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これ、ホントに呪いの指輪なの?  作者: 彩田(さいた)
一章 王都編
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1:ラトサリーとサーブ


 爵位はあっても金は無い。

 そんな男爵家にも使い道が見いだされる時がある。能力を見込んだ平民に爵位を持たせる為に婿養子として迎え入れさせる時だ。

 平民に爵位を得させる手段としては多少乱暴ではある。だが、そんな手でも使わないと王族の護衛という任務に見合った称号を得る事が出来ない程、サーブと言う男は縁由も無ければ機会にも恵まれていなかった。

 剣の腕を見込まれ地方から王都郊外に引っ越してきたサーブ。既に亡くなっている両親も平民で、王都へと推挙した人物も中央での人事に介入出来る友人も知人もいなかった。それに加え、隣国との平和な関係が続くご時世で爵位を得るだけの成果を出すのは事実上不可能だった。兵士の訓練や試合で無類の成績を残し続けても、爵位を持たないサーブが上級騎士の叙勲を受ける事は有り得ない話だった。

 だが、第三王子の周囲の事情によりサーブを護衛兼従者に推す話が出た。身分や格式を問題視する有力筋を説得する策を苦慮し、出てきたのがこんな強行案だ。

 任される任務が魅力的だとしても付随してくるのが貧乏な家への婿入り。得られる爵位も男爵程度となると、普通なら多少躊躇するなり熟慮する時間を願うなりするものだ。しかし、彼は即座に快諾し心から事の成り行きに感謝した。恵まれない家に入る不利益など考える必要など彼には無かった。城勤めからの帰り際に時折目にしていた彼女がその相手だったからだ。

 肩甲骨辺りまで伸びた黒髪、夕日を想わせる色のクリっと大きな瞳。童顔でありながら知性を漂わせ、飾り気は少ないが清楚で整った身なりの小柄で細身の女性。街の人達に敬意を込めて接する態度、子供が寄ってきた時に覗かせる少し照れた笑顔、お店でおまけしてもらった時に見せる満面の笑み、ふっかけてきた強面の行商と対峙しても臆さない度量。

 そんな彼女に感心と好意を抱くのは彼にとって自然な事だった。というよりサーブはこの地に引っ越してきてすぐ、初見で射抜かれていた。だからこそ彼女の事を良く知っていた。不意に舞い込んだ縁談の相手が彼女だと知ったサーブは雄叫びを抑える事に必死だった。


 サーブの婚約者であるラトサリー・ランダレアはランダレア男爵家の一人娘。彼女が物心ついた頃から彼女の母は病で伏せがちで、幼い頃からラトサリーは家の仕事を手伝っていた。闘病しながらも多くの事を娘に教え込んだ母親が亡くなったのはラトサリーが十歳の頃だった。

 父であるトレダール・ランダレアは妻の治療に私財を投げうつも延命させることがやっとだった。妻を亡くした時に彼の下に残っていたのは僅かな蓄えと王都近郊の広い庭がある別邸と仕事、そして愛する愛娘だった。

 平民を婿として迎え入れる事など通常であれば考えなえないであろう。しかし、娘の婿を探す事に苦労していたトレダールにとっては良い話だった。しかも王族との繋がりを構築する機会まで得られるとなると、断る理由が無かった。



 ラトサリーとの婚約が決まってからというもの、サーブは事ある毎に彼女の家に立ち寄って親睦を深めようと努めた。だが、彼の思惑とは裏腹に軽い挨拶以上に至る事は稀有であった。住み込みの使用人を雇う事は出来ず、トレダールは仕事で城に滞在する日が多くて家に居る事がかなり少ない。使用人が勤めに来るのは週に一日か二日でしかも不定期、彼女一人の際は玄関や庭先で軽く挨拶する事しかできない。運良く使用人の勤務日に立ち寄れても、彼女はその貴重な労力を見越して重労働をしていた。ある時、サーブは暖炉と煙突の掃除をしている所にお邪魔してしまった。ラトサリーは袖を軽く払ってからサーブに苦笑いを向けた。


「身なりを整えて参りますので少々お待ち頂いてもよろしいでしょうか?」


 灰を被った服を気にした彼女はそう言って自室へ向かおうとしたが、さすがにそれはと彼は思い留まらせた。時間を取ろうとする彼女の気遣いとその礼節に好意が増すばかりのサーブ。だが、十八歳で家事だけでは無く家の管理も背負い奮闘する彼女に対して『お待ちしています』などと言って時間を割かせる程の図々しさを彼は持ち合わせていなかった。

 使用人の勤務日で且つラトサリーの作業予定が比較的楽な時、又は父親が居る日で彼女の仕事の予定が軽い時、そんな都合の良い日はそうそう無かった。サーブが彼女との会話を楽しめる好機は滅多に訪れなかった。



 しかし今日、彼に幸運が舞い込んだ。帰宅の途に就いている彼女がサーブの前方に伺える。

 後ろで束ねた黒い髪が肩辺りまで垂れて揺れていた。揺り籠程度の荷車が大きく見えてしまう程の華奢で小さな体に飾り気の無い茶色い服と白いエプロンを身に着け、荷車の持ち手に体重をかけていた。今日はいつも以上に買い込んだようだ。サーブは小走りで彼女の元へと向かう。

