魔術学院の授業①
「カナ!最初の授業って魔法工業理論よね?何するかよくわからないけど楽しみだわ」
「そうだねマリー、難しすぎないといいけど」
「ええ、それはほんとに同意するわ」
入学してから数日、オリエンテーションや学校探検などを経て今日から授業の開始である。他のクラスメイトの自己紹介などは聞いたはずだが、40人近くいるので正直よく覚えていない。それもあって私は私以外の唯一の女子クラスメイト、スオーロさんもといマリーと特に仲良くしていた。マリー・スオーロはスオーロ男爵の娘で、魔力160、属性土、傾向強光である。髪も目も茶色で、身長157cm、小柄で可愛らしい見た目をしている。ちなみにジークはロバン伯爵家の息子でロバン伯爵は騎士団長も務めている(伯爵と騎士団長が両立できるものなのかはよく分からないが、本人が言っていたので確かだ)。2人とも貴族だから敬語を使うべきかと思ったがこの学院自体割とその辺は適当らしい。
この間ジークともマリーを交えて時々話していたが、彼は自身のコミュ力を最大限発揮して常にクラスメイトに囲まれていたからほどほどにして、あとはそっとしておくことにした。
「では魔法工業理論の授業を始める」
さて、魔法工業理論の授業が始まった。いきなり前世の物理法則ガン無視の魔法ありきの世界観に飛んできて内容が理解できるか心配だったが、多少予習したのもあり問題なくついていけそうだ。
ちなみに私は元々勉強は嫌いでも苦手でもない。一応前世では日本で5番以内には入る大学の理工学部所属だった。最もまだ2年生だったので専門的なことはあまりやっていないし、成績もさほどいい方ではなかったが。
「…このように、約100年前まではこのアルファ魔力機構が主流だったが、欠点が発覚したことにより今はもう使われていない。ではこの魔力機構の欠点を発表できる人は?」
シーン…
「いないなら指名しよう。ベルナール君、どうだい?」
「はい。…そうですね、恐らく光極と闇極、それぞれの反応に必要な2種類の魔素をひとつの容器にまとめて入れているので、互いが互いの魔素を阻害し、反応速度を遅らせると考えられます。」
「ではその解決方法は?」
「空間そのものは遮断せず、魔素だけを分割できる素材があれば、魔素を2つの場所に分けられて阻害が防げると思います。」
「正解だ、さすがだねベルナール君。そう、ベルナール君が言ったようにアルファ機構を改良したのがベータ機構だ。これは……」
急に当てられてびびったが、名前と動力源が違うだけでほぼボルタ電池とダニエル電池(知らない人は調べてみるといい)の話と同じだったのでどうにか答えられた。このように前世の知識と被る部分があるのも私がやっていけている理由だ。しかしまたこのように授業を受けることになるとはなんだか感慨深い。
――――――――――――――
次は魔法実習の時間だ。この授業は修練場で行う。
「今日は早速だがテストを行ってもらう!とはいえあくまで現状確認のためのものだし、傾向や属性で得手不得手はあるだろうから身構える必要は無いぞ!」
テスト内容は大きく分けて2つ、丸太攻撃と自由発表である。
まず丸太攻撃は名称通り、用意された人間サイズの丸太を30秒間でどれだけ壊せるかを見る。
次に自由発表は自分の好きなように魔法を使って何か芸をして見せろという漠然とした内容だが、割とお遊戯会的なテンションらしい。そもそも神の啓示から3ヶ月しか経っておらず、魔法の歴が浅いので、魔法そのものの技術を見るというより自己紹介の側面が大きいようだ。これについては予め連絡があったので、私もある程度考えてはある。
「さて、では最初は丸太破壊だ。最初の5人、前へ。」
うち1人はジークのようだ。優秀らしいことは知っているが実際に魔法を使っているところは見たことがないので少し楽しみだ。
「それでは、初め!」
「ファイアボール!」
「グランドアーミー!」
「ウインドカッター!」
5人が一斉に攻撃する。だが皆属性によらず苦戦しており丸太に大きな変化はない。一見木製なのだから火属性が有利そうだが、乾燥させていない人間サイズの木はそこそこの火でも30秒ではいくらも燃えない。
