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第十話

「……へぇ、いい度胸じゃねーか」


 さすがに八坂先輩の参戦は予想外だったのだろう。

 暫しの間、呆気に取られた表情をしていた朝塚先輩だったが、やがてニタリと笑って呟く。


 ――何が『いい度胸』だ。

 この人たちは今、怒りに我を忘れていて、冷静な判断が出来ない状態に陥ってしまっているのだけなのだ。


「部長! 二人を止めてください!」


 もはや自分ではどうにも出来ないと感じた僕は、部長に助けを求める。

 しかし――


「……すまない、僕も彼らに着いていくことにするよ」


 信じられないことに、部長ですらも犯人を捕まえるという、無謀としか思えない案に賛成の意を示した。


「ぶ、部長まで何を言ってるんですか!」


「うん、危険なのは分かってるんだけどね? ほら、僕って部長だからさ。二人が行くって言うなら守らないといけないし、それに別荘の持ち主としての責任を果たさないとね……」


 そう言うと部長は乾いた笑みをこぼす。


「いや、責任って……!」


 そんなの馬鹿げてる。

 部長だとか、別荘の持ち主だからって、どうして殺人犯と対決するような危険な目に遭わなくちゃいけないんだ。


 だけど、そんな僕の想いとはうらはらに、部長たちは『武器は何を用意するのがいいか?』などと相談しており、殺人犯と対決する準備を、着々と進めていくのであった。


「……そんな顔すんじゃねーよ、加藤。何も俺らだってヤケになって、こんなこと言ってんじゃねぇんだ」


「そう、なんですか……?」


「そうだよ。考えてもみろ、お前はこれからの二日間、いつ襲ってくるのかも分からない殺人犯にビクビク怯えながら過ごすのか? そんな状況で気を抜いたり、熟睡したり出来るのか?」


「それは……」


 考えるまでもなく、それは無理な話だ。

 おそらく睡眠については、交代制で見張りを立てて取ることになると思うけど、こんな状況で熟睡するなんて、少なくとも僕には出来そうもない。


「出来ねーだろ? そんな状況が続けば俺たちは、時間が経てば経つほどに疲弊していく。今はまだいいけどよ、明日の今頃はどうなってるか分からねぇ。下手したら動く気力も残ってねぇ可能性だってある。そんなとこを襲われたらひとたまりもねぇだろーが」


「僕も同意件だ……二日間という期限を過ぎれば、時間は僕たちの味方になるけど、それまでは敵なんだ。体力の余裕のある内に危険の目を摘み取っておこうという彼の意見は、決して間違ってないと思う……」


