第2話 ノアの見舞い
俺はノアの自宅へ向かった。
一人暮らしの女性の家に何の見舞いの一つでも持って行かないというのは失礼だろう花束を用意した。きっと気に入ってくれるだろう。
玄関のドアをノックすると奥からどうぞという声が聞こえた。
「やぁノア、体調はいかがかな?」
ガシャンと大きな音を立て、ノアが持っていた皿が床で割れた。
「リュ…リュッセル……どど、どうしてここに?」
ノアは声を震わせながら後ずさりした。
「キミの様子を見にきたのさ」
俺はノアに近づいていき、目の前で止まり、少しだけノアを見つめた。
「ヒィッ…」
喉の奥から絞り出したような声が聞こえた。
俺はしゃがんで足元の割れた皿を拾った。
「まだ体調はよくないみたいだね。無理はしない方がいい。ゆっくり休みなよ」
皿の破片を拾い終わり立ち上がり、半歩だけさらにノアに近づいた。
「花を持ってきたんだ。花瓶をお借りできるかな?」
ノアはすぐさま花瓶を取りに行き、震える手で俺に渡した。
「さぁ、無理をせずベッドに戻ろう。私も少し話をしたら帰るよ」
「わ、わかったわ」
そういってノアを寝室まで連れて行き、ベッドに寝せた。
俺はベッドの横のサイドテーブルに花瓶を置き、近くにあった椅子に座った。
「さて、あの日の事だがね…」
俺はノアを静かに見た。
ノアの表情が凍りついた。
「私達は水晶を取りに行ったね。そう、水晶さえ取れば無事に帰れたんだ。なのにフランとレイスが寝ている魔物を見つけたんだ。いくら隙だらけの魔物とは言え、私達の装備では心もとなかった。私の警告を無視し二人は行くと言って聞かなかった。私が加速と力を強化する煙瓶をあげたんだ。効果はあったものの、最初にフランが魔物の爪で八つ裂きにされたね。少し離れた私のところまで肉片が飛んできて驚いたよ。レイスも剣で直撃は避けたけど、内臓が飛び出ていた。目も虚ろだったっけね?」
思い出したくないのか、ノアは震えながら両手で頭を抱えている。
「い…いやっ……」
「私は合成師だ。物と物を合成させる。武器に魔力を付与したり、薬品を合成させて威力を高めたものを作る。戦闘向きじゃない。後方支援がメインの魔法を使うキミもだね、ノア」
俺はしっかりとノアの方をむき直した。
「不運にも魔物は今度は私達を襲ってきた。本当にフラン達は余計な事をしてくれたもんだ。なぁ?そう思うだろ?」
俺はノアを覗き込んだ。ノアは頭を抱えた指に力が入り髪の毛を鷲掴みにしていた。
「私も死にたくはないし、フラン達には責任をとってもらおうと思ってね。フランの肉片や骨、そこに力が強化する煙瓶を3つ。それから、まだ息のあったレイス。本当にこれだけはちょうどよかったと思ったよ、レイスが生きていてくれてね。私はそれらを合成させたんだ」
「きゃぁーーーーぁぁあーーああああーー!!」
突如悲鳴を上げたノア。
俺は悲鳴が収まるのを待って話を続けた。
「知ってるかい?合成って言うのはね、物質の隙間に他の物質を詰め込むんだよ。ただ、不思議な事に生物にはね、その隙間が無いんだ。だから誰もやらないだろう?でもね、コツがあるんだよ」
なかなかすごい事を話しているというのに、ノアは聞こえているのだろうか?
「覚えてるかい?レイスが見る見るうちにおぞましく膨れ上がってね、私も具体的にどうなるとまではあまり自分でもわかってないんだよ。何せデータが少ない。でもね今回はいいデータが取れたよ。生きている「モノ」と何かを合成させる機会が訪れてくれた事には感謝している」
俺は元レイスと肉片になったフランなどの混じった作品を思いだした。
辛うじてレイスと思える顔を残した肉の塊には、手や足や肋骨のようなものがあちこちから生えていた。
「強化の煙瓶を3つも使用したんだ。3つもだぞ?それに耐えていたし、あの破壊力を見たかい?魔物の頭を握り潰してしまったよな。もう少し見ていたかったが破壊対象がこちらに向いても困るので合成を解除せざるをえなかったのが残念でしかたなかったよ」
ノアは先程の姿勢のまま震えているだけだった。
「はぁ~」
俺はため息をはいた。
「私はあの危険な状況からキミを救ったんだ。なのに!どういう事なのかな?命の恩人である私の事をキミはどのように噂しているのか、聞かせて欲しいものだ!!!」
ビクッと肩を揺らしさらに震えるノアに俺は言葉を続けた。
「ごごごごめんな…さ……ぃ…」
「私は別に謝っては欲しいとか、そういう話しをしてるんじゃない。そういう風に聞こえたか?私はキミがギルドのゴミ共になんと話したかを聞かせろと言っているのだ!!私はね『イカレサイコ野郎』などと呼ばれて非常に不愉快なのだよ!そう呼んでいる奴がいるのであれば、その問題の芽は摘んでおかないといけない。そうだろう?」
「ごめんなさいぃぃ…」
泣きじゃくりながら顔を伏せた。ベッドを見ると股の辺りに水溜まりまで出来ていた。
やれやれ、話しが出来ないんじゃこいつも肉塊と大差ないな。これが彼女の本意なんだろう。
俺は見舞いにと持ってきた花束を左手で花瓶から掴み取り、右手でノアの腕を掴んだ。
「きひぃぃ…や、やめて!放して!謝るわ!ごめんなさい!!なんでもするから許して!!」
必死に抵抗するが、俺は右手を掴んだまま応えた。
「謝って欲しいなんて言ったかい?頼んでもない事をされても嬉しくもなんともないし、キミは話しが通じないようだな。ならばもう話す必要はないよな?」
俺は左手の花束とノアを合成させた。
ノアの体から枝が生え、目から花が咲いている。先程自ら作り出したベッドの上の水溜まりから栄養をとろうと腰から根が生えていた。
「ごめんなさぁぁい……ごめんなさぁぁい…」
枝と合成して半分だけ開いた口であろう穴からかすれた声が漏れていた。
「謝らなくていいとあれだけ言ったのだがな」
俺は立ち上がり、その植物に近いモノになったノアをしばらく眺めた。
「これでもう冒険者をしなくてもよくなったな。ただ、水やりに関しては…私もマメじゃないものでね、自力でどうにかしてくれたまえよ」
俺はノアに手を振って帰ることにした。