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これ、ホントに呪いの指輪なの?  作者: 彩田(さいた)
一章 王都編
11/119

11:水


 ラトサリーの前に進み出た研究員の一人は手拭いを、もう一人は壺を持っていた。既視感しかない二人を見てラトサリーは不満そうな顔をするが、壺を持った方の研究員はその表情を察して不敵な笑みを浮かべる。


「ご心配には及びませんよ、これは粘液でも潤滑剤でもありませんから」


 そう言って口の広い壺をテーブルに置いた研究員は蓋を開ける。ラトサリーは壺の中を見て首を傾げ、フレールも近寄り壺の中を覗き込む。フレールも首を傾げて言葉を漏らす。


「水……?」


 その言葉を待っていたかの様に研究員二人は目を合わせニヤリとすると、手拭いを持っている研究員はフレールとラトサリーに向けて説明を始める。


「この水は請願術によって精製された水になります。こちらに手を浸してその中で指輪が外れるか試してみて下さい」


*******

 この世界では物質の体を持たない存在が確認されている。その存在の力を借りる為の術式が請願術だ。術の方法も様々で、請願内容・手法・存在の得手不得手・主義主張も重なり成功したり失敗したりする。

 複数の存在が確認され、国・領地によって善悪様々な扱われ方をしている。特定の存在に傾倒しない国・地域では中立的な態度で『現存者』と呼称されたりしている。

*******


 請願術と聞きフレールは少し悩む様子を見せ、研究員に問いかける。


「それで、どのような術式を施して頂いたのですか?」


「はい、指輪が外れるようにと願って頂きました」


「……そうですか、随分ざっくりとした内容ですが、成功したのですね?」


「はい、術師は成功したとの事でした」


 そう聞いてフレールはラトサリーに目配せし、それに気付いたラトサリーは会釈で返してから研究員の方へ向き直る。ラトサリーと目が合った研究員は壺を彼女の前に差し出す。


「では、こちらに手を浸して指輪を触ってみて下さい」


 研究員に促されラトサリーは立ち上がって両手を壺に差し入れると、右手を避けるように水が動き、壺から水が零れた。右手と水の間に出来た掌の厚み程の空間に目を向けて硬直するラトサリーの横で研究員は言葉を漏らす。


「み……水が……避けた?」


 研究員がざわつく中、フレールはラトサリーの横に移って壺を覗き込みながらラトサリーに声をかける。


「ねぇ、左手を抜いて、壺の中で右手を動かしてみてくれる?」


「っ、は、はい」


 言われた通りに左手を壺から抜いたラトサリーは右手で壺の中をかき回すように動かす。水と右手の間に出来た空間は右手の動きに合わせて移動し、右手に水が振れる気配を一切見せなかった。ラトサリーは右手を動かしながらフレールに困り顔を向け、フレールは何故か嬉しそうな顔で声を上げる。


「第四組、残念!失敗♪」


 所長の声でピクっと肩を震わせた研究員は手拭いをラトサリーに渡す。左手で受け取ったラトサリーは右手を壺から抜いて手を拭き、研究員は壺を取って肩を落としながら引き上げていった。丁度その時、研究室の扉が開き、大きな桶を載せた台車を押すノートが部屋に現れる。研究員達が落ち込んでいる事に気付きノートは研究員に声をかける。


「ダメじゃったか、フォッフォッ♪ワシまで回してくれて感謝するぞぃ♪」


 引きつった顔をノートに向け研究室に戻って行く研究員。その様子を見て溜め息をついたフレールはノートに声をかける。


「ノート先生、丁度良かったです。みんな失敗した所です」


「そのようじゃのぅ。それで、突破口は何か見えたかのぅ?」


「いえ、全く……」


「そうか、それはマズイのぅ♪」


 そう言ってノートは子供がスッポリ入る位の桶をラトサリーの右側の床に置く。


「お嬢ちゃん、右手でテーブル天板の横端を掴んで、薬指が天板横に来るようにしてくれるかな?」


「はい。……こんな感じですか?」


「そうそう、そんな感じじゃ。そのまま右手を動かさないでいておくれ」


 ノートはそう言いながら桶の位置を調整し、ラトサリーの右手薬指の正面から桶を挟んだ位置にしゃがみ込み、左手を大きく開いてラトサリーに向けてかざしながら息を整える。すると、桶の上に大人の拳程の大きさの水の玉が四つ現れ、ラトサリーの右手の指輪の前で浮いたまま一直線に並ぶ。ノートは手をかざしたまま水の玉を覗き込むと、水の玉が平らになったり膨らんだり凹んだり変形し始める。


「ノート様、これは?」


 ラトサリーが尋ねると、ノートは水の玉を覗き込みながら答える。


「これはのぅ、小さい物を大きく見たい時に使う水の術式じゃよ。やはり観察してみない事には始まらないと思ってな」


 ノートが説明をしている間にも水の玉は変形を続け、厚い板状に変わる。板状の水はそこから湾曲したり膨らんだりしながら浮かぶ位置を僅かに変えていく。部屋に浮かぶ水を凝視するラトサリーにサーブは声をかける。


「すごいですよね、それ。しかも小さい物を拡大して見るだけではなく、逆も出来るんですよ!」


「逆?」


「そうなんです、すごい遠くの物を見る事も出来るんですよ!」


「それは危険な術式ですね……」


 そう言ってラトサリーはノートに冷ややかな目を向ける。その視線の冷たさに気付いたノートは釈然としない顔で口を開く。


「お嬢ちゃん、ワシを何だと思っておるのじゃ!覗きなんかには使わんぞ!!精一杯頼み込んで堂々と見るのがワシの流儀じゃ!!!」


 皆は呆れ顔で言葉を失いフレールは軽く溜め息をつくが、ノートは気にする素振りも見せず水の板を覗き込み軽く唸る。


「ほぅ……指輪が皮膚と一体化しているように見えるぞ……回復術式でイボと取るようにやれるか……ウヌカ、おるか?」


 部屋に戻って来ていた女性研究員は悩ましい顔で口を開く。


「……イボなんて取った事ないですよ。腕の回復を終えたら試してみますか?」


「そうじゃな、頼むぞぃ。……いや、ちょっと……もう少し拡大して……」


 ノートがそう言うと水の玉がもう一つ現れ板状に変形していく。


「……これで……どうじゃ」


ノートは眉をひそめ今まで以上に目を凝らし始める。


「ふーむ……これは……マズイのぅ……」


 ノートが小声で呟きしゃがんだまま三歩程下がると、ノートの前に人の顔程ある大きい水の玉が現れる。その水の玉が大きな板状に変形を始めた所でノートはウヌカに声をかける。


「ウヌカよ、イボの話は無しじゃ。皆に記録用具一式持って集合と言っておくれ。お主はワシの分も頼むぞ」


「はい、わかりました」


 ウヌカが研究室へ戻って行く傍ら、フレールはノートの横に来てしゃがみ込み尋ねる。


「ノート先生、マズイとはいったいどうされたのですか?」


「うむ……それが……」


 ノートは難しい顔で言い淀み、嬉しそうな声で状況を告げる。


「……傷だと思っていた物がどうやら文字のようなのじゃ」


「「「文字!!」」」


 一同が驚きの声を上げる中、宙に浮いた大きな水の板は湾曲した板状になり、指輪の表面を大きく浮かび上がらせる。水の揺らぎが無くなりハッキリと見える様になった時、フレールとノートは戦慄を覚える一方でその顔に笑みを浮かべた。




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