幼馴染みとはトキメかない
ウチは閑静な住宅街。
車通りの少ない車道を挟んで迎え側には小さな公園。
シーソーと、滑り台とブランコとトイレ。
ここで昔は遊んだものだ。
日も落ちて暗くなったころ、バケツに水。手には手持ち花火の袋を持って公園へ。
花火を一人でやってもつまらない。
だけど女友達たちはみんなデート。暇すぎる。
私と言えばずっと彼氏無し。
花火でもしてりゃその原因を作ったアイツも来るかも知れない。
パチパチ、シャーシャーと音を立てて花火をやり始める。
火があるうちは少しだけ明るくなるけど、公園の街灯は、大きな木に隠されてそれほど明るくないのだ。
「よ。カスミ」
やっぱり来た。隣に住む幼馴染み太介。
近所にそんなに子供がいなかったので小学校の中学年くらいまで遊んだ仲。
遊ばなくなっても別に疎遠になるわけじゃなく、会えば話すし時間が合えば一緒に学校に行ったりしてた。
「はい。太介もやれば?」
「おいおい。太介先輩っていえよ」
「また始まった。めんどい」
「ウソ。めんどかった? ゴメンゴメン」
そう言いながら笑顔の太介は私から花火を受け取る。
私の花火から火を移して、それで子供のように回しながら楽しみ始めた。
太介は──。
女子からの人気がマジ半端なかった。
顔はいいし、優しいし、スポーツも出来るし、頭もいい。
長身の細マッチョ。
もう男の取り柄という取り柄が服を着て歩いているというような男だ。
友人の女子たちも憧れていたことを憶えている。
しかしそれは他人の評。自分から太介を見てもなにもトキメかない。兄妹のような仲にしか思えないのだ。
カスミ、タイスケと言い合ってきた仲なのに、中学に入ったら先輩と言えとか言い始めた。
そもそもコイツはそういうところがあるのだ。
今では清潔感あるオシャレイケメンだというが、小さい頃はこの公園のトイレで遊びを中断してウ○コをしていたし、何より思い出深いのは、太介は「オナラの先生」とウチの家族が名付けるほどところ構わずオナラをしていたのだ。
それがオシャレイケメンだなどとちゃんちゃらおかしい。
スカしてんじゃねーよ。オナラだからスカして当然か?
「ふふ」
「どうした? 花火おもしれもんな」
「まーねー」
全然わかってない。昔からの天然さん。
「どうだ。大学は──」
「まぁボチボチ」
互いにウ○コ座りをしながらの線香花火。
花火もクライマックスだ。
「なぁ、あの返事は……? なぁんちゃってぇ……」
「…………」
あの返事とは、私が中一の頃なにを思ったのかコイツ、告白してきたのだ。真っ赤な顔して、この公園で──。
「カスミ! 好きなんだ! ずっとずっと前から! お前以外考えられないんだよぉ! 付き合ってほしい!」
正直、は? なにコイツだった。
太介、中二。私、中一。
なんでお隣さんで付き合わなくちゃならないんだし?
それにお相手は太介って、笑っちゃう。キモ。
「はぁ……。まぁもう少し考えてから──」
その時はまだ恋とか愛とかなかった。
だから体よく断ったつもりだったけど、太介は口を四角にして笑っていた。
「分かった。考えてくれるんだな。待ってるから。ずっと待ってるから返事をくれよ?」だった。
なんの遊びの延長だろう。私たちに男と女の感情はない。だから告白とか返事とかさっさと忘れることにした。
だが、その後で太介がこの学校で一番女子に人気がある男子だと情報で聞いた。
みんな見る目がない。あれはオナラの先生だよ? と言いたかった。
たまに太介と学校帰り一緒になるのでウワサになったりして、迷惑していた。それが高校卒業まで続いた。まったく迷惑な話だ。そんなものがあったせいで男子と付き合ったことなど一度もない。
それもこれもこの太介のせいだというのに、未だに返事をせびる。
たまに聞いてくるものの、語尾に「なんちゃってぇ」をつけるのでそこでほとんど終わるのだ。
それを聞くとムカつく。もうハッキリと断ってやらねば私の将来が危うい。
「返事? ないよ。太介とはない」
「え?」
本当にショックを受けたような顔。
世界が終わってしまったようなそんな顔。
太介は顔を伏せてヒクヒク言いながら泣き出した。
マジモンの告白だったの?
中一から?
それを何年も待ってたって、女々しくない?
見切りつけて別な人と青春すればよかったのに。
「でも太介。今までの関係は別に変わらないからいいじゃん?」
「……やだ」
「やだって子どもみたい……」
「……どこが嫌なの?」
「いや別に嫌じゃないけど」
そういうと、太介は太陽のような笑顔を向け、口を四角にして笑った。
「じゃいいじゃん?」
「なんで?」
「だって嫌いじゃないんだろ?」
「嫌いじゃないけど好きでも無い」
「うっ」
また顔を伏せた。正直こんな女々しいヤツがなんで人気があるのか分からない。
面倒なので、太介は置き去りにして家に帰ることにした。
バケツを持って公園の入り口まで来ると突然の背中から抱き付かれた。
いくら幼なじみだからって越えちゃ行けない線があるぞ太介。
「カスミ、そんなこと言わないでくれよぉ。好きなんだ。好き。好きなんだよぉ」
「そんなこと言われたってさぁ〜」
「何がダメなんだよ。教えて。教えてくれよ」
「まぁ正直太介じゃトキメかない。家族みたいなんだもん」
一瞬の沈黙。だけど、太介が抱きしめる腕の力が増したことが分かった。
「それでいいじゃん。将来家族になればいいんだから」
「はぁ? 結婚するってこと?」
「うん。そう」
「結婚……」
考えてしまった。なぜか太介と一緒に暮らす風景が浮かぶ。
庭で遊ぶのは、小さな男女。それは私と太介だ。
つまり、二人の子どものビジョン。
変だ。恋人ってのは考えられないけど、太介と結婚することには抵抗はない。
楽だし、扱い方も知ってるし、向こうの家族のことも知ってる。
恋愛はないけど結婚はあるなぁ。
「結婚かぁ」
「そうそう。な? な? な?」
「結婚ならあるかなぁ」
「だろ? だろ?」
「まぁ大学入ったばっかりだし、もう少しキャンパスライフを楽しんだら考えよう」
「ホント? やったあ!」
太介は私に抱き付いたまま、頬にキスをしてきた。
それがよっぽど嬉しかったのか、両手を上げて踊る。
私はこのキスに怒ることはせずに頬をただ押さえていた。
頭一つ分上からかかる甘い鼻息が急下降しての左頬への軽いタッチの優しいキスにトキメいてしまったのだ。
「カスミ! 好きだぞ!」
「あ、あっそ。なんでもいいけど?」
と口を四角にして笑う太介に、ぶっきらぼうに応えて見せたけど、顔をまともに見れない自分がいた。