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第八話

「――優希ぃぃぃっ!!」


 201号室のドアを開いた瞬間、その異様な光景に暫し呆然とし、その場に立ち尽くしていた僕たち。

 金縛りにも等しいその呪縛からいち早く解き放たれたのは、やはりと言うか、朝塚先輩だった。


 先輩が駆け出した直後、部屋の中に立ち込めていた空気が撹拌かくはんされたのか、嗅ぎ慣れない臭いがツンと鼻をつく。

 同時に、昼に食べたものが胃からせり上がってくるのを感じたが、必死に唾を飲み込むことで何とか胃液の逆流を押し留めることに成功した。


「おい! つまんねー冗談はやめろよっ!!」


 血溜まりの中に足を踏み入れることを一切躊躇わず、鈴原先輩のもとへと駆け寄った朝塚先輩は、悲痛な叫びをあげながら彼女の体を揺さぶる。


「おいってば……! 返事しろよ……!」


 ……だけど、どれほど先輩が叫ぼうとも、鈴原先輩が目を開けることはなかった。


「鈴原さん……嘘でしょ……」


 掠れた声で、そう呟いたのは八坂先輩だ。

 八坂先輩もまた、ゆっくりと、そしておぼつかない足取りではあったが、鈴原先輩のもとへと近づいていく。

 その顔に生気はなく、一切の血の流れが止まってしまったかのように真っ青だった。


 二人の言う通り、僕だって今、目の前に広がっている光景が嘘や何かの冗談であってほしいと思う……。

 だけど、鈴原先輩の背中に深々と突き刺さったナイフと、そこから広がっている真っ赤な血溜まり――そして何より、物言わぬむくろと化した鈴原先輩自身こそが、この状況を紛れもない現実だということを物語ってた……。


「~~~っ!! 優希ぃ……!」


「鈴原さん……! ああああああぁぁぁ……っ!」


 先輩たちもそのことを理解したのだろう。

 朝塚先輩と八坂先輩――同じ女性に想いを寄せていた二人は、彼女の躯の前で同時に慟哭の声をあげた。


 思わず僕は、そんな二人から目を背けてしまう。

 胸には溢れんばかりの憐憫の情。

 余りにも彼らが哀れで、これ以上見ていられなくなったのだ。


 しかし――


(……え?)


 視線を移したその先。

 そこで僕はあるモノを発見する。


(な、なんで、あんなところにアレが……!?)


 僕が発見したその物体は、まるで鈴原先輩を弔うかのようにして、彼女の傍らに転がっている。

 それは、平時においてはなんら変哲なものではなく、どこにでもありふれている代物だ。


 ――だけど、唯一この場においては、絶対にそこに存在してはならない代物だった。


「あれは……!」


 僕と同じく、ソレの存在に気付いたらしい部長が、驚きの声をあげる。

 そして、恐る恐るその物体、つまりは鈴原先輩のもとへと近づくと、その傍らに転がっているソレを拾い上げた。


 部長が拾ったソレ、鈍く銀色に光るその物体にはネームホルダーが取り付けられており、あろうことか、そこには“201”の数字が記載されている。

 つまりそれは、その物体の正体が、ここ201号室の鍵であることを示していた。


「こ、これ……どういう意味だと思う……?」


 拾った鍵を持て余すかのような様子で、部長は僕らに問いかける。


 僕らが合鍵を使って開くまでは、鍵がかかっていたはずの201号室。

 そして、その部屋の鍵の在処は、よりにもよって201号室自身だった……。


 その状況から、脳裏に()()()()が浮かび上がるが、頭を振ってその単語を無理やりに振り払う。


 きっと、部長だって問いかけるまでもなく、とうに理解しているのだろう。

 だけど、目の前の状況が余りにも現実離れしすぎていて、理性と常識が『そんな馬鹿なことがあるものか』と理解を拒否するのだ。


 しかし、そんな中にあって、あくまで状況を冷静に分析し、答えを出した人がいた。


「……状況的に、この部屋は今まで密室だったということになる」


 声色はいつもと同じ、だけど少し震えた声で三嶋先輩が呟く。

 その言葉を聞いた途端、僕は目の前が真っ暗になるような思いがした。


 ()()()()――先ほど思い浮かべた言葉を思い出す。

 だけど、ここは現実の世界なのだ。

 小説の中の話じゃあるまいし、そんなことは絶対にあり得ない――あってはならないのだ。


 ……なら、目の前で起きているこの状況はなんだ?


 現実感が急速に遠のいていき、意識が奈落の底へと引きずり込まれていくかのような錯覚を覚える。

 今、自分が立っているのかどうかさえも判断できない。


 なんなんだよ、これは……?

 いったい何が起きているんだ……?


 今日は楽しみにしていた合宿のはずで……。

 苦手だった鈴原先輩とも少し歩みよれて……。

 なのに……それなのに……っ!


「――くそぉっ!!」


 溜まりに溜まった感情を吐き出すかのようにして叫び声を上げる。

 同時に、つっと涙が頬をつたう。

 涙が零れ落ちないように天井を仰ぎ見るも、一度流れ出した涙はとめどなく溢れ出し、止まる気配はなかった。


 しかし、これよりのち、僕たちは知ることになる。

 この事件は、これで終わりなんかではなく、むしろ始まりに過ぎなかったのだと――。

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