3-21 細工2
庁舎を出た荷馬車の上はとても静かだった。御者席の隣に座るラトサリーは両手で顔を覆って項垂れていた。カトラは歯を食いしばり、厳しい顔で手綱を握っていた。荷台で座るトルビヤ達四人も監視役のオグマとガンドも下を向いて口を開かなかった。
庁舎から別邸に戻ったラトサリー達は宮総研が間借りしている部屋に戻り、トルビヤとサリットは部下二人とガンドに介助され長椅子に座った。オグマは間借りしている自室に戻り、オグマを見送ったラトサリーとカトラは宮総研の部屋に入った。ラトサリーが扉を閉じると、カトラは肩を震わせ始めて足を止めた。
「…………アハハハハ♪」
解き放たれた様に笑うカトラはラトサリーの肩を右手でバシバシ叩きながら口を開く。
「ラトサリー、あなた、誰にあんな演技教えてもらったの?」
「別に演技したつもりは無いわよ。それを言ったらあなたこそ。やり過ぎでヒヤヒヤしたわよ」
少しムッとした顔で睨み返すラトサリーにカトラは笑顔のまま口を開く。
「いやいや、やり過ぎはあなたの方よ♪なによアレ、『彼らに更生の機会を与えてくださいぃぃぃ』って♪涙まで流して♪」
モノマネを披露したカトラは再びラトサリーの肩を笑顔でバシバシ叩き始める。
「っ!……そこまで変な声出してないわよ」
少し苦笑いしてそう言ったラトサリーは肩を叩くカトラの手を軽く払いのけ、カトラに体を向ける。
「やり過ぎはあなたの方よ、何あれ、『痛恨の極みよ』って。物凄く声を震わせちゃって♪思わず吹き出しそうだったわよ♪」
モノマネをやり返しながら思い出し笑いするラトサリー。カトラは笑いながらラトサリーの肩を再びバシバシ叩き始める。
「何よ、上手いじゃない♪やっぱりあなた、演技上手過ぎよ♪そうだ♪あれ、もう一回やってよ♪」
カトラとわちゃわちゃするラトサリーにトルビヤは冷やかな目を向けながらガンドに尋ねる。
「なぁ、俺達、選択を誤ったと思うか?」
ガンドは苦笑いして答える。
「いやぁ……まぁ、室長さんが主導権を持つ案が採用されなければ……」
苦笑し合うガンドとトルビヤを見てサリットは口を引きつらせた。
庁舎に呼ばれたラトサリー達は会合が行われている執政部の部屋に通された。まず、トルビヤ達四人の動機が問われた。ラトサリーは一歩前に出て彼らの聴取は終えていると主張し、ラトサリーが答える事になった。
『他の奴らより警備料を多く徴収していた事を明るみに出されたくなかったら従えとマイラスに脅された』と動機を伝えたラトサリー。四人の欲深さを糾弾する声が上がる前にラトサリーは口を開いた。
『サリットの実家への仕送りに回していた。町の住民よりも同じ組の家族の方が大事と思ってしまい、他の二人を説得した』との説明に一同は疑いの目をサリットに向けた。だが、『仕送りをしていたか否かは調べれば直ぐに分かる』とのラトサリーの言葉に加え、ラトサリーが涙を浮かべながら減刑を嘆願する姿に一同はそこで追及を止めた。
続いてラトサリーがマイラスを殺害した件について扱われた。事件現場にいたロクリフはサーブとの情報交換では解決しなかった残りの疑問を解決するべく口を開いた。まずはカトラに疑問をぶつけた。
『なぜラトサリーを作戦に参加させたのか』
それに対し『人員が少ない様だったので』と無愛想に答えるカトラ。ロクリフは不満気に息を吐き、ラトサリーに次の疑問をぶつけた。
『なぜ持ち場を離れたのか』
問われたラトサリーは『カトラが犯人を殺してしまわないか心配になって』と正直に答えた。カタアギロに来てからのカトラの所業が頭を過ぎった一同は頭を抱えた。ラトサリーを心配させた挙句に持ち場を離れさせてしまった事に対してカトラは項垂れ、声を震わせて悔恨の情を表明した。一同はカトラを不必要に刺激する事を恐れ、ロクリフはそこで手を引いた。
ラトサリーがマイラスを短剣の一振りで殺めた事に関しての話はラトサリー達が部屋に来る前に終わっていた。ラトサリーとサーブは宮総研襲撃事件直後、短剣がフレール第三王妃から贈られた再処理された聖剣である事を公表しないと決めていた。強盗等に狙われない為にそう決めた二人は剣の切れ味が話題になった場合、ラトサリーが使った場合は指輪の呪いのせい、サーブが使った場合は自身の技量と言って逃れる事も決めていた。今回はカトラも使用していたが、その点を指摘する者は一人もいなかった。そして、王都で流布させた指輪の一件がカタアギロでも知れ渡りつつあり、ラトサリーが一撃の下にマイラスを殺したのは指輪が起因の事故であると一同は結論を出した。サーブの心情としては鉄すら切り裂く剣である事を伝えて審議したい所だったが、ラトサリーにかつての宝剣を贈ったフレールへの恩義もあり情報の開示を控えた。
