第4話 サイコパスとは呼ばせない
「へへへ、本当にいやがったぜ」
木陰から声が聞こえた。
「覚悟は出来てんだろうな?イカレサイコ野郎!」
「おいおい、人が来たらやべぇんじゃねぇのか?」
男達がぞろぞろと現れた。
面識は無いが、見たことのある3人の冒険者パーティーがぶつぶつと何か話している。
ソフィネの知り合いだろうか?あまり趣味の良さそうじゃないメンツだな、友達は選んだ方がいいぞ。
俺は警戒を解き、一歩下がってソフィネに道を譲った。
「え?私??」
ふるふると首と手を振り必死に無関係だとアピールしてきた。
なんだ、違うのか。じゃあこいつらは一体誰と勘違いしてるんだろうか?
「おい、サイコ野郎!貴様だよ!無視すんじゃねぇ!!」
もしかして俺の事を言っているのか?
「貴様を痛めつけてフランの墓の前で土下座させてやる!」
「フランのお知り合いの方でしたか!あいにくそのフランの墓には空っ…」
「それはこの前聞いたんだよ!!ふざけた事抜かしやがって!理屈なんてどうでもいいからフランに謝罪させてやる!」
「こいつ、俺らの事覚えてねーんじゃねぇか?」
なんだ?見覚えこそあるが知り合いなのか?俺の人生に全く利益の無さそうなこいつらと、俺がわざわざ知り合いになっているとは到底思えないが。
フランの名前の墓がどうとか…あぁ、思い出した。こいつらはギルドで俺をイカレサイコ野郎と呼んでいた奴らか。
やれやれ、まだ呼んでいたのか。
「はぁ~」
俺はため息をはいた。
「ソフィネ様、申し訳ありません。魔物除けの煙瓶を使用していたのですが、どうも効き目が今ひとつのようでした」
ソフィネに笑って話しかけ横目で男達を見た。
「ほぉ~、調子に乗ってるのも今のうちだぜ…へへへ」
男達は俺とソフィネを取り囲んだ。
「き、貴様には…痛い目見てもらおうか!」
男が剣を抜いた。
物騒だな。
俺が剣を抜いた男に気を取られていると背中でソフィネの悲鳴が聞こえた。
「へへへ、ねーちゃん、美人じゃねーか。そんな男ほっといて俺達と遊ぼうぜ」
「い、いやっ!リュッセル様、お助けください!」
男はソフィネの細い右の手首を掴み、放そうとしなかった。
やれやれ、仕方ない奴らだな。
俺はバッグ入った4つある赤い瓶のうち一つを取り出した。あまり使いたくなかったが不要な争いでソフィネに危害が加わるのは望まない。
赤い瓶を投げながら言った。
「墓参りと呼べるがわかりませんが、これでいいでしょうか?」
瓶が岩にぶつかり割れた。
出てきたものはフランの頭部だった。
「ひっ、ひぃぃい…」
突然目の前に出現した頭部に、その真横にいた男が尻餅をついた。
俺以外のここにいる全員が動揺し、後ずさりした。
驚きのあまりソフィネの拘束を解いたので俺はソフィネの肩をとり、こっちに抱き寄せた。
「手荒な扱い、申し訳ありません。あと、こんな血生臭い冒険者の一面をお見せして申し訳ありません。これ以上のご迷惑をおかけせぬよう、穏便に済ませようと思います」
「え、えぇ…。わ、私の事はどうぞお気になさらずに…。ただ…、そちらの方々は大丈夫ですか?」
ソフィネは不安そうに男達を気にしつつ俺の肩に身を寄せた。
俺は次に、警戒を強めた男達に言った。
「ささ、私も現在依頼遂行中ですので手短に済ませてしまいましょう!お墓はありませんが、ご本人さんのご登場です。皆さんで彼の死を悔やみましょう!」
「き、貴様!フランに何をしやがった?!!」
「はぁ~」
俺はため息をはいた。
「あなた達、ノアから話を聞いたのでしょう?ただでさえ私は仕事中なのに邪魔をされて苛立っているんですよ。さらに私の依頼主であるソフィネ様に手荒な真似をするなどと、到底許せませんね」
突如ふつふつと苛立ってきた。
「フランは魔物に殺された。コレは私が何かに役立つのではないかと思って回収したものだ。あなた達が墓参りがどうのとしつこいのでわざわざ時間を割いてやった。フラン、フランと耳にタコが出来そうでうんざりなので、わざわざ時間を割いて仕方なく用意してやった。これからこの肉塊に祈りを捧げてやる。他に私に何をして欲しい?なんだ?言ってみろ!!貴様等もフランのところに逝きたいのか?」
俺はソフィネをその場に待たせ、一言毎にどんどん男に近づいて行った。
彼らから目線を逸らさず、バッグから道具を取り出しつつ、男達への不満の言葉をどんどん重ねて行った。
「ななな、なんなんだこいつ!!やべぇぞ!」
「くっ…来るなっ…」
「狂ってる…狂ってやがるよぉ~……」
男達は逃げ出そうとした。
自らこのだだっ広い森の中に俺の事を探しにきておいて、こいつらは本来の目的を忘れて帰るつもりなのか?
