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決勝戦《戦闘》

「あっ! もしかして君が僕の対戦相手? やっほー、待ってたよ! 僕の名前は壇際沙津樹! よろしくね!」


 闘技場に転送されるなり、ヴァイスの存在に気がついた壇際沙津樹は嬉しそうにそう挨拶した。しかしヴァイスは無表情のまま(そもそも骸骨に表情など無いが)その挨拶を無視した。


「んっんー? どうしたの? ねえ、聞こえてるよね? …あ、もしかして君、骸骨で耳も無かったりする? 聞こえてないの?」


 壇際沙津樹はこれから殺し合いをするとは思えない程に飄々と、そう聞いた。


「ほらほら! 僕挨拶してるよ? 手も振ってるし、なんとなくわかるでしょ? ピーッス!」


 最早嫌がらせかと思うほどに沙津樹は、ヴァイスに突っかかる。さすがにヴァイスも、このままだと面倒だと思ったのか、口を開いた。


「…聞こえている。ただ無視しているだけだ」


 ヴァイスの返答に、沙津樹は「あ、そうなの?」と驚く。しかしすぐに笑顔になり「でもこれでお話しできるね」と告げた。


「話などするつもりはない。お前のような人間とはな」

「えー? なんでなんで? お話ししようよ、きっとすごく楽しいよ」

「…これから殺し合う相手と何を話す? まさか許しでも乞うつもりか?」


 ヴァイスは穴の空いた眼腔で沙津樹のことを睨み付ける。


「俺はお前のような人間が嫌いだ。これから人を殺すというのに、飄々と平気な顔をしているような屑が。他者を傷つけることに一切の躊躇が無い人間が。何よりも嫌いだ。話すことなどない」

「ふーん…そうなんだ。もしかして、そう言う人に嫌なことでもされたの?」

「……」


 その通りだ。ヴァイスは、己の利益のためならば夫を、娘を、昨日まで共に過ごしていた仲間達を、躊躇いなく殺せる女に――地獄に落とされた。全てを奪われた。その片鱗を壇際沙津樹の姿に見ていたとしても、なんら不思議は無いだろう。


「それにしても心外だなぁ。君といい、さっき戦ったヴィーラちゃんといい。まるで僕の事を血も涙も無い殺人鬼みたいに。酷いよ」

「…違うのか?」

「違う違う! ぜーんぜん! 僕だって人を殺すときは辛いし悲しいよ! 当たり前じゃん!」

「…どこまで本当だろうな。口でならなんとでも言える」


 そもそも、たった今楽しそうに笑っている女の言葉を信じろという方が不可能な話だ。何より、それが仮に本当だったとして、だからどうしたという話でしか無い。


 壇際沙津樹が実は、人殺しに罪悪感を覚える人間だったとしても、彼女を殺すことに変わりはない。彼女を殺し、このトーナメントで優勝し、自身の願いを叶えることは、もはや確定事項だ。この女について知るのは無意味でしかない。


 だから何も聞かない。戦いのノイズになるだけだ。ただ機械的に、空虚に、この女を殺す。目的を達する。それだけで十分なのだ。


『お二人とも準備はよろしいですか?』


 アナウンスが鳴り響く。ヴァイスは沙津樹に背を向け、距離を取った。


「…俺は構わない。さっさと始めろ」

「うん、僕も大丈夫だよ。もうちょっとお話ししたかったけど、でも話したくないんなら仕方ないもんね」


『了解いたしました。それでは、5カウントを数えさせていただきます。開始と同時、能力を使ってもらってかまいません』


 聞き飽きたアナウンスがなされる。ヴァイスは拳を握りしめた。


(この女がどんな能力を持っているかはわからない…が、ここまで勝ち残ったんだ。相当強力な能力には違いないだろう。…問題は初撃。どうやって不明な攻撃を回避するか。そこが肝心だ)


『5…4…』


(もしこいつの能力が、二回戦で戦った女と同じような一撃必殺系の能力だった場合、攻撃を喰らうことはそのまま敗北を意味する。…なんとしても躱さなければ。その為には距離を取るのが最適だろう…)


『3…2…』


(戦闘開始と同時に、こいつから距離を取る。それがベスト。間合いを計り、こいつの“手”を見る。能力の正体を看破し、それから殺す。それ以外に無い――)


『1…戦闘を開始してください』



 ――バッ!


 戦闘開始と同時に、ヴァイスは後ろに跳んだ。一方の壇際沙津樹はというと――動かなかった。


(どうした…なぜ何もしてこない!? この女、何を考えて――)


 その瞬間だった。ヴァイスが地面に足を着いた瞬間、その場所が“爆発した”のである。

 人間の体ならば容易に爆発四散させられる程の衝撃が、ヴァイスの体を襲う。


(なっ…地雷!? マズいっ…!)