四人の処遇に関する話が始まる前にラトサリー達は退室を言い渡された。ラトサリーは退室する前に改めて四人の減刑を願い出て、何なら身柄をランダレア家で引き取ると申し出た。困る一同にカトラは別の提案を投げた。
『四人を宮総研扱いにすると言うのはどうか』
予定に無かったカトラの提案にラトサリーは眉をひそめて一同の反応を伺うと、彼らはカトラの提案を真剣に考慮しようとしている様子だった。ラトサリーは慌てて口を挟もうとするが、カトラはラトサリーを笑顔でつまみ上げて退室した。四人の退室を手伝うオグマとガンドは表情が崩れるのを必死に堪えながら部屋を後にした。
ラトサリーはカトラと笑顔でじゃれ合いながら少し口を尖らせる。
「でもカトラ。急に四人を引き抜こうとするなんて酷いわよ」
「ふふふ♪悪かったわね。でも、あの提案をすれば四人があなたの元に行く確率が高くなるって思ったのよ♪危険な女の所に行かせるより良いって思うでしょ?」
「あぁ、そう言う事だったの。策士ね、カトラ♪」
「ふふふ♪もっと褒めなさい♪」
「でも、宮総研扱いになっちゃってもこっちで使わせてよ?」
「分かってるわよ。別邸への出向扱いにしてあなたの手元に置くから安心しなさい♪」
「分かったわ♪頼むわよ♪」
二人のやり取りに目を向けながらサリットは口を引きつらせてガンドに声をかける。
「お、おい。本当に室長の方がヤバいのか?俺には何か奥さんの方がヤバいように見えるんだが?」
ガンドは苦笑いしたままサリットに顔を向ける。
「い、いや、気のせいだと思うけど……」
ラトサリーは笑顔でサリットに声をかける。
「サリットさん、聞こえてますよ♪」
「っ!!」
体をビクッとさせたサリットはラトサリーから顔を逸らせる。ラトサリーは長椅子に座るトルビヤ達に歩み寄りながら口を開く。
「安心して下さい。奴隷と言いましたが、それなりの環境でそれなりの任務をこなして頂くだけですし、一定の期間が過ぎたら選択の機会を差し上げますから」
トルビヤは露骨に怪訝な顔をラトサリーに向ける。
「おい。どう言うつもりだ?」
「どういうつもりですか、ですよ、奴隷のトルビヤさん♪」
「いいや、どういうつもりだ!話が美味すぎる!お前!何を考えてる?!!俺達に何をさせる気だ!!!」
いきり立つトルビヤを介助していた大柄の男はオロオロと視線を泳がせ始める。ラトサリーは長椅子の横で足を止め、困り顔でトルビヤに微笑みかける。
「不審に思う気持ちは分かります。でも、少しの間、我慢して頂けませんか?利害の均衡が破れないと思ってもらえる程度の仕事をこなして頂いて、納得出来ない様でしたら逃亡して下さって構いませんので」
トルビヤは暫しラトサリーを睨みつけるが、ラトサリーはその視線を正面から笑顔で受け止め続けた。根負けしたトルビヤはラトサリーから目を逸らすと溜め息をつき、口を開く。
「それで?俺達はまず何をさせられるんだ?」
「……させられるんですか?ですよ?奴隷のトルビヤさん♪」
「っ!……何をさせられるんですか?!」
そっぽを向いて声を張るトルビヤにラトサリーは笑顔で口を開く。
「あなた達にはここに留まりながら衛兵の訓練の指揮を執ってもらいます。ですが暫くは足の回復に努めてもらいますので、実働は無傷のお二人を使って下さい。サリットさんも足の機能回復に努めつつ、出来る範囲で訓練の補助を行って下さい」
ラトサリーはそう指示を出してからトルビヤ達を介助する二人に目を向ける。
「そう言えば、お二人の名前を聞いていませんでしたね?」
坊主の男は立ち上がってラトサリーに体を向ける。
「タラデカだ……です」
大柄の男も立ち上がり、ラトサリーに体を向けて頭を下げる。
「クシスです」
「タラデカさんに、クシスさんですね。宜しくお願いします。二人はトルビヤさんとサリットさんが軽く走れる程度に回復するまで介助と実働をこなしつつ、体の鍛錬に勤しんで下さい」
タラデカは首を傾げて聞き直す。
「た、鍛錬ですか?」
「えぇ。効果的な鍛錬方法を知りたい様でしたら声をかけて下さい」
「わ、わかりました。それで、トルビヤさん達が回復したら何を?」
「それはその時の様子を見て伝えます。今日はオグマさんが起きるまで交代で休憩を取って下さい」
「は、はい、分かりました」
拍子抜けした様子のタラデカに背を向けたラトサリーはカトラに声をかける。
「カトラはどうする?少し休む?」
「そうね……それより何か食べたいわね」
「そう。それじゃぁ厨房に行きましょう」
二人は扉へと歩き出すが、カトラに続いて部屋を出ようとしたラトサリーは慌てた様子で振り返る。
「ガンドさんっ、何か持って来ますか?」
「そ、そうですね……軽食を五人分お願いします」
「わかりました。待ってて下さいね♪」
明るくそう答えて部屋を出て行くラトサリー。扉が閉まった所で奴隷になってしまった四人はガンドに感謝の意を表した。