しかしジークは違った。
「とおー!」
丸太を覆うように風のドームができたかと思うと、ドーム内の至る所から超高速の風の刃が繰り出され、次々に削っていく。あんな間の抜けた声を出しながらこんな攻撃をされようものならトラウマになりそうだ。ちなみにジークは技名を言っていないのになぜ魔法が出せるのか?と思うかもしれないが、むしろ逆である。そもそもが乙女ゲームのこの世界に技名(スキル名)なんてものは無い。だが魔法はイメージが大事なので、イメージしやすくするために皆それっぽいことを叫んでいるのである。
「30秒!やめ!」
他4人は表面に傷をつけた程度なのに対し、ジークは丸太を半壊させる結果となった。魔法歴3ヶ月の、しかも攻撃を得意としないはずの極光傾向の者がなせるレベルではない。さすがは首席なだけある。
「ロバンはさすがだな。他のみんなもこのような姿を目標にするように!」
「いや〜そんなこと言われると照れますよ先生〜!」
クラスメイトからどっと笑いが起こる。これ程の実力者でありながらクラスにここまで馴染めているのも、また彼の才能と言えるだろう。
「次の5人、前へ!」
今度はマリーの番だ。
「緊張しますわ!大丈夫かしら」
「現状確認だけって言ってたし気楽にいこうよ」
「そうね!頑張るわ!」
「では初め!」
「アーススピア!」
マリーは地面を動かして槍を作り、一生懸命丸太をつついている。一見地味だが確実に丸太を削っていく。
「やめ!」
マリーの結果は悪くないものだった。目測で4分の1程度、ジークの半分位の損傷率だろうか。
「ん〜悔しいですわ、もっといけると思ったのに!」
「いや、でも他の人と比べてもこれだけできるのはすごいよ」
「ほんとう?なら嬉しいですわ!」
――――――――――――――
「では最後の5人!前へ」
今度は私の番だ。さて、突然だが、一般にこの世界の魔法でできることはざっくり2つである。1つは各属性の元素を生み出すこと、そしてもうひとつは現存している属性のものを操ることである。つまり私の場合水を作るだけでなく、今ある水ないしは水分を操ることができる。そして目の前の丸太、今回用意されている丸太の水分量は多く、半分近くが水である。ではその水を操って一気に発散させたら?面白そうだからやってみよう。仮に失敗しても30秒あれば他の手法も試せるだろう。
「では始め!」
さて、魔法に大事なのはイメージだ。まず操作範囲を決めて、水元素を感知・掌握。そして急速に発散させる…!
パァァァン!!!
思惑は見事成功、花火のごとく丸太が弾け飛ぶ。飛んでいるのは火の光ではなく木片だから全く綺麗ではないが。
木片が散り終わると、丸太は余すとこなく粉々になっていた。ここまでおよそ10秒である。ふと周りを見やると、皆ポカーンとした顔で丸太や私を見ていた。同時に丸太攻撃をやっていた他の4人も手が止まっている。まだ15秒はあるがいいんだろうか。みんな黙ったままなので私が口を開く。
「…えっと、丸太''攻撃''ってことは外部から攻撃しないとダメとかありましたっけ…」
「い、いや、そんなことは無いが…どうやったんだ?」
先程考えた方法を伝える。
「なっっそんなことが…!確かに言われてみれば理にかなってはいるが…しかし百歩譲って丸太の水分を操作できたとして、元素視なんてどこで覚えたんだ??熟練の魔術師ならともかく魔法覚えたての者がやるようなものじゃないぞ…」
元素視とは私が丸太内の水分を検知するために使った力だ。これを使えば自分の属性と同じ元素を見つけ出すことができる。
「えっと、母が『これできると便利よ!』などと軽いノリで言ってくるので教わったのですが…」
「………母上の名は?」
「マドレーヌです。たしか旧姓は…」
「メルシエか」
「はい。もしかしてお知り合いですか?」
「ああ、俺の生徒時代の後輩だよ。…なるほどなあ、あいつの娘でその魔力量なら納得だな。それでも凄いもんは凄いが。」
