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第十二話

 未だ降り止まぬ雨と、掛時計が時を刻む音が耳朶じだを打つ。

 僕を含め、リビングには六人もの人間が集まっているにも関わらず、それ以外の音はない。

 まるで、数時間前の状況を再現するかのように、その場にいる全員が押し黙り、誰も言葉を発しようとはしなかった。


 あれから、僕たちは二階の客室を全て、徹底的に調べ尽くした。

 だけど、それで分かったのは、二階には僕たち以外の人間はいないという事実だけ。


 ならばと次は、一階を調べることにした。

 それこそ別荘内をひっくり返す勢いで探し回ったけど、それでも殺人犯の姿はおろか、痕跡すら見つけることが出来なかった。


 体が恐怖で震える。

 人は本能的に、理解できないものに畏怖の念を覚えるというけど、今の僕がまさにそれだ。


 客室とは違って、合鍵が存在しない玄関の扉が閉まったままだったことから、殺人犯が既に逃走したとは考えにくい。

 なのに、いくら探しても痕跡すら見つからない……そんなことがあり得るのだろうか。


 馬鹿な話……本当に馬鹿な話だとは思うけど、それこそ幽霊や透明人間などの超常的な存在の仕業と考えないと説明がつかないんじゃないか?


 ――と、僕が幽霊が実在する可能性について、真剣に検討し始めようとしたその時だった。


「――部長。そろそろ本当のことを白状してくれませんかね……?」


 必死に怒りを抑えている――そんな風に感じる声で朝塚先輩が呟く。


「あ、朝塚くん……? 白状って何のことだい……?」


「またまた……とぼけないでくださいよ。俺たちが気付かないとでも思ってるんですか……? 三嶋先輩だって本当は気付いてるんでしょ?」


 朝塚先輩は三嶋先輩に問いかける。

 だけど、その問いに三嶋先輩が答えることはなかった。 


「チッ、無視かよ。……まあ、いいや。なぁ加藤、お前はどう思う?」


「え……? どう、とは……?」


「さっき俺たちは別荘の中を探しまくったけどよぉ、殺人犯のさの字も見つからなかったよなぁ? いったい殺人犯は何処に消えたんだ?」


 返答に詰まる。

 それが分かっていれば、とっく殺人犯は見つかっているのだ。


「不思議だよなぁ? 殺人犯の正体は幽霊か何かなのか?」


 そう言って朝塚先輩は席を立ち上がり、部長の近くまで移動する。


「いいや、そうじゃない。殺人犯はれっきとした人間だ。なら……それはいったい誰だ……?」


 その瞬間、嫌な予感が僕の体を駆け巡った。


「――お前がっ! 優希を殺したんじゃないのかっ!?」


 怒声をあげるのと同時に、朝塚先輩は部長に掴みかかる。


「白状しろよ! そうなんだろっ!?」


 朝塚先輩は、わめき散らしながら部長のえり元を掴みあげる。


 止めなきゃ――頭の片隅でそう思いつつも、しかしその意に反して僕の体は動かない。

 その、あまりにも突然な出来事に呆気に取られてしまい、その場に立ち尽くしてしまっていたのだ。


「あ、朝塚先輩、落ち着いてください!」


 暫くして、なんとか体の再起動を成功させた僕は、朝塚先輩を止めるべく、後方からの羽交い締めを試みる。

 だけど、悲しいかな。

 元々の体格差もあって、羽交い締め自体には成功しても、僕一人では朝塚先輩を部長から引き離すことは出来そうにない。


「八坂先輩! 呆けてないで手伝ってくださいよ!」


「あ、うん……!」


 結局、八坂先輩と協力することで、ようやく二人を引き離すことに成功したのだった。


「朝塚先輩……混乱するのは分かりますが、いきなり何を言い出すんですか……!」


「そやで! 部長が優希先輩を殺すなんてあるわけないやん! ほんまアホちゃう!?」


「んだと……!?」


 朝塚先輩はギロリと秋森さんをめ付ける。

 その眼光に危機感を覚えた僕は、秋森さんを庇うようにして彼女の前に出た。


「……なぁ秋森。お前、今『部長が優希を殺すはずがない』、そう言ったな?」


「い、言うたけど、それが何?」


 僕の背中に隠れながらも秋森さんは言い返す。


「聞きたいんだがよ。お前はいったい何を根拠にして、そんなセリフを吐いたんだ?」


「は、根拠……?」


「俺はなぁ、俺なりの根拠があって部長を“犯人”扱いしてるんだ。聞かせてくれよ……お前はいったいどういう根拠があって俺を否定してんだよ、なぁ!?」


「それは……」


 秋森さんは言葉に詰まる。

 当然だ、本来知人を庇うのに根拠なんて必要ないものなのだから。

 秋森さんは頭を捻らせるが、満足な回答を出すことが出来ず――


「……質問、いいかな?」


 結局、会話に割って入ってきた八坂先輩に助けられる形となった。


「朝塚くん……キミが部長を犯人だと断定している根拠……僕にもそれを教えてくれるかな? その内容次第では僕は……!」


 最後の方は声を絞り出すようにして八坂先輩は問いかける。

 だけど、その質問に答えたのは朝塚先輩ではなかった。


「……根拠は合鍵の存在、だろう?」


 朝塚先輩によって乱された襟元を正しつつ部長が答える。

 その言葉を聞いた瞬間、僕はまるで雷に打たれでもしたかのような感覚を覚えた。


「これはこれは、ついに観念して白状する気になったんですか?」


「……違う。これ以上、余計な疑いを持たれたくないだけだよ。確かに現状では僕がもっとも疑わしい……それは認めるしかないようだ。――だけど! 僕は決して犯人なんかじゃないっ!!」


「ハッ、上等だ! ならここはミス研の部員らしく、推理と考察で殺人犯がお前以外ありえないってことを証明してやろうじゃねぇか!」


「なら僕は、自分が殺人犯じゃないと推理と考察をもって否定してみせるよ」


 そう言うと部長と朝塚先輩は、火花を散らすかのようにして互いに睨み合う。

 その時の僕はと言えば、ずっと心の中で部長が殺人犯である可能性について検討していた。


 もちろん、心情的には否定したい。

 だけど――


「春やん……」


 突如、秋森さんに腕をぎゅっと掴まれる。


「部長が殺人犯とか、そんなん嘘やんな……?」


 今にも泣きそうな声で訴えかけてくる秋森さん。

 本当は今すぐにでも肯定してあげたい。

 『あんなの朝塚先輩の妄想だよ』と言って安心させてあげたいけど、今の僕はそう答えることが出来なくなってしまっていた。


 僕たちの中に殺人犯がいる――そんなことは想像の埒外で、さっきまでは考えるどころか、思いつきすらしていなかったことだ。


 だけど、既に僕は気付いてしまっていた。

 仮に……あくまでも仮にだけど、部長が犯人だと仮定した場合、この事件の不可思議な点に説明がついてしまうことに……。


 信じられない、信じたくない……あの優しい部長がまさかそんな……。

 どんなに心の中でそう思っても、現実がそれを否定する。

 もし本当に僕たちの中に殺人犯がいるのだとしたら、朝塚先輩の言う通り、それは部長以外にあり得ないと状況が物語っているのだ。


「春やん……?」


 返答がないことを不審に思ったのか、秋森さんは再び僕の名を呼ぶ。

 そんな彼女に対し、僕は――


「秋森さん……頭ごなしに犯人だって決めつけるのは駄目だけど、まったく疑いもせずに盲信するのも何か違うと僕は思う……」


 ――ああ、我ながら反吐が出る。


「だから、僕はまず……信じるためにも疑ってみようと思うんだ」


 ――なんて詭弁、なんたる屁理屈。


 本当はそんなこと思ってもないくせに。

 既に疑念の芽は芽吹き、不信という花実を咲かせているにも関わらず僕は……。


「僕は疑うよ。信じるために……部長は殺人犯なんかじゃないって自信を持って言うためにね……」


 秋森さんに、仲間を疑うような卑劣漢だと思われたくない――。

 ただ、それだけのために言葉を偽り、美辞麗句を並べ立てるのだった。


「信じるために疑う……」


 僕の腕を掴んでいる秋森さんの力が強まる。


「そやな……春やんの言う通りや……」


 しかして秋森さんは、僕の言葉に賛同してしまう。

 僕は本心を悟られずにすんで安堵するも、胸の中は罪悪感で溢れていた。


 だけど、今はこの程度の罪悪感に押し潰されている場合じゃない。

 何故なら、僕たちはこれから親しい知人を……我らが部長を糾弾しようとしているのだから……。


 かくして、僕たちミステリー研究部の面々による疑い合い、推理劇が始まるだった。

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