3-28 苦慮
3-27-2のあらすじ
アドエルを人質に取られたミラテース。白髭の男とその一味は抵抗出来ないミラテースを蹂躙し、ミラテースは一縷の望みに賭けてその全てを受け止め耐え続けた。
応接室での打ち合わせが終わり、ルイーゼ達は重い足取りで帰路に就いた。ラトサリーは自室に戻り、椅子に座っていた。ランプが灯された部屋でラトサリーは左頬に左掌を当てているものの左人差指は動いていなかった。額にジットリした汗を滲ませた浅い息のラトサリーは額のしわを濃くさせ、目を閉じる事が出来ない事に思わず声を漏らす。
「どうしよう……集中できない……」
ジーナの手伝いによって無事着替え終えたラトサリーが応接室に戻ると、ルイーゼの斜向かいの椅子に肩幅が広い女性が座っていた。ラトサリーは首を傾げながら女性に近づき、良く見るとそれは女装した総務部のエーグリだった。別邸への人の出入りを監視されている可能性と庁舎の関係者が出入りしている事が知られる事を懸念しての変装とエーグリは説明したが、その完成度の高さにラトサリーは眉をひそめた。
エーグリの主導で対策会議が行われたが、誰も効果的な案を出す事が出来なかった。犯人からの要求によって警護部を動かす事が出来ず、家探しも城壁の門の閉鎖も積荷検査の厳格化も出来ないとなると誰も効果の薄い案すら出せなかった。
会議に参加した誰もが索敵術式を使えるカトラの帰還を熱望した。だが、夜が明けてからでないと呼びに行く事も出来ないから帰還は翌々日の昼以降だろうとのエーグリの意見は皆を消沈させた。更に、人々の往来を制限出来ない状態では流石のカトラも術式で二人を探し出すのは難しいだろうと言うエーグリの所見も皆を落ち込ませた。
応接室を包んだ重い空気は『どうせ助けられないなら都市を封鎖してしまおう。そうすれば報復は出来る』などと言う考えをエリーの頭に過ぎらせた。エーグリもルイーゼも同じ倫理に反する案を頭に浮かべていた。だが、ラトサリーが目を晴れ上げながらも諦めた様子を全く見せない姿を前にして暴論を言葉に出来る者はいなかった。
結局出たのは『朝まで外周の防壁の巡回警備を少し増やす』と言う程度の案だった。
ラトサリーの口から出たぼやきは幼い頃の記憶を呼び起こさせた。ラトサリーは頬に当てた左手の甲を右手で軽く掴み、小さく口を動かす。
「お母様……」
そう呟いたラトサリーは心の中でゆっくり五つ数えてから大きく二回息を口から吐いた。再びラトサリーは思い出した母の言葉の通りに心の中でゆっくり五つ時を数え、大きく二回息を口から吐いて呟く。
「どう頑張っても集中できない時は……」
ラトサリーは更に心の中で五つ数えて大きく二回息を口から吐き、思い出した母の言葉を呟く。
「ゆっくり五つ数えて二回深呼吸……」
再度心の中で五つ数えたラトサリーは大きく二回息を吐き、幾度か繰り返して口と鼻から息を吐くと再び呟く。
「落ち着くまで……」
そう言ったラトサリーは右手の力を強め、深呼吸を繰り返す。更に深呼吸を繰り返し続けたラトサリーの目はやがて閉じ、鼻で深い呼吸を繰り返し始めた。次第にラトサリーの呼吸音は静かになり、左人差指が左頬をポンポンと叩き始めた。
不意にラトサリーの左人差指は止まり、ラトサリーはゆっくり目を開いて呟く。
「…………間に合うかしら」
そう言うとラトサリーは息を大きく吐き出して立ち上がり、燭台に火を灯して手に取ると足早に部屋を出た。ラトサリーは三階の倉庫に向かい、屋根裏に通じる階段を上った。屋根裏の廊下に足を踏み入れたラトサリーは階段の直ぐ横にある扉を開けて部屋に入り、壁際にあるテーブルの上に燭台を置いて窓に駆け寄り窓を開け放った。屋根窓から屋根に出たラトサリーは棟へと上り、棟に腰をかけると息を整えてから町を囲う外周の防壁の少し上方に向かって両手をかざした。すると、防壁の外側に旋風が現れ、その旋風は細く上方へとゆっくり伸びていった。旋風が上へ伸びていく間、ラトサリーの頭の中では【 ティロロン♪ 】と音が鳴り続け、【 テテテッテーテーー♪ 】と鳴ると旋風の強さが僅かに増した。
