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第二話

 ――二〇〇×年八月某日


「よ、ようやく着いた……」


 ほうほうのていで春明は車から降りる。

 冷房の効いた車内から一転、灼熱の太陽の下へと放り出されることになった春明だったが、そんなことよりも今は、新鮮な外の空気を吸えることがただただ喜ばしかった。


 本日は合宿の初日。

 合宿を行う予定である加賀の別荘は山の中にあるというので、ミステリー研究部の面々を乗せた車は、その別荘を目指して山道をひた走ってきていた。


 酔い止めの薬は飲んできているとはいえ、カーブの多い山道である。

 カーブに差し掛かる度に体を左右に揺らされては、生来乗り物酔いしやすい体質であるところの彼が平気なはずもなく……。


(うぅ、まだ気持ち悪い……)


 こうして酔ってしまうのは自明の理であったといえよう。

 春明はおぼつかない足どりで車から離れると、その場にしゃがみこむ。

 合宿はまだ始まってすらいないというのに、既に満身創痍の身である春明であった。


「情けないわねー。車酔いくらい気合いで克服しなさいよ」


 ダウン寸前の春明に、追い討ちをかけるかのような言葉を投げかけてきたのは鈴原優希(ゆうき)という娘だ。

 学年は二年で、加賀の尽力により補習を免れた二人の内の一人である。


 髪は茶色がかったショートヘア。

 白のブラウスにデニムのショートパンツという格好で、スラリと伸びた脚を惜し気もなく晒している。

 ただ、春明にとっては、今回のように何かにつけて絡んでくることもあり、苦手としている人物であった。


「鈴原先輩……何でも気合いで克服できるのなら世の中に薬なんていらないんですよ……」


「あらまっ、口答えするなんて生意気!」


「すみません……今はホントやばいんで――うっぷ!」


「ちょっ、春やん大丈夫!?」


 騒ぎを聞きつけた秋森が、春明のもとへと駆け寄ってくる。


「あ、ありがとう……秋森さんは優しいなぁ……」


 秋森に背中をさすられながら、人の温かみをしみじみと感じる春明であった。


「鍛え方が足りないからそうなるのよ。今度一緒に――」


「――秋森さんに比べると、鈴原先輩はまるで鬼のようだなぁ……」


「な、なんだとー! アタシのどこが鬼かーっ!?」


「というか、叫ばれると頭に響くんで静かにしてください……」


「な、なな――っ!」


 鈴原は怒りで体をわななかせると、突然何かを探すかのようにあちこちに視線を向ける。

 やがて視線の先に八坂の姿を認めると、彼の腕に抱きつきながら叫んだ。


「や、八坂くぅーん、後輩が私を虐めるのぉー!」


「え、え!? えェェェ!?」


 突然の出来事に狼狽する八坂。

 しかし、驚きながらも彼の表情は満更でもなさそうであった。


「おぉい! そこは普通、“彼氏”である俺に抱きついてくるとこだろうがっ!」


 そう叫んだ男の名は朝塚洋介。

 学年は二年で、彼もまた加賀の尽力により補習を免れた一人である。

 なお、先の言葉通り、彼と鈴原は彼氏彼女の間柄であった。


「断る。私、お前、嫌い」


 訂正しよう、彼と鈴原は彼氏彼女の間柄だった(過去形)。


「ちょっ、何で片言!? つか何だよ、まだ昨日のこと怒ってんのかよ?」


「はぁー? 怒ってませんけどぉ? 私怒らせたら大したものなんですけどぉ!?」


「いや、めちゃくちゃ怒ってるじゃねーか! んだよ、ちょっとメール返さなかったくらいで、そんな怒んなよ!」


「ちょっと!? メール返さないのをちょっとと言うのかお前は!」


「でもよ、あんな『ぬるぽ』としか書かれてねぇメールに、なんて返信すればいいんだよ!?」


「はぁ!? 『ぬるぽ』に対する答えなんて一つでしょうが! 八坂くんなら分かるよねー?」


「え、うん……『ガッ』かな?」


