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第九話

 ――()()()、僕たちは、警察が到着するまでの間、みんな一緒に居た方がいいだろうという部長の提案により、ずっとリビングで待機していた。


 周囲を見渡すと、誰も彼もが憔悴しきった顔でうなだれており、口を開こうとする者は誰一人としていない。

 まるで、昼間の喧騒が夢か幻だったかのようにリビングