3-26 凶報3
ジーナは玄関ホール前の広間で警備中の衛兵にラトサリーが向かった先を聞き、ラトサリーの自室へと向かった。足早に階段を上がり廊下を進み、ラトサリーの自室の前で足を止めたジーナは息を整えて扉を叩く。
「どちら様ですか?」
「私よ、ラトサリー」
「え?ジーナ?……どうぞ入って」
ジーナはフゥっと息を吐いてから扉を開けて部屋に入る。ラトサリーは開いたクローゼットの戸で体を隠したままジーナに尋ねる。
「もう使いの方が到着されたの?身支度を整え次第向かうと伝えてくれる?」
「いえ、まだ来てないわ」
ラトサリーは戸から顔を覗かせてジーナに尋ねる。
「え?……じゃぁ……どうしたの?」
「その……ルイーゼ様があなたの事が心配だと言って……あなたの所に行った方が良いって言ってたから……」
「そう……私は大丈夫だから、ジーナはルイーゼ様の傍にいてあげて」
ラトサリーはジーナに微笑みかけてそう言うと顔を引っ込めて服を脱ぎ始める。ジーナは遠慮がちに歩を進めながら口を開く。
「えっ、で、でも……ルイーゼ様が、あなたの手が震えてたって言ってたし……」
「えっ?震え?」
探索着のボトムに手を伸ばしながら驚いた声を上げるラトサリーにジーナは表情を硬くして尋ねる。
「ラ、ラトサリー?あなた、自分が震えていた事に気付いてなかったの?」
「えっ……えぇ……」
ラトサリーは戸惑いながらボトムを履き、留め金を留め始める。ジーナは歩を速め、クローゼットへと向かいながらラトサリーに声をかける。
「ラトサリー、ちょっといい?」
ジーナはそう言うとラトサリーの姿を隠す戸を払い除ける。
「キャッ!ちょっと!」
上半身が肌着のままのラトサリーが驚きの声を上げるのを意に介さずジーナは手を伸ばし、ラトサリーの左手をグッと掴み取る。
「ちょっと!ジーナ!」
嫌がるラトサリーを無視してジーナは手を掴み続け、口を尖らせてラトサリーを睨みつける。
「震えてるじゃない!しかもこんなに!何が大丈夫なのよ!」
「えっ!?……そう?そんなに?」
少し困惑した様子でそう言うラトサリーにジーナは呆れ顔を向ける。
「こんなに震えていたら着替えるのも大変でしょうから、手伝うわね」
ジーナはそう言うと掴んでいた手を離し、クローゼットに手を伸ばす。ラトサリーはボトムの留め金を留めようとしながら口を開く。
「えっ!だ、、大丈夫よ……」
「大丈夫じゃないわよ!いいから!って、留め金、震えすぎて留められてないじゃないの」
すっかり呆れながらジーナはラトサリーの前で屈み、ベルトを自分の首にかけてラトサリーの手をペシペシ叩いて退けさせると留め金に手を伸ばす。ラトサリーは叩かれた手に目を向け、胸元で手を握って苦笑する。
「……本当ね、震えてる……道理で紐が解き難かった訳ね……」
ボトムの留め金を留め終えたジーナは呆れたように溜め息をつく。
「どうしてその段階で気付かないのよ、まったく……」
不満気にそう呟いたジーナはラトサリーの腰にベルトを着け始める。ラトサリーは震えが止まらない手を摩りながらジーナに尋ねる。
「ねぇジーナ。この震え、どうしたら落ち着くと思う?」
「そうねぇ……」
ベルトを仮り留めしたジーナは少し首を傾げてそう言うと立ち上がり、探検着の中衣をクローゼットから取り出してラトサリーに差し出す。
「中衣は自分で着れるわよね?」
「えっ、えぇ」
戸惑いが滲む声で返事をしたラトサリーは受け取った中衣に腕を通す。ジーナはクローゼットから外衣を取ってラトサリーの後ろに回り込み、ラトサリーが中衣を着終えた所で口を開く。
「ラトサリー、腕をこちらに」
ラトサリーは腕を後ろ寄りに降ろし、ジーナはラトサリーの腕に外衣の袖を通す。通し終えたジーナはベルトを本締めしながら口を開く。
「不安や不満を口に出してみるって言うのはどう?私、聞いてあげるわよ?」
そう言いながらベルトを本締めし終えたジーナはラトサリーの前に回り込む。ジーナの提案にラトサリーは顔を曇らせる。
「で、でも、悪いわよ、あなたにそんな事を聞いて貰うなんて」
ジーナはラトサリーの胸元に手を伸ばしながらラトサリーに笑みを向ける。
「大丈夫よ!聞くだけだから♪口に出すだけでも違うモノよ♪」
そう言って外衣の紐を結び始めるジーナ。
「そ……そう?」
「そうよ!そんなもんよ!だから、話してみて♪」
ハツラツとした声でそう言ったジーナにラトサリーは苦笑いを見せる。
「わ……わかったわ。えっと、不安や不満ね……」
ラトサリーはそう言うと目を左下に向け、眉間にシワを寄せて口を開く。
「不安なのは……想定していた有事より事態が深刻って事ね。サーブが不在なだけでも痛いのに……カトラもいないし……二人が直ぐに戻って来られないのは更に痛いわね……」
そう呟いたラトサリーは眉間のシワを濃くさせながら言葉を続ける。
「それと……ミラテースは一人だと攻撃に使えそうな術式を使えないし…………アドエルに力を流して術を使えば……でも、まだ幼いから連携して脱出なんて無理だろうし…………」
そう呟いたラトサリーは歯を強く噛みしめながら更に呟く。
「あと、門を封鎖出来ないのは厳しいわね。夕方になったら防壁の門は閉じられるけど、朝になったら……」
そこでラトサリーの口が止まった。外衣の紐を留め終える寸前のジーナが手を止めてラトサリーの顔に目を向けると、ラトサリーの目から涙が流れ落ちていた。
「っ!!ちょっと!ラトサリー!!」
酷く慌てたジーナはポケットからハンカチを取り出してラトサリーに持たせようとするが、ラトサリーの手の震えが激しくなっている事に狼狽える。
「っ!ラ、ラトサリー!ちょっと!しっかり!」
ハンカチを握らされたラトサリーは止まらない涙を拭わずに口を震わせる。
「ジーナ……どうしよう……二人を……助けられない……」
生気を失ったラトサリーは膝から崩れ落ち、へたり込む。浅く速い呼吸で虚ろな瞳から涙を流すラトサリー。ジーナは大慌てで屈んでラトサリーを抱き寄せる。
「大丈夫!大丈夫だから!」
声を張ったジーナはラトサリーの顔を胸元に強く抱き寄せ、体の振るえが止まらないラトサリーの背中を困り顔で摩りながら声をかける。
「ラトサリー、大丈夫だから。絶対に無事に戻って来るから」
ラトサリーの体がビクっと振れる。
「で……でも……多分、間に合わない……」
絞り出すように呟いたラトサリーの背中をジーナは更に激しく摩りながら声を張る。
「大丈夫だから!だって!…………っ!」
ジーナはハッとした顔でラトサリーの両肩を掴む。
「ま、まだやってないじゃない!あれ!」
ジーナはそう言うとラトサリーを胸元から離し、ラトサリーに笑みを見せる。
「まだ頬に手を当てて考えてないじゃない!」
ラトサリーは虚ろな目をジーナに向け、弱々しく呟く。
「でも……あれは時間かかるし……何も考えつかないかも……」
ジーナはラトサリーの肩を強く握ってラトサリーをグッと揺らす。
「っ!弱気になっちゃダメ!!今はそんな事考えない!!!」
ジーナの喝でハッとするラトサリー。ジーナは慌てて肩から手を離し、手を横に振りながら困り顔をラトサリーに見せる。
「ごっ、ごめんなさい!わたし、強く言いすぎ……ました」
ラトサリーは軽く息を吐き、握っていたハンカチで頬を拭きながら口を開く。
「ジーナ、ありがとう。あなたの言う通りよ。私、考えてみる」
ラトサリーはそう言うと立ち上がり、ハンカチで顔を隠しながらジーナに声をかける。
「ジーナ、紐、結ぶの頼んで良い?まだ……手の震えが止まってないの」
「わ、わかったわ!任せて♪」
ジーナはハツラツとした声で返事をすると立ち上がり、ラトサリーの外衣に手を伸ばした。




