその言い様は!アンタには人を心配する心ってモノは無いの!?」
トルビヤはたじろぎながら引きつった笑みを浮かべる。
「いやっ、そう怒るなって。ちょっと場の空気を和ませようとしただけじゃないか……」
弁明するトルビヤを睨み続けるジーナ。ラトサリーは地図に目を向けながらトルビヤに尋ねる。
「ねぇトルビヤさん。親方さんが犯人の可能性はどれ位だと思います?親方さんの評判とか、トルビヤさんが持っている情報からして、どうです?」
トルビヤはジーナから逃げるかのように二歩程動きながらラトサリーに顔を向ける。
「そっ、そうですねぇ、どれ位……んー……半々より……少し分が悪い位、ですかねぇ……」
「そう……少しね……分かったわ。ありあとう、トルビヤさん」
ラトサリーはそう言うと立ち上がり、ジーナに声をかける。
「ジーナ。部屋の片付けをお願いしても良い?」
「えっ、えぇ。良いけど……」
言葉を続けようとするジーナの言葉を遮ってラトサリーはトルビヤに声をかける。
「トルビヤさん、持ち場に戻って良いですよ。来てくれてありがとうございました」
「あっ、あぁ。それで?アンタはどうするんで?奥様?」
ラトサリーはトルビヤに顔を向け、意地悪げに微笑む。
「儲け物なんでしょ?ちょっと見てきます」
そう言って扉に向かって歩き出したラトサリーをジーナは呼び止める。
「ちょっ、ちょっと待ってラトサリー!一人で行く気?!」
扉の前で止まったラトサリーは振り返ってジーナに笑みを向ける。
「まさか。ガンドさんに同行を頼むから。だから安心して」
「そ、それなら、まぁ……気を付けてね」
「ありがとう、ジーナ♪」
微笑んで礼を口にしたラトサリーは扉を開けて部屋を後にしようとするが、今度はトルビヤがラトサリーを呼び止める。
「ちょっと待て奥様!」
足を止めたラトサリーは首を傾げて振り返る。
「何ですかトルビヤさん?」
夜遅くまで別邸の窓から漏れていた灯りが消え、別邸は静寂に包まれた。月の沈む角度が中程まで進んだ頃、本館の正面玄関にジーナが現れた。油燈と籠を持ったジーナは警備中の門衛に籠を渡し、門衛と大きな声でお喋りを暫く楽しんでから本館へと戻っていった。
ジーナが正面玄関を出たのと同時刻、一人の衛兵が裏門に向かった。油燈と籠を持った衛兵は業務連絡がてら大声で雑談を始め、その後、見張りを交代してもらった衛兵は本館へと戻っていった。
正門と裏門が深夜とは思えない程に騒がしくなった同じ頃、別邸の東側の鉄柵の前には息を殺して集まったラトサリー達四人の姿があった。鉄柵の外に人の気配が無い事を確認したトルビヤはクシスと共に音がしないように梯子を鉄柵に立てかけ、縄の束を持ったガンドは梯子が軋まないよう慎重に梯子を登った。鉄柵の上に到達したガンドは鉄柵より高く突き出た梯子の先に縄をかけて敷地の外側に垂らした。トルビヤとクシスが梯子をしっかり押さえた事を確認したガンドは敷地の外に垂らした縄に手をかけ、僅かに梯子を軋ませながら道路に降りた。ラトサリーも梯子を上り、音を立てずに道路へと降り立つと鉄柵の隙間から差し出された外套と大剣と短剣を受け取った。外套を身に着けてフードを被ったラトサリーとガンドはトルビヤ達に会釈すると忍び足で別邸から離れていった。二人を見送ったトルビヤとクシスは音がしないよう慎重に梯子の撤去を始めた。
ラトサリーとガンドは人の気配が無いか探りながら裏路地を縫って町の東側へと向かった。二人は時間をかけて慎重に進み、別邸からかなり進んだ所でガンドは足を止めてラトサリーに声をかける。
「ラトサリーさん。あの家、トルビヤさんが言っていた中間地点の家です」
そう言ってガンドは路地の交差点の角の家の屋根を指し示す。ラトサリーは足を止め、フードを脱いで口を開く。
「そうですか。それじゃぁ、そこからは大通りに出て移動って事ですよね。急ぎましょう」
二人は交差点を曲がって大通りへと向かい、大通りに出る手前で足を止めた。ガンドは建物の陰から顔を大通りに覗かせ、人の気配が無い事を確認するとラトサリーに顔を向ける。
「大丈夫そうです。それじゃぁ……」
ガンドは急に口を止めて再び大通りに顔を覗かせ、耳を澄まし始める。ラトサリーは顔を強張らせ、両手を耳に添えて辺りの様子を伺い始める。二人の耳が捕らえた音は次第に大きくなり、馬が走る音だと気付いた二人は慌て顔を向け合うと即座に路地の奥へと走り出した。走りながらガンドはラトサリーに渋い顔を向ける。
「トルビヤさんの言う通り陽動までしたのに、他の見張りがいたのを見落としましたかね?」
「そうとは限らないと思います、全く関係ない方々かもしれませんし。とりあえず隠れて様子を見ましょう」
二人は建物の間の小道に身を隠して息を殺し、顔を僅かに建物から覗かせて大通りを注視した。走る馬が二頭である事が分かる程の音が聞こえ始めたラトサリーは息を飲んで短剣の握りに手を添える。馬が通り過ぎる事を願う二人の思いをあざ笑うかのように馬は二人が隠れた路地の入口で止まった。二人は建物の陰に顔を引っ込め、ガンドは音が出ないように大剣を抜いた。




