第3話 美人の護衛任務
俺は森の中で、護衛の依頼を遂行していた。
この森は果物や植物などが沢山採れる事で、商人の間で人気が高い。
ただ一つ問題があり、収穫の時期にはその餌を求めて魔物達も集まる。基本的には弱い魔物ばかりだが、弱いと言っても冒険者でも無いものにはとても手も足も出ない相手だろう。
なので商人達は必ず冒険者を雇い、護衛してもらいながら収穫を行う。
効率化を図る商人は6~10人のチームで収穫を行い、冒険者3~4人のパーティーを雇う。
もっと集団で採集を行って冒険者パーティーを2~3組雇うところもよく見かける。
どこもソロ冒険者なんて扱いづらいし、ましてや合成師という補助職を快く受け入れてくれる商人はいなかった。
唯一俺の条件に合っていた依頼は報酬も少なかったが仕事がもらえるだけマシだろうと思った。
集合場所に向かうと若い女性が一人で立っていた。
もしかして商人の都合で依頼がキャンセルとなって、その言付けにきた者何だろうか。
一応採集用のカゴは持っているようだった。
「本日はご依頼を受けていただいてありがとうございます!私は父の代理で参りましたソフィネと申します。どうぞよろしくお願いします」
「こちらこそありがとうございます。合成師のリュッセルと申します」
「本当に、こんな安い報酬なのに受けていただいて申し上げありません!」
「かまいませんよ、お仕事をいただけるだけでも十分こちらも助かっています」
「父が病を患っていて、採集に行けるのが私しかおらず、採れる量にも限界がありますので…」
「こちらこそ、合成師は補助的な役割なので頼りないとは思いますが、ソフィネ様を無事送り届けられるよう全力を尽くさせていただきますね」
「お気遣いありがとうございます!」
社交辞令を一通り済ませた二人は森に向かう事にした。
森に入る前に俺はソフィネを呼び止めた。
「ソフィネ様、先ほどお伝えした通り、私は合成師ですのであまり戦闘には向いておりません。ですので魔物と対峙する事自体を避けたいと思いまして。こちらの魔物除けの煙瓶を使用させていただきます」
「まぁ!そのような素敵な道具をお持ちなのですね!是非ともお願いします!」
俺はバッグから二つの煙瓶を取り出した。
瓶を開け、それぞれの体に煙を振りかけた。
煙はしばらく全身を包み込んだ後見えなくなった。
「これで魔物が寄り付かないようになるのですね?」
「ええ。ここらへんの魔物であればまず寄ってくる事はないでしょう。むしろ魔物達は私達を避けていく事でしょう」
目を大きく見開いてソフィネは驚いてみせた。
「すごい!何かあればリュッセル様を頼りにさせていただきますね!」
前のパーティーでは俺は完全に補助職として、道具を駆使したり色んなものを合成させるだけだった。必然的に直接戦っているフランやレイスが主導権を握っていたし、同じ後方で魔法使いのノアの方が私を見下しているようなふしがあった。
ふむ。意見を尊重されるのは悪い気分ではなかった。
ソフィネが採集をしている間、俺は暇だった。
本来冒険者であれば剣を構え、冒険者同士が均等に広がって商人を守るのが普通だ。
常に緊張を張り巡らせていて、なかなか疲れたものだった。
俺の煙瓶の効果は俺自信が保証したが、フラン達は今ひとつ信じていなかったので煙瓶を使用したというのにわざわざ周囲を警戒するふりをさせられていた。
商人へのアピールという意味もあったかもしれないが、その真意はもうわからないしどうでもよかった。
あまりに暇過ぎるので俺は途中からソフィネの手伝いをする事になった。
ソフィネが背負っていたカゴはエンキの実がどんどん詰められていき重そうだったので俺が代わりに背負ってやることにした。
そろそろカゴいっぱいになりそうという時にソフィネが言った。
「父もいてくれたらもっと沢山採集出来て、そうすればリュッセル様にももっと沢山報酬をお渡しできたんですがね…」
なんだ、てっきりこのカゴの量さえあればソフィネの店で販売するには満足なのかと思っていたがそうではなかったのか。
「ソフィネ様、そうであればこちらの袋をお貸しいたしますよ」
俺は予備のバッグを渡した。
広げでも子供の頭ほどの大きさしか無さそうなバッグを見せられソフィネは困惑した。
「こちらを…ですか?」
「ええ、こちらは私が作ったバッグで、巨大魔物の胃袋を合成させているので見た目はこの大きさですが、魔物の胃袋程度の荷物が入るようになっております」
そういって俺はソフィネの代わりに背負っているカゴの中のエンキの実をバッグに詰めていった。
カゴの中のエンキの実はみるみるうちにバッグの中に消えていった。
「これで大体2割程度でしょうか」
「す、すごい!!リュッセル様!本当にすごいですね!」
バッグはこれだけ物を入れているというのに見た目も重さ空っぽの時とほとんど代わりがない。
正直いうと俺にもよく原理がわからなかった。
合成というのは物資の隙間に他の物資を詰め込むのだ。
巨大な魔物の胃袋のサイズがもともと大きいからか、バッグに入る際に一度合成されているのだろうか?