 ヴァイスの体が宙を舞う。彼の肉体は、ネクロマンスの呪いによってプロテクトされている。その為、並みの人間以上の堅さを誇っており、この程度の爆発で死ぬことは無い。しかし問題は、『爆風によって空中に浮かされた』事であった。


 宙を舞う骸骨の男。その無防備な姿を、生粋の殺人鬼シリアルキラーである壇際沙津樹が見逃すはずも無かった。沙津樹はすぐさま両手に能力で重機関銃を生成し、そしてフルファイアをヴァイスにお見舞いした。


 ――ガガガガガガガガ


 一発一発が、人間の肉を削ぎ骨を砕くほどのエネルギーを有した弾丸。その威力の前では、ヴァイスの強固な肉体も無傷では居られなかった。弾丸が直撃した部分は大きく削られ、ヒビが入った。


(…マズい! この女、最初から…否、試合前から! 俺の行動を読んでいた! 俺が様子見のために距離を取ることを見越し、背後に地雷を仕掛けていたのか! そうか、その為に俺より先にこの闘技場に――!)


 試合開始の前に相手に攻撃することは反則である。しかし、試合前に『戦う準備をしてはならない』というルールは無い。実際、二回戦で壇際沙津樹が戦った相手であるヴィーラ・ウェントフォッフは、沙津樹と戦う前に二頭の猟犬を召喚し『戦闘の準備』を行っていた。

 それを見ていた壇際沙津樹が『試合前に闘技場に地雷を仕掛けても良いのではないか?』と考えるのは、至極当然とも言えるだろう。そして実際、それはこのトーナメントにおいてルール違反とはならなかった。


「ごめんね? こんなことして。でも僕、負けたくないの。ズルをしても、何をしてでも、戦いに勝ちたいんだ」


 壇際沙津樹は、弾丸の嵐でボロボロになり膝をつくヴァイスへと一歩ずつ近づきながら、そう謝った。

 ヴァイスは全身の痛みに耐えながら、沙津樹の事を睨み付ける。


「…油断した。お前のような戦闘狂の人間は…大抵、勝利よりも戦いを求めるものだからな。おかしな話だが――凡夫のように策を練らず、ただただ正々堂々と戦う。それこそがお前達狂人のサガだと…そう思い込んでいた。我ながら愚かだ」

「……言ったじゃん。僕をそんな『血も涙もない殺人鬼』だと思わないでって」

「全くだ…もしお前の事を『生きることに貪欲な人間』だと思っていれば…こんなことには、なっていなかっただろう」

「……」


 沙津樹は無言で、ヴァイスの頭蓋に銃口を向ける。


「楽しかったよ、髑髏さん。こんなズルいやり方になっちゃったけど…それでも楽しかった」

「……」

「じゃーね、バイバイ――」


 撃とうとした瞬間だった。ヴァイスはほんの数メートルの距離まで近づいていた沙津樹に飛びかかった。しかしそれは――あまりにも無謀な突撃だった。


 そもそも何故、沙津樹はヴァイスの傍まで近づいてきたのか? それはひとえに、ヴァイスの肉体の――骨の強度が、彼女の予想を遙かに上回るほどのものだったからだ。遠・中距離からの射撃ではトドメを刺せないと悟った沙津樹は、あえて危険を承知でヴァイスの傍に近づいたのだ。もちろん、ヴァイスから反撃を食らわないギリギリの距離を見計らった上でだが。もし仮にヴァイスが反撃に出たとしても、それをやり過ごせるだけの距離を、彼女は保っていた。


 そして実際、沙津樹のその危機管理は完璧で、ヴァイスが沙津樹に触れるより早くに、ヴァイスの体を無数の弾丸が貫いた。

 が、ヴァイスは止まらなかった。


「うおおおおおおおおおおおおおお!」


 ヴァイスは全身をえぐられ、削られながら、それでもなお前進を続けた。弾丸の運動エネルギーがヴァイスを後退させようとするのに逆らって、ひたすらに進み続けたのだ。


 そして遂にその手は、沙津樹の首元に届いた。


 ――ガガガガガガガガ!


 予期していなかった反撃――しかしそれでも沙津樹は銃を手放さない。首を絞められてもなお、その指は機関銃のトリガーを引き続けていた。

 無数の弾丸がゼロ距離でヴァイスの肉体に直撃し、彼の体を削いでいく。しかしヴァイスは、沙津樹の首を絞める力を弱めない。


「…っ!」


 その時、沙津樹はあることに気がついた。『自分の髪が伸びている』ことに。いや、髪だけではない。体全体が――成長している。とてつもないスピードで。


 ヴァイスの能力は『成長促進』。そしてそれを攻撃に転用した『強制老化』。今まさに、その能力により、沙津樹の肉体は急激に『老化』させられていた。


 ヴァイスが力尽きるのが先か、それとも沙津樹が老いるのが先か。先程までの壇際沙津樹の優勢は一瞬で転じ、今やお互いが死地に片足を踏み入れていた。


「あああああああああああああああああああ!」


 ヴァイスは慟哭する。その叫び声は、銃声をかき消さんばかりのものだった。

 負けるわけにはいかない。ここで自分が死ねば――全てを失う。家族も、友も、命も――全て。何も取り戻せないまま。この渇望が、この欲望が、彼を奮い立たせる。息絶えるなと命じる。