 足音に気づいたラトサリーは荷車を押しながら後ろに目をやり、足音の主が誰か分かると足を止める。襟廻りとエプロン廻りを軽く整え、髪を手櫛で整えてから振り返ってサーブに向かって会釈する。追いついたサーブは穏やかな声で声をかける。


「ラトサリー、代わりますよ」


 彼女は僅かに照れた笑顔をサーブに向ける。


「まぁ、お心遣いありがとうございます」


 そう言いながら彼女は荷車の左側に身を移し、サーブは意気揚々と荷車の持ち手に手をかける。歩き出そうとした二人だったが、サーブの左腕が目に入った彼女から笑みが消える。ラトサリーの両手は持ち手を握ったサーブの左手に置かれ、彼女は静かに口を開く。


「……今日はお気持ちだけで結構ですよ」


 ラトサリーの言葉と手の温もりに思考が追い付かず動揺するサーブ。彼女は心配そうな顔をサーブに向ける。


「左腕、怪我なさって…………」


 そう口にしてラトサリーは置いた手に力を加える。その言葉でサーブは半袖から巻いた包帯が僅かに覗き見えている事に気付き、動揺を隠しながら口を開く。


「あぁこれ。……まぁ、ここまでする程の怪我では無かったのですが……」


 そう言いつつサーブは何と言葉を続ければ彼女に笑顔が戻るか必死に思案し、ぎこちない笑みをラトサリーに向ける。


「ここの所、上官が何故か優しいというか心配性というか。かすり傷程度でここまでされると普通に怪我をしたら何をされるか、その方が怖いですよ」


 そう言って笑い飛ばしてみたサーブだったが、彼女の顔は晴れない。焦りを覚えながらサーブは更に口を開く。


「それに……ですよ……」


 サーブは言葉を繋げて起死回生の言葉を捻り出す時間を稼ぎ、ふと頭に浮かんだ言葉がもたらす結果を考えずに口を開く。


「こんな大げさな包帯を巻いてくれた上官のおかげで…………あなたに手を置いて頂けたのですから。次に上官にお会いしたらどんなお礼をすべきか悩んでしまいますよ」


 その言葉でラトサリーは視線を彼の左手に移す。サーブの手を強く握ったままである自分の手を目に入れたラトサリーは顔を赤らめ、上目遣いでサーブの方を気恥ずかしそうに覗く。目が合いそうになったラトサリーは少し俯き、ゆっくりと手を放して両手を自分の胸元で握ってモジモジし始める。

 もうしばらく手を握っていてもらえる選択肢は無なかったのかと後悔するサーブ。そんな事を悟られたくないサーブは荷車を押して二歩程歩き、振り返ってラトサリーに笑顔を向ける。


「この重さなら片手で押しても余裕ですし」


 そう言って得意げな笑顔を彼女に投げつけるサーブ。俯いたままサーブの顔を覗いた彼女は彼の笑顔を目にすると、呆れた感を漂わせながらも照れ笑いを浮かべサーブに顔を向ける。


「……さすが王子様の従者に抜擢される方はお強いですね」


 ラトサリーは彼の隣へススっと歩み寄り、二人は帰途についた。




 ラトサリーは右手だけで荷車を押すサーブの腕力への感心と自分の非力さへの憂いを感じつつも、気がかりな事をサーブに問いかける。


「それで、どうしてお怪我を?無茶な稽古でもされたのですか?」


「いえ、エミアル様の実地演習に同行した際にちょっと……」


 異例の抜擢で疎まれていないか心配している故にラトサリーは『稽古』と言う言葉を出したが、彼の返答は彼女に新たな心配を引き出させた。良くない噂が郊外まで流れてくるエミアル・ダレアシグは十九歳で、サーブはこの第三王子の護衛兼従者の勤めを担う一人だ。ラトサリーは眉をひそませて小声で言葉を漏らす。

 

「王子……今回は演習で仕出かしたのですか……」


 溜息をつきながら悪態をつく彼女は呆れている事を隠す様子を全く見せない。サーブは少し引きつった笑みをラトサリーに向ける。


「いや、今回は特に熟練者でないと見分けが難しい獣が出てきまして。確認する前に動き出した王子を上手に護衛出来なかった自分の失態なのです」


 サーブはそう言ってなだめようとするが、ラトサリーは間髪入れずにふてくされた顔をサーブに向ける。


「やはり軽率に動いた王子のせいではないですか」


そんな顔も可愛いとサーブは目を細めるも、王子の威厳と評判を気に掛ける彼はどうにか王子の汚名返上をするべく口を開く。


「まぁそう言わないで下さい、王子に貴重な経験を積んで頂けたという成果は大きいと思っていますので。それに今回は王子の御配慮で良いモノを手に入れる事ができましたので」


 そう言ってサーブは左手をポケットに入れ、手の平に乗せた指輪をラトサリーの顔の前に差し出す。飾りも無く金でも銀でも無さそうな指輪には傷が沢山入っているようだった。ラトサリーは指輪を覗き込みながら首を傾げる。


「……随分と……古そうな指輪ですね」


「そうですよね、やはりそう思いますよね」


 言葉を選んで話す彼女の素養に気付く事無く、サーブは指輪が手元にある経緯を話し始めた。



数多くある作品の中からこちらを選んでお読み下さり感謝致します。

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