何故だ?理解出来ない。
なんて無意味で無意義な人生なんだ。あまりにも無謀だ。無計画で無駄だ。無知で無能で無秩序で無礼だ。俺はこいつらとは無縁だ。時間の無駄だ。存在が無駄だ。一切合切無駄で作られている。
言葉を重ねる度、考える度、近づく度に、こいつらへの怒りが増していくのを感じた。
俺は尻餅をついている男の顔に息が吹きかかるほどの距離まで近づいた。
男達もまさか武器も持たない俺がここまで一気に距離を詰めてくるとは思わなかったようで何も出来ずにいた。
俺は右手の煙瓶を握り絞めて割り、尻餅をついていた男の顔面に割れた煙瓶ごと殴りつけた。
男は後ろに倒れ込む前で煙と化して消えていった。
「え…?グス……タフ??」
「どこ行っちまったんだ?」
二人が突然消えた男を探そうとしていた。
「必要無い、考えるな」
さらにグスタフと呼ばれた男の左側にいた男の腕を掴みにした。
「ソフィネ様のか細く美しい腕を無礼にも掴みかかったのはこの手か?」
俺は腕を掴みながらもう片方の手で今度はバッグから水晶を取り出した。
俺は合成の力を発動させた。
男の体が見る見るうちに水晶と合成されていく。
ノアの様に人の形をした植物になるわけではなく、水晶がベースとなって合成されたようだ。
水晶の所々に眼球があったり髪が生えていたりした。唯一完全に人の形をしているのは両腕と、右脚の太股から膝、そしてふくらはぎの一部がくの字になって水晶から飛び出していた。薄い青色の透明な水晶の中にはいくつかの臓器が標本のように浮かんでいるように固定されていた。
原型を留めていた両腕や脚の一部も所々水晶化していた。
「水晶としても生物としても無価値なコレは本当に貴様等を見事に体現してるとは思わないかい?よく出来ているよ、ハハハハハ」
水晶の純度や分量など、改善すべきところは多そうだが、今回に限って成功だな。
「サ…サイコ野郎!グスタフとリードに何をしやがった!?」
一番俺につっかかってきていた奴が質問してきたが無視してやった。
俺は水晶から生えたプラプラと力なく垂れ下がる腕を触ったり振ったりしがら、喚く男に質問した。
「ええっと…なんだったかな……ああ、そうそう。
イカレサイコ野郎?確か私の事を、そう呼んでいましたね?」
水晶から生えた腕の洋服の部分で、煙瓶を握りつぶした時に瓶の破片で少しケガをしたらしい手のひらの血を拭きながら話しを続けた。
「く…来るんじゃねぇ…近づくなっ!」
「私はね、その様に呼ばれるのがとても心外なんですよ。私は別にサイコパスなんて自覚は無いし、そんな言葉で安易に私を評価されるも面白くない。とても不愉快なんですよ」
水晶に向けていた目線を男に向けた。
「こ…こいつなんなんだ…本当にやべぇ…ヤバすぎる……」
「私をサイコパスと呼ぶ者がいなければ、必然的に私はサイコパスではなくなりますよね?」
俺が水晶から男の方へと体を向け、バッグに手を触れた。
「く、クソ…」
男は捨て台詞を吐いて逃げ出した。
「この問題は時間が解決してくれるとは思いませんね。さすがに覚えましたよ、あなたの顔は…」
消えゆく男の背中にそう呟いた。