 朝塚先輩と八坂先輩、二人の言葉に僕は反論することが出来なかった。

 意外にも、二人が怒りに任せて行動するわけではないことは理解した。


 それはいい、それはいいんだけど……。

 正直、今先輩たちが述べた理屈は、復讐を行うために、適当な理屈を並べているようにしか聞こえなかった。


 だけど――


 ふと隣の席に目を向ける。

 そこには、うなだれたままピクリとも動かない秋森さんの姿があった。


 その痛ましい姿に眉をひそめる。

 先輩たちの言う通り、このままだと僕らは()()()()()()()、というのも、また確かだった。


 だから僕は少し――いや、めちゃくちゃ怖いけど、こう告げるのだ。


「……分かりました。なら僕も、参加します……!」


 僕が振り絞ったなけなしの、精一杯の勇気。

 だけどそれは――


「いや、お前は来なくていい」


 残念ながら、たった一言のもとに一蹴されることとなった。


「――なっ、どうしてですかっ!?」


 そりゃあ、喧嘩もろくにしたことがない僕だけど、何も門前払いすることはないじゃないか。


「ああ、勘違いすんな。お前はもしもの時のための保険だよ」


「そう、加藤くんには、もし僕らが犯人を取り逃がしてしまった時のための抑え役をお願いしたいんだ」


「抑え役、ですか……?」


「それに……女性たちだけを残して行くわけにもいかないでしょ?」


 そう言って八坂先輩は、秋森さんの方に視線を向ける。

 確かにそれはその通りだった。


 結局、僕は階段の下で、万が一殺人犯が逃走してきた際の抑え役を任されることになる。

 これも重要な役回りだとは理解しているけど、殺人犯と直接対峙しなくてよくなったこの状況に、心のどこかで安堵している自分がいることに腹が立った。




 ※ ※ ※




「せいっ!」


 かけ声と共に手に持ったモップを振り下ろす。

 途中で手を止めると、先端に取り付けられている房糸が激しく揺れ動いた。


 このモップは僕に支給された武器だ。

 取り決め通り、僕は万が一先輩たちが殺人犯を取り逃がしてしまった際の抑え役として、階段の下で待機しているわけなんだけど……。


「~~~っ!」


 緊張を紛らわせるため、再度モップを振るう。

 正直、気が気ではなかった。


 部長たちは既にモップやホウキで武装して、201号室に向かっている。

 つまり、もういつ殺人犯が、目の前の階段をかけ降りてきてもおかしくない状況なのだ。


 再度モップを振るう。

 喧嘩などしたことのない僕だ。

 当然ながら、武器を人に向かって振り下ろした経験なんてあるはずもない。


 そんな僕が、果たして突進してくる相手に、モップを当てることが出来るのだろうか?

 いや、それ以前に僕は、いくら相手が殺人犯とはいえ、人に向かってモップを振り下ろすことが出来るのだろうか……?


 考えれば考えるほどに、不安と緊張は増していき、それと同時に素振りの回数が増える。

 だけど、どれほど素振りを行おうとも僕の気持ちが晴れることはなかった。

 そんな時のことだ。


「……それじゃ駄目」


「へぁっ!?」


 突如あらぬ方向から声が聞こえたことに驚き、変な声を上げてしまう。

 もう少しで手にしたモップを、落としてしまうところだった。


 声がした方を見ると、いつの間に近付いてきていたのか、リビングで待機していたはずの三嶋先輩と、その後ろには俯いたままの秋森さんの姿があった。


「み、三嶋先輩……どうしてここに?」


「ん……リビングで待ってるだけというのも落ち着かないから、加藤の様子を見に来た。それよりも――モップは振るうんじゃなく突いた方がいい」


「へ? それはどういう……」


「いいから、言う通りに」


「は、はい!」


 言葉の意味は分からなかったけど、とりあえず僕は、三嶋先輩に言われた通りに、足を前後に開いて腰を落とす。

 ええと、次は目線は正面に向けたまま、体ごと前に押し出すようにして突く、か……。


 浅く息を吐き、呼吸を整える。

 そうして僕は、言われた通りの動作でモップを突き出した。 

 当然相手がいないので、突き出したモップは空を切る。


 だけど、僕はその一突きに確かな手応えを感じ取っていた。


「なるほど、確かにこっちの方が当たる気がします!」


「ん、人の頭部に何かを振り下ろすのは心理的抵抗が強い。だから慣れない内はそっちの方が良い」


「そ、そうなんですか。さすが三嶋先輩、何でも知ってますね……」


「そうでもない」


「あはは……それにしても三嶋先輩は凄いですね。こんな時でも冷静で動じた様子がない。僕なんかさっきから不安で堪らないって言うのに……」


「そう見える? ならそれは精一杯虚勢を張ってるから、そう見えるだけ」


「え?」


「……元から感情を表に出すのが苦手って言うのもある。だけど、後輩の前だから見栄を張ってる。本当は結構ギリギリ」


 三嶋先輩は、少しバツの悪そうな顔をして僕から視線を反らす。


 ……自分の馬鹿さ加減が嫌になる。

 いかにいつも超然とした態度を取っていようと、彼女はまだ僕より二つ歳が上なだけの女の子なのだ。

 こんな状況に不安を覚えないわけがなかったのだ。


「す、すみません! 僕は――」


「いや、いい。それよりも伝えておきたいことがある」


 そう言うと三嶋先輩は躊躇いがちに言葉を続けた。


「本当はこんな時に言うのは不謹慎だと思う。だけど、今を逃すともう次の機会はないかもしれない。だから言っておく」


「み、三嶋先輩……?」


 そうして僕は、彼女から思ってもみなかった告白を受けることになったのだ。

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