俺の魔力が減っている感覚は無いので理由はわからない。
まだまだデータが足りないので研究したいのだが、いつもこのバッグの事は後回しにしてしまう。
まだまだ沢山採集が出来るとソフィネは喜び、採集に夢中になった。
「いけないっ!もうお昼ご飯の時間を過ぎていましたね!リュッセル様、お昼をいただきましょう!」
俺はソフィネとそう言われ、ちょうどいいサイズの倒木に横並びで腰掛けた。
俺は自分用のバッグから干し肉を取り出した。
「リュッセル様、もしよろしければ私の昼食をご一緒しませんか?少し作りすぎてしまったのです」
ソフィネは少し顔を赤らめながらそう言った。
「こんな森の中でこれほど豪華な昼食が出来るなんて夢のようです」
栄養も見た目にも気を使っているにも関わらず、外で食べる事にも配慮されていた。
もちろん味も申し分ない、むしろこれほどうまい料理はなかなか店でも食べられないかもしれない。
一体何の食材や味付けをどの分量でどれだけ使用しているんだ?
料理とは合成のようなものだと思っていたが、ソフィネの調合のバランスには尊敬以外の言葉が思いつかなかった。
「あ、あの…お口に合いませんでしたか?」
「え?いえいえ、すごくおいしいですよ」
「でも、すごく難しい顔をされていたので…」
「あぁ、申し訳ありません。これほど美味しい料理を食べた事がなかったもので感動していました。料理は合成に似ているので、この絶妙な調合のバランスは芸術の域に達していますよ」
「うふふ、リュッセル様らしい褒め方ですね。私もリュッセル様のような素敵な方に美味しいと褒めていただいて嬉しいです」
「これだけ美味しい料理とソフィネ様のお美しさであれば世の男は誰も放っておくことはできないでしょう」
「それは…リュッセル様も…ですか?」
「ええ、もちろんです。私もこんなソロ冒険者という不安定な状況でなければ一度求婚の機会をいただきたいものですよ」
ソフィネの顔が一気に赤くなり、顔を逸らした。
ソフィネはこういう事を言われるのに不慣れなのだろうか?
年齢的にも容姿的にもこうやって言われる事はよくあるのではないだろうか?
それとも何度あっても言われる事には慣れていないものなのだろうか?
「リュッセル様もお優しいですし、落ち着きがあって頼りがいがあるのでお慕いされる方も多いのでは?」
「うーん、どうでしょうね?同じ冒険者パーティーだったノアから何度か求愛をされましたが、どうも私には向いていないのかもしれません」
ソフィネが何か考えているようだったが、これ以上触れないでおこう。
どうやっても今の自分とは無縁の女性だろう。
深入りするだけ損をしそうだしな。
変なところで会話を終わらせたので無言の時間が気まずかった。
「それにしてもソフィネ様の料理はとてもおいしかったです。またエンキの実の採集の時はどうぞこのリュッセルめをご指名ください」
「うふふ、もちろんこちらこそリュッセル様のお力をお貸しいただきたいと思います」
午後からまた、採集の作業を始めた。
もはや俺も採集になれてきたところだった。
「へへへ、本当にいやがったぜ」
木陰から声が聞こえた。