4-3-1.魔王城 玉座の間にて その1
Chapter - 3
魔王城の玉座の間では、新魔王が居並ぶ列強の諸将をその一段高い玉座から見下ろしていた。
あの3勢力を瞬く間に打ち倒しその地位に就いた新魔王。だがその見た目は意外なことに小柄だった。いまその姿は玉座にあるが、玉座の幅が新魔王の体の倍はあろうかというほど。しかし小柄な見た目にも関わらず、新魔王が魔王としてふさわしい実力を備えていることは厳然たる事実。その場に集う将軍たちももちろんそれを認めていた。
新魔王は脚を組み、その組んだ脚に右肘をつけて右手に頬を乗せて不敵に微笑んでいた。いや、微笑んでいるように“思われた”。なぜなら新魔王はその顔の下半分を漆黒のマスクで覆っていたのだから。本当に微笑んでいるのかは新魔王その人自身にしか分からなかったのだから。
将軍たちはひとりも新魔王のほうを見ようとはしていなかった。新魔王と目を合わすのを避けていた。中には細かく震えている者までも。それぞれが強大な魔王軍の一軍を率いる大将軍だというのに。魔族としても屈強な肉体を持つ者ばかりだというのに。全員が小柄な新魔王を過度なまでに怖れていた。事情を知らぬ者が見たなら滑稽と感じただろう。
純粋な魔力量だけで言えば、新魔王はあの“前魔王”の半分ほどしかなかった。それでも新魔王と将軍たちとの間には歴然とした力の差があった。しかし将軍たちが新魔王を怖れる理由を説明するには、それだけではとても十分とは言えなかった。
もし「力の差」だけが理由なら、より強大な“前魔王”に対しては遥に大きな怖れをそれぞれが表していたはず。だがそんなことはなかった。むろん“前魔王”に当時の諸将が怖れを抱いていなかったはずはない。“前魔王”の桁外れの強さからしたら当然だ。だがここまであからさまな怖れを外に見える形で表すことはなかった。今の将軍たちが新魔王を過度に怖れるのには力の差とは別に理由があった。
新魔王はあの戦乱を起こした3つの勢力を文字通りあっという間に打ち倒した。だがその戦いは「めちゃくちゃ」だった。いや、「めちゃくちゃ強い」と言いたいわけではない。もちろんべらぼうに強いことは強いのだが、戦い方が「めちゃくちゃ」だった。常識から外れていた。常軌を逸していたと言ってもいい。
人が相手を怖がるのはどういった時だろう。相手が自分がとても敵わないほど強い時? もちろんそれもあるだろうが、それだけとは限らない。たとえ相手の実力がたいしたことがないはずと分かっていたとしても、相手が何をしてくるのか分からない、何を考えているのか分からない、そんな時はどうだろう。得体の知れぬ不気味さがあるのではないだろうか。強い相手を前にした時とは違う「怖さ」があるのではないだろうか。
では「自分よりずっと強い相手が何をしてくるのか分からない」そんな場合は?