 ヴァイスは沙津樹の首を絞める力をより一層強める。逃がさぬように、ここで必ず殺すために。自分が生き残るために。その必死の抵抗は、果たして――無意味でしかなかった。


 ――ドゴッ


 ヴァイスは腹部に衝撃を受け、吹き飛ばされた。そしてそのまま、地面を転がる。

 土にまみれた骸骨は、朦朧とする意識の中、自分を吹き飛ばした『ソレ』の姿を目の当たりにした。


(なんだ…こいつは…)


 そこに居たのは、可憐な少女――ではなかった。ヴァイスをギロリと睨み付ける、身長2mはあらんかと言う程の女であった。


 ヴァイスの能力が他者の成長を助ける『成長促進』というものであると言うことは、既に述べたとおりである。そしてその能力の応用で、彼は敵を瞬時に老化させる『強制老化』という恐るべき力を手に入れた。


 実際この強制老化は、非常に強力な攻撃だ。なにせどれほど強い人間であっても、老いには勝てないのだから。3秒もあれば、どんな敵であれ行動不能に陥らせることが出来る。まさに最強の能力――ただ一つ、デメリットがあることを除けば。


 強制老化のデメリット。それは『敵を成長させてしまうこと』に他ならない。もし敵が今、彼の人生において強さの全盛期にある場合、これはデメリットとならないだろう。なぜなら、老化し成長したところで、敵の強さは右肩下がりになるだけだからだ。


 ではもし敵が、強さの全盛期に居なかった場合は? いまだ成長過程にあった場合はどうなるか? 当然ながら、成長させればそれにともない敵は強くなるだろう。場合によっては、敵が完全に老いる前に、反撃を食らってしまうかもしれない。

 しかして、それは今に到るまで、さほど問題になることはなかった。なぜなら、殆どの人間は『急激な肉体の成長』に脳が追いつかないからである。

 どれだけハードウェアが強化されようとも、それを活かせるだけのソフトウェアが存在しなければ意味はない。それと同じ事で、どれだけ肉体が成長しようとも、脳がそれに追いついていない時点で、この『敵を肉体的に成長させてしまう』というデメリットは、あって無いようなものなのだ。


 少なくとも、壇際沙津樹という人間を除いては。


「ハァ…ハァ…なに…これ…?」


 沙津樹は変わり果てた自分の姿を見て、そう呟く。その顔には、つい先刻死にかけていたことに対する驚愕と、そして窮地を脱したことに対する安堵が見え隠れしていた。


 壇際沙津樹。彼女は――普通では無い。戦う為に生まれ、戦う為に生きてきた、生まれながらの戦闘狂(戦闘マシーン)である。神の悪意によって生み出された、憐れなる怪物なのだ。

 従って――その才能は常軌を逸する。急激な肉体の変化? そんなものは問題にならない。壇際沙津樹は瞬時にそれに『適応』し、100%の効率で肉体のポテンシャルを引き出す。変わり果てた自分の肉体すら完璧に使いこなし、敵を攻撃できる。そういう存在なのである。


 ヴァイスと戦っていた時点で、沙津樹の肉体は未だに発展途上の段階にあった。成長過程にあったのだ。だからこそ――まだ彼女には『隙』があった。他者が彼女を殺しうる『隙』が。

 しかし――ヴァイスの能力によって成長し、今まさに肉体の全盛期に到達した彼女に、もはや隙は無い。負けは無い。負ける可能性は、一切存在しない。

 なぜなら彼女は『世界で最も強い生物として神が設計した存在』であるからだ。最早誰も、彼女を殺すことは叶わない。


 今、この時点で遂に。最強の主人公が完成したのである。



 壇際沙津樹は、自身の変化に戸惑いながら、ふとヴァイスの方を見る。先程沙津樹に蹴り飛ばされたヴァイスは、遠くの地面に転がっていた。どうやらまだ息はあるようだが、しかし彼の両手両足は、もはや使い物にならないほどに破壊されていた。その有様から、沙津樹の攻撃の威力がもはや人間のソレではないことは、火を見るよりも明らかだった。


 沙津樹はヴァイスの元へ歩いて行く。そしてすぐ側まで来ると、彼を見下ろした。


「…言い残すことは?」


 沙津樹はヴァイスに尋ねる。

 答えは返ってこなかった。骸骨の眼腔から、涙が零れるばかりだった。


 ――グシャ


 空虚で空っぽだった空洞が、今、潰れた。

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