4-3-2.魔王城 玉座の間にて その2
そうこうするうちに玉座のある脇から人影が現れた。新魔王の侍従だ。近づいて新魔王の耳元で何かを告げた。新魔王が頷く。
「よし。じゃあ、そろそろ報告を聞くとしようか」
その言葉が始まりの合図となった。別に意気込む様子もなく実にサラッと言われたその言葉。小柄なためか声質は高め。だがその言葉を機に玉座下に控える将軍たちの顔に瞬時に緊張の色が増す。
侍従が玉座の台座前端にまで歩み出た。手元にメモを持ち、居並ぶ将軍たちの方を向いてしゃべり始めた。
「では皆様方、報告を始めます。先に皆様方のお耳に入れましたとおり、一時ほど前に王国から我が方の密偵が戻って参りました。その密偵からの報告によりますと、去る○月△日、召喚勇者とそのパーティーが王城を出立したとのことであります」
将軍たちの口からいっせいに「おおっ」というどよめきが上がる。だが侍従は顔色ひとつ変えない。
あくまで事務的に、あくまで淡々とした口調で続ける。
「なお行き先は不明。我が方の想定とは異なる方面へ向かったようではありますが、その意図も不明であります。おそらく我が方の監視の目を眩ます陽動かと。残った者らが引き続き監視を続行中とのこと。密偵からの報告は以上でありま……」
「聞いたか皆の者。いよいよ事態は動き出したぞ」
新魔王がいくらか食い気味に言った。口元を覆うマスクのために声が若干くぐもって聞こえる。エコーのような効果も。それが教会で響くパイプオルガンにも似た荘厳さを生んで、新魔王の声を威厳あるものとするのに一役買っていた。
ただでさえ大きな新魔王の目がよりいっそう見開かれた。爛々と輝いた。これから起こる事態に興味津々といった様子がうかがえた。
新魔王は玉座の肘掛け先端を掴んで前のめりになった。突き出した顔を右から左にゆっくりと巡らせて、居並ぶ将軍たちをニヤリと見渡した。玉座の座面から垂れる2本の脚をドルフィンキックのようにバンバンさせた。やはりこれから起こる事態が待ち遠しくてたまらないらしい。
いくらか興奮気味の新魔王が続ける。
「ではかねてからの手はずどおり全世界に放った密偵に伝えよ。勇者の動向だけでなく、その地で変わったことがあれば漏らさず伝えよと。もともとその地の者でない人間が最近になって急に現れた場合などは特にだ。ここ1、2か月からのでいいだろう。各将軍はそれぞれの管轄地域への指示を速やかに行うように。王国内の密偵には侍従から伝えさせる。さあ、いよいよだ。いよいよこの時が来た。待ってたぞ」
新魔王は両の拳を握りしめると脇を締めて力を込めて体にグイッと引き寄せた。単に気合いを入れたのか。はたまた何かをゲットしたかったのか。欲しかったのは人族の王国か。よほどご執心なのだなとその場の全員が感じた。
侍従からの報告は終わった。なのでそのまま会合も解散となればよかった。だがここで、将軍のひとりが思わず口を開いた。
「しかし魔王様、やはり勇者の動向だけでよいのでは?」
その将軍に、“あわよくば新魔王に自分の存在を覚えてもらえれば”といういやらしい意図がなかったかと言えば嘘になる。
だがその瞬間、新魔王の片方の目がわずかにつり上がった。発言の主は瞬時に己の愚を悟った。その場の全員が「やっちまった!」と思った。
「バカ者!」
新魔王のカミナリが落ちた。小さな体に似合わぬ大きな声。マスクの効果を差し引いてもかなりのもの。一方の発言の主は逆に大きな体を小さく縮こまらせて震えている。
「だから数百年前には討たれたのだ。その愚を繰り返したいのか!」
そしてすかさずこう続けた。
「報告を聞いてたのか! 奴らは明らかに我が方の監視の目を意識した行動を取ってる。当然、監視の目を欺こうとするはず。もしかしたら今回出立したのはダミーかもしれない。もしかしたら本物はもうとっくに魔王国に向かって進んでいるかもしれない。すでに我が方の監視の目から外れたところにいるかもしれない。でも『もともとその地の者でない人間』の動向を注視してたらそのうち必ず引っかかる。もちろん関係ない人間が網に引っかかるかもしれない。でもそれでいい。間違いを恐れて網からすり抜けられるのが一番ダメだ。だから言ったのだ、『もともとその地の者でない人間が最近になって急に現れた場合』は特に注意しろと!」
新魔王はここまでを一気に言い切った。そしてひと呼吸置くと、発言した将軍をビシッと指差して睨みつけた。
「おいっ、そこのお前!」
「はっ、はいいっ?」
差された将軍は小さくしていた体を瞬時に直線にした。声が裏返っている。直立不動。しかし震えは隠せない。他の将軍たちは緊張しながらも、新魔王の矛先が向いたのが自分でなかったことにホッとしていた。「余計なことを言わなくてよかった」と胸をなで下ろしていた。
だが新魔王の糾弾は始まったばかり。
「お前、その頭は空っぽか!」
「も、申し訳ありません!」
将軍の震えが明らかに大きくなった。声までもが震えだした。顔に幾筋もの冷や汗が流れた。他の将軍たちは互いに目配せし、哀れな犠牲者からおのおの少しずつ距離を取った。
「そのデカい体はなんだ。図体ばかりデカくなって。デカくなり過ぎて肉が脳みそ押しつぶしてるのか!」
「申し訳ありません! すぐにダイエットを……」
「そういうことじゃなあーい」
マシンガンのような口調から一転して間延びした口調に。緩急を自在に操る新魔王に対し、将軍は顔を赤青とさせるばかり。過呼吸か何かでいまにも倒れそう。
ここぞと新魔王が再びたたみかける。
「そんなことでよく将軍が務まるな! 一軍を率いていけるな! 将軍と名乗るからには、戦場の雑多な情報から瞬時、的確に真実を読み取れるべきだろ! なのにお前は何だ! 私の意図を読み取れず、いまはまた『ダイエット』などと戯言を言い出すなど……」
ここで新魔王は大きく息を吸い込んだ。そしてまるで“どこかの5歳の女の子”のように大きな声で言い放った。
「ボーっと生きてんじゃねーよ!」
その瞬間、直線だった将軍の体がさらにピーンと1.5倍くらいに伸びた(ように見えた)。と思う間もなく床の上に崩れ落ちた。
だがだれも助けない。近寄ろうともしない。それどころか他の将軍たちは銘銘が新魔王に一礼すると、玉座の間からそそくさと退出していった。
「さっさと下がらせよ」
新魔王が“シッシ”とすると同時に、現れた数名のスタッフが床に崩れた将軍を玉座の間から運び出していく。
新魔王はマスクを外すと、玉座に深々と腰掛け直した。侍従が再び新魔王に近づいて話しかける。
「魔王様、これより私は王国内の密偵どもへの指示を行って参ります。ほかにご用はございませんでしょうか」
「うん、ないよ。悪いけどしばらくひとりにしてもらえるかな」
侍従は一礼すると周りに控えるスタッフを促して自身とともに下がらせた。台座上にいるのは新魔王ひとりだけになった。
だから新魔王があるひと言を発したとき、その言葉を聞いていた者は周囲にだれもいなかった。新魔王がその言葉を聞かせたいと願う人間はその場のだれでもなかった。
新魔王は固い決意を込めてそのひと言を呟いた。
「マオさん、私がマオさんを見つけるから」
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『魔王と召喚勇者』、これにて終了です。
思わぬ形で魔王と召喚勇者となったユウコとマオ。
互いの現況を知らぬふたりが再び出逢うことはあるのか?
出逢ったときに起こるのは抱擁か? はたまた戦いか?
いつの日にかだれかがそれを語ってくれる時が来るのかもしれません。
(fin)