「ほら見なさい! こんな常識知らないのなんてアンタだけよ!?」


「いや、そんな常識聞いたことねぇよ……」


「そうだ、この際だから八坂くんに乗り替えちゃおうかなー?」


「え、え!? えェェェ!?」


「ちょ、待てよ! 浮気は駄目ェェェッ!!」


 ――その後も朝塚と鈴原の口喧嘩は続く。

 そんな彼らを遠巻きに眺める人物がいた。


「おーい、みんな早く集まってほしいんだけど……」


 誰あろう、ミステリー研究部の部長である加賀正樹その人である。


「……到着した途端にこうもバラけた行動を取れるのは、ある意味称賛に値すると思う」


「そうだね、僕もそう思うことにしておくよ、はは……」


 うなだれる加賀に対し、三嶋は彼の肩にそっと手を乗せるのであった。




 ※ ※ ※




「うっわぁぁぁ……」


 春明は、今回の合宿所となる加賀の別荘を、感嘆の息と共に見上げる。

 そこには、高さこそ二階建てまでだが、まさに“高級”という言葉が相応しい外観をした別荘がそびえ立っていた。


「ぶ、部長! ホントに今日からここに泊まるんですか!?」


「そうだよ。七人が泊まるには少し手狭かもしれないけど、そこはまぁ我慢してほしいかな」


「いや、これで手狭って……確実にうちの家より大きいんですけど……」


「ん、そうなのかい?」


「そうなのかいって、部長は普段どんな家に住んでるんですか……」


 春明と加賀は、同じ部活で、かつ共通の趣味を持つ仲間である。

 しかし、どんなに共通点があろうとも、やはりこの加賀という男は自分とは違う、別の世界に住む人間なのだということを思い知り、一抹の寂しさを覚える春明であった。


「では坊っちゃま、わたくしめはこれで失礼させていただきます」


 そう言って初老の男が加賀に声をかける。

 この男の名は辻源蔵。

 加賀の家に仕える“執事”であり、ここまでの運転手を勤めていたのは彼であった。


 なお、今回の合宿において何が一番春明を驚かせたのかというと、八人が乗ってもまだ余裕があるドでかい車でも目の前の別荘でもなく、やはりこの執事という存在だったであろう。


「あぁ、ご苦労だったね。帰りも気を付けて」


「はい、では二日後の午後一時にお迎えにあがりますので、坊っちゃまもそれまでお気を付けて」


 辻はそう言って(うやうや)しく礼をする。

 その後、春明たちにも礼をすると、車に乗りこみ、来た道を再び引き返していった。


「――さて、これでこの先、何があっても二日後までは家に帰れないぞぉ?」


 まるで脅かすようにして加賀は不適な笑みをこぼす。

 その姿は、まるで仕掛けた悪戯に誰かがハマるのを待ちわびている子供のようであった。


「や、やめてくださいよ……というか、結局、合宿っていったい何をやるんですか? そろそろ教えてくれてもいいんじゃないですか?」


「はっはっは、そう焦らなくても、もうすぐわかるさ。それよりも、僕たちにはまずやるべき事があるだろう?」


「え? なんですか、それ?」


「そんなの決まってるじゃないか――昼御飯の用意だよ」


「……なるほど、ごもっともで」


 時刻は正午を少し回った頃。

 長時間車に乗ることが分かっていたので、春明は朝食を抜いていた。

 故に、今が昼時だと自覚した途端に彼の胃が忙しなく活動を再開させる。


「けどまぁ、その前にこれを言っておかないとね」


 そう言って加賀は、春明より数歩前に躍り出る。

 そして――


「歓迎するよ、加藤春明くん。ようこそ我が“鬼灯山荘”へ――」


 その言葉に春明は思わず息を呑む。

 山あいの別荘というシチュエーションがそう思わせたのか、加賀の整った顔立ちも手伝って、まるで本当に別世界へと招かれているかのような錯覚を覚えたのだ。


 ミステリー研究部の夏合宿が始まった――

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