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第四話

「はっはっは、お帰り。合宿一日目から不幸だったね」


 突然の豪雨から逃れてきた春明と鈴原を出迎えたのは、加賀のそんな言葉であった。


「笑い事じゃないですよ、もー!」


 憤慨する鈴原であったが、加賀が謝罪の言葉と共に差し出してきたハンドタオルを受け取ると複雑な表情を浮かべて礼を言う。

 突如降り出してきた雨に気付き、二人が濡れて帰ってくることを予想してあらかじめ用意しておいたのであろう。

 加賀正樹、なんとも如才ない男であった。


「部長、私早く着替えたいんで、先に部屋の鍵ください」


「分かった。えっと、鈴原くんの部屋の鍵は――っと、これだ。はい、鈴原くんの部屋は“201号室”ね」


「やった、今年は角部屋ですね!」


「数日泊まるだけなんだから、角部屋かどうかは関係なくないかい?」


「いいんです、こういうのは気分の問題なんですよ」


「そういうものなのかい? それじゃ部屋の場所は、階段を上がって左――って、まぁ去年来てるから分かるよね?」


「バッチシ覚えてます! それじゃ皆さん、お先に失礼~」


 そう言って鈴原は、リビングの隅に置いていたバックを手に取り階段を上っていく。


「さて、加藤くんも先に部屋に行くかい?」


「いえ、僕はタオルで適当に拭いときますんで後でいいです」


「そうかい? それじゃあ、先に他のみんなの分を配っておくよ」


 そうして春明は、鈴原と同じくリビングの隅に置いていた自分のバックからタオルを取り出して髪を拭く。

 髪型が崩れることなどまるで気にしない豪快な動作により、彼の濡れた髪はあっと言う間に乾いていった。


(服は……まぁ、夏だしすぐに乾くかな)


 加藤春明、なんとも大雑把な男であった。


「おー、男の子はこういう時、便利でええなぁ」


 突如背後から声をかけられ、春明は振り向く。

 そこには関心した様子で春明を見つめる秋森と、変わらず無表情の三嶋がいた。


「まぁ、女の子だとこうはいかないよね。特に二人とも髪長いから乾かすのも大変そうだ」


 二人は自分の部屋の鍵を受け取って、これから二階へと向かうために自分の荷物を取りに来たのだろう。

 そう判断した春明は、二人の邪魔にならないように位置取りを変更しつつも答える。


「そやねん、時間かかってしゃーないんよ。三嶋先輩もその長さやと大変やないです?」


「慣れてるから別に」


「はー、なんかコツでもあるんやったら教えてくださいよ」


 そんな会話を交わしながら秋森と三嶋は、自分のバックを拾い上げて二階へと向かう――かに思われたが……。


「あ、春やんは髪長いのと短いのどっちが好きなん?」


「えっ!?」


 突如、予想だにしていなかった質問を浴びせられ、春明は頭の中が真っ白になる。


「え、えっと……僕は、普通のが好き……かな?」


 故に、何と答えればいいのか分からず、要領を得ない返答をしてしまうのであった。


「いやいや、普通の長さって何? もー、春やんはおもろいなー!」


 笑いながら秋森は、春明の肩をバシバシと叩く。


「は、はは……」


 対して春明は、自分の機転の効かなさを恥じ入るばかりであった。


「おら、何をイチャついてんだ、一年坊主ども」


 不機嫌そうに声をかけてきたのは朝塚である。

 春明以外の全員に鍵を配り終えたのだろう。

 彼の後ろには加賀と八坂の姿もあった。


「朝塚先輩、私坊主やないんですけど?」


「いや、否定するとこそこなのかよ!」


「まぁまぁ、部員同士仲が良いのはいいことだよ。それと加藤くん、はいこれ」


 仲裁を行いながら加賀は、春明に鈍く銀色に光る物体を手渡す。

 その物体にはネームプレートが取り付けられており、そこには“209”との数字が記載されていた。


「これが君の部屋になる“209号室”の鍵ね」


「ありがとうございます」


「一応、合鍵は向こうにあるけど――」


 そう言って加賀は、キッチンのすぐ横にある戸棚を指差す。

 春明がそちらに視線を向けると、確かに戸棚の前面にあるガラス戸の向こうに、いくつもの鍵が繋がれた鍵束らしきものが見えた。


「その鍵を無くすと面倒なことになるから無くさないように」


「わかりました」


 かくして鍵を受け取った春明は、加賀に案内されて自分の部屋へと向かうことなる。

 聞くところによると、この鬼灯ほおずき山荘の客室は、全て二階に集約されているとのことであった。


 階段を上りきると通路は左右に別れており、目の前の壁には大きなガラス窓が取り付けられている。

 普段であればそこから山の景色が一望できるのであろう。

 ただ残念ながら、今は横殴りの雨が、まるで春明たちに襲いかかるかのようにガラス窓を執拗に打ち付ける様が確認できるのみであった。


「雨、さらに強くなってるみたいですね」


「いいじゃねーか。別に今日のところは外で遊ぶ予定もないし、こっちの方が雰囲気が出るってもんだぜ。なぁ、八坂?」


「う、うん……まるで小説の中にいるみたいだ」


「そうだね。土砂降りの中の山荘なんて絶好のシチュエーションだからね。これは思わぬサプライズだよ」


「創作意欲が掻き立てられる」


 春明とは対照的に先輩たちのテンションは高い。

 これでは心配した自分が馬鹿みたいではないかと思いつつも、しかし、彼らの気持ちは充分に理解できてしまう春明であった。


「そんじゃ春やん、私らこっちみたいやから」


 そう言って秋森と三嶋は左側の通路を歩いていき、そして突き当たりを左に曲がる。

 彼女たちが進んだ方向には、201から205号室までの四部屋(204号室は存在しない)が存在した。


「僕らも行こうか」


 加賀に促され、春明たちは秋森たちとは逆の右側の通路を歩いていき、そして突き当たりを右に曲がる。

 こちらには206から209号室までの四部屋が存在した。


 鬼灯ほおずき山荘には計八室の客室が存在し、各部員たちの部屋割りは次の通りである。


 201号室――鈴原優希。

 202号室――三嶋文子。

 203号室――秋森美奈樹。

 205号室――空き部屋。


 206号室――加賀正樹。

 207号室――朝塚洋介。

 208号室――八坂潤。

 209号室――加藤春明。

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