旋風を凝視しながら手をかざし続けるラトサリーの頭の中で【 テテテッテーテーー♪ 】と五回目の音が鳴り響いた。ラトサリーは手を降ろすと体を捻って後ろを向き、右手で首筋を掴んで町全体に目を向ける。眉間にシワを寄せながら見回したラトサリーは溜め息をついて向き直ると再び両手をかざし、術式で旋風を発生させた。旋風を凝視し続けるラトサリーは額に汗を薄っすらと滲ませながら口を開く。
「カトラ…………本当に見える様になるのよね……」
そう呟いたラトサリーは眉間のシワを更に濃くさせ、かざした両手と旋風の間の空間を睨み続けた。
宮総研に到着したエサンカ組の四人は通用門に走り込む。四人は母屋に向かって必死に走り、エサンカは息を切らしながら母屋に向かって声を張る。
「カっ、カリフさーーん!……カリフさーーーん!!」
騒がしさに気付いたカリフが剣を片手に持って扉を開けると、息絶え絶えのエサンカ組の四人が玄関ポーチに向かって来ていた。
「っ!エサンカさん!それに!って、どうしました!?」
声を掛けられたエサンカは玄関ポーチの階段に倒れ込み、そのままカリフを見上げて口を開く。
「カっ、カトラさんを、ハァ、呼び戻して、下さい!」
「えっ!呼び戻す!?って、何があったんです?」
「アドエルと、ミラテースさん、ハァ、が、攫われました」
「えっ!!攫われた!!?」
「はい。それで、俺達は、あなたと協力して、カトラさん達を呼び戻すように、って、ラトサリーから言われてきました」
「そ、そうですか。では、装備を整えましょう。皆さん、倉庫へ……」
「いえ!ラトサリーが言うには、カトラさんが『森に入らないで呼び戻す道具が揃った』と言っていたそうです!それを使えませんか?」
「えっ……あぁ、あれ……あれですかぁ……」
そう呟いて苦い顔をするカリフにエサンカは重い体を起こしながら訴えかける。
「あるんですね!それ!それ、お願いします!!」
エサンカの後ろでへたり込んでいる三人も懇願するような目をカリフに向ける。カリフは苦い顔を四人に向けるとフゥっと息を強く吐き、剣を扉の横に置いて四人に呼びかける。
「分かりました!それでは今から準備しますので手伝って下さい!」
「は、はい。それで、何をすれば……」
「皆さんは先にあの倉庫に行って下さい!」
エサンカの言葉を遮って指示を出したカリフは返事を聞く事無く母屋に入り、倉庫の鍵を手にするとエサンカ達を向かわせた別棟裏の倉庫へと走った。
倉庫の扉を開けたカリフはエサンカ達に指示を出し、荷物が積み込まれた二台の台車を出して庭の中央に運んだ。慎重に動かすようにとカリフが指示を出した台車には同じ積荷が乗せられ、大人が蹲ればどうにか入れる程の正方形の木箱が一つと、木箱の大きさと同じ位の大きさの鉄製の筒が四つ乗っていた。
庭の中央に設けられた大きなくぼみには石造りの台座が二つあり、積荷の開封と鉄製の筒の組み立てが行われた。そして、台座に設置された大人の背の高さ程になった二本の鉄の円柱から離れるように指示されたエサンカ達は母屋の玄関前に移り、カリフは台座と母屋の中間で止まると台座に手をかざした。
《 ボンッ!!!! 》
低い音と火花と煙と共に真上に打ち出された大玉は火花を纏ってはるか上空にまで達し、カリフは耳を手で塞いだ。
《 ドォグォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン! 》
煌めく火花が夜空を覆うと共に地面を震わす程の重低音が町と森を襲った。火花は夜空を埋め尽くす程に広がり、火花は輝きながらハラハラと舞い続けた。暫く煌めいていた火花が今にも消えそうになった頃合いでカリフはもう片方の台座に手をかざした。円柱から打ち出された大玉は先程よりも高く打ち上がり、
《 ドォグゥォーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーン! 》
先程より大きい爆音が響くと共に夜空に光の大玉が現れた。光の大玉ははるか上空で煌めきながら夜空に留まり続け、夜空に浮いているかの様だった。カリフは光の球を見上げて苦笑いを浮かべる。
「これで暫く何も買えないぞぉ……」