なんと、先生がママの先輩だったとは。世間とは狭いものである。しかしママがそんな魔法が得意なイメージは無かったが…いや、よくよく考えると彼女がナチュラルに使っていた従業員代わりの土人形、一日中形が崩れることがない上に、単純労働だけでなくお客の注文を受けて会計までやっていたが、読んでいた本にそんな高度なことをする土人形の話は載っていなかった。…伊達に「ヒロイン」の母ではないな。
「さて、驚くこともあったがとりあえず一休みだ!」
ここで休憩に入る。すると私の元へマリーとジークが駆け寄ってくる。
「すごいですわ、カナ!さすがね!」
「ほんとほんと!びっくりしたよ!いや〜カナは魔法だけじゃなくて頭も良いよね!前の授業もスパーっと答えてたし、今のだってそんな方法思いつかないよ!」
「ありがとう、嬉しいよ」
こんな真正面から、そして恐らく心の底から褒められることも少ないのでやや赤面しているかもしれない。それと2人のテンションの上がりっぷりに笑みがこぼれる。
「「(カナがちょっと照れてる(わ)…!)」」
そんな私に2人が萌えていることには気が付かなかった。
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「さあ、そろそろ休憩終わりだ!次は自由発表だ、皆楽しめよ!」
人の芸を見るのは実に楽しかった。マリーが土魔法で土人形を踊らせて自分も踊ったり、ジークが風魔法で無限ジャグリングをしたり、他の生徒が火魔法で焼いたパイを配ったりなど様々だった。
「次はベルナールだな、何をする?」
食べ途中だった貰ったパイを飲み込む。絶妙な味付けと火加減で美味しかった。
そして前に出る。水属性持ちは元の希少性と偶然が重なりクラスで私だけだし、水を使う芸で天気が快晴とあらばやることはこれだろう。
「私は噴水を作って虹を出そうと思います。」
そう言って地面の2箇所に魔法陣を出し、そこから水を噴出させる。すると丁度2つの真ん中辺りから虹が現れる。
「綺麗ですわ!」
「涼しい〜気持ちいい〜!」
「すげー!」
皆目をキラキラさせて見ている。先程の丸太攻撃、もとい丸太破壊で怖がらせたかと思ったが、どうやら大丈夫だったようだ。
「終わりです」
拍手が起こる。喜んで貰えたようで良かった。
――――――――――――――
その後他の座学の授業を2,3コマ受けて、今日の授業は終わりである。マリーと一緒に寮に帰ろうと支度をしていた。言い忘れたがこの学院は全寮制である。
ジークともう1人、暗めの赤髪に深紅の瞳の少年が近づいてきた。
「カナ、マリー!紹介するね、この人はアラン・アゴーニ、さっきの自由発表でパイ焼いてた人だよ!」
「えっと、アランだ、じゃなくてです!よろしくスオーロさん、ベルナールさん!」
「よろしく」
「よろしくお願いしますわアランさん!私のこともマリーと呼んで!」
「私もカナで大丈夫だよ」
「わかったカナさん、マ、マリーさん!」
なぜジークは急に我々にアランを紹介したのかと思ったが、今の会話で何となく察せた。恐らくアランはマリーのことが好きなのだ。一目惚れだろうか。思い返せば教室にいる間時々視線を感じていた。てっきり推薦合格者が珍しくて見てきているのかと思ったが、実際は私と一緒にいたマリーを見つめていたようだ。まあこのマリーの可愛さに当てられてしまうのは仕方がない。実際マリーを狙っていそうな男子学生はクラス内外で見受けられる。
この2人が付き合ったらおこぼれでまたパイを貰えないだろうか、なんて思いながらアラン達といくらか会話した。
「さてカナ、そろそろ帰りましょうか。ジークさん、アランさん、また明日!」
「そうだね、じゃあさようなら」
「うんさよなら!」
「ま、また明日!」
私は歩き出しかけて立ち止まり、振り返った。そして親指を立てながらアランに真顔で一言。
「頑張ってね」
そのときのアランの赤面ぶりといったら実に面白かった。
いかがだったでしょうか?ちょっとずつみんなの個性が見えてきましたね〜
それと新キャラアランの登場です!アランは今のところマリーに一目惚れしたことくらいしかわかっていませんが、彼はいったいどのような人物でしょうか?
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