霊
糖久野県の海沿いの努湖加乃村には、全国に知られた展望の良い景観がある。
そこは自殺の名所としても全国に知られていた。
展望の良い崖に沿って高さが1メートル程ある金網の柵があり、柵の内側にはベンチがあってその上にラジヲが置かれていて、自殺しようとしている人たちに向けてのメッセージ『此方は村営ラジヲ局です〜ご相談ください〜』や心理的に冷静になれる音楽が流れている。
崖の上には多数の観光客がいて写真を撮ったり景観を眺めていたりしていた。
そんな観光客が比較的少ないラジヲが置かれているベンチの前の金網を乗り越えた60代くらいの男が、躊躇すること無く崖から飛び降りる。
「止めろー!」
「キャァァァー!」
バジャン! 「ギャァー!」
『ブファ! ハハハハハハ』
偶々男が崖から飛び降りるのを目撃した観光客たちの制止する声や悲鳴、飛び降りた男が崖下に激突した音と悲鳴、それにラジヲから迸る笑い声が崖の上で交差する。
『ギャハハハハハハ!
見ろ! 見ろ! 自殺に失敗してのたうち回っているぞ。
此処ら辺の海岸は干潮満潮の差が激しくて満潮時に飛び降りても即死できないのさ』
ラジヲの言葉通り、崖下では飛び降りた男が砕けた手足を振り回しながらのたうっていて溺れかけていた。
「生きてるぞ! 救急車を呼べ!」
「今助けるからなー!」
崖下を覗き込んだ観光客たちが警察や消防署に電話を掛け、崖下の男に声を掛ける。
『止めとけ、止めとけ、どうせ生き残っても、砕けた手足のまま身体障害者として生きて行かなくてはならないんだ。
そんな身体で生きるより此処で死なせてやれよ。
ハハハハ
もっとも、苦しみながらの溺死だけどな』
「黙れ!」
ラジヲの言動に激怒した観光客の1人がベンチの上のラジヲを踏みつけた。
が、観光客の足はラジヲをすり抜ける。
『ヒャヒャヒャヒャヒャ…………』
ラジヲは気持ちの悪い笑い声を発しながら薄く透き通り消えた。