新魔王の怖さはまさにそこにあった。まず数万の大軍に正面からたったひとりで立ち向かうなど頭がおかしいとしか思えない。人族の勇者ですらパーティーを編成するし、魔王軍との正面衝突はなるだけ避ける。物量の差というのは想像以上に強力なのだ。
だが単に大軍にひとりで立ち向かっただけではない。なので新魔王の戦いがいかに「めちゃくちゃ」だったか。3つの勢力との戦いのあらましをここで見てみるとしよう。なお当時はもちろんまだ魔王ではなかったが、ここでは便宜上「新魔王」と表記することにする。
・対第3軍戦
新魔王が身を寄せていたのは地方の弱小勢力。なので第3軍は始め比較的小規模の一軍を送り込むも新魔王に一蹴される。
敵の力が侮れぬと知った第3軍の将軍は全軍を率いて進軍。ひとり立ち向かう新魔王に向かって、将軍自ら新魔王が小柄なことをバカにする。「ガキが」と言って笑う。
怒った新魔王は魔力で身体強化し将軍めがけて突撃。猛烈なスピードで駈け、万を数える兵どもをなぎ倒し将軍へ肉薄する。しかしなんとスピードの出し過ぎで止まれない。さらにはぶつかる瞬間に将軍を突き飛ばした。ぶつかる+突き飛ばされるのコンボを受けた将軍は空の彼方へ。以後生死不明。
第3軍の将軍は自らが魔王の座に着くことを狙って挙兵したので、戦う理由のなくなった第3軍はそのまま投降。
・対第6軍戦
対第3軍戦の情報を得ていた第6軍の将軍は自らの位置を知られないような布陣を引いた。やはりひとり立ち向かう新魔王。魔法で第6軍全域に酒の雨を降らせた。すっかり酔っ払った第6軍は戦闘不能に。
ただ真に怖ろしいのはここから。この時は新魔王自身も戦場に満ちあふれる酒の気に当てられて前後不覚になり、生還した第6軍兵が口を揃えて「あのときのことは二度と思い出したくない」と顔を赤らめ背けるようなおぞましい事態になったのだとか。なおその詳細は伝わっていない。ただ死傷者が極めて少なかったことから虐殺ではない模様。さらに将軍はその混乱の中で命を落とした。一説には己自身の「小ささ」を恥じての自死とも。
・対第4軍戦
第4軍は魔王城に籠もった。守りは鉄壁な上に酒の雨も防げると目論んだが、ひとり現れた新魔王が採った戦術はなんと「歌」。
その哀愁を含んだメロディーと、何か懐かしさを感じる歌詞に故郷の母を思い出す兵が続出。投降する兵多数。
投降兵の導きで魔王城に入った新魔王。対する第4軍の将軍は精兵を率いて新魔王を討とうとするもあっさりと返り討ちに。さらには自軍の旗印としていた“前前魔王の長子”までもが母恋しさを募らせ逃走。挙兵の名目を失った将軍は僅かな手勢を引き連れて城から逃れる。後に部下の裏切りにより落命。
どうだろうか。まさに「めちゃくちゃ」ではないか。そして対第3軍戦の噂が新魔王の並外れたパワーを印象づけ、対第6軍戦の噂が新魔王の「何かとんでもないことをやりかねない」という印象を決定づけた。
対第4軍戦は特に怖ろしいような印象はないかもしれないが、魔王城内のすべての人々が心を鷲掴みにされるという副次的な効果があった。それらすべてが渾然一体となって、「非常にお心深いお方だが敵に回すとどんな怖ろしいことをされるか分からない」という共通認識ができあがっていった。
想像してみてほしい。もし自分の上司が「非常に有能だがもし怒らせるとどんなことをされるか分からない」という人物だったとしたら……。
いま魔王城玉座の間に集まった将軍たちは、まさにそんな人物を上司に持った部下のような心境であった。さらに悪いことには、新魔王は顔の下半分を覆うマスクを付けている。なのでその口元が果たして笑っているのか、はたまた口をへの字に結んでいるのかが外からは分からない。新魔王の機嫌を損ねるようなことはやってはいないと信じていても、もしかしたらとんでもない理由で自分のところに新魔王の怒りの矛先が向けられるか分からない。だれもがそう怖れていた。少なくとも“前魔王”の時はそういった類いの怖れを抱く必要はなかった。“前魔王”は感情ではなく理知で動く人物だと見なされていたのだから。
ただひとつ、今ここ玉座の間に集う将軍たちに安心できる材料があるとするならば、今日の会合の名目が直接自分たちについてではないということだけだった。自分たちは新魔王とともに報告を受ける立場だった。もし新魔王の糾弾を受ける者がいるとすれば報告者だろう。自分たちは報告を聞いて頷いていればいい。余計なことを言わなければこの場はやり過ごせる。そんな思いが彼らの心を多く占めていたとしても仕方がないように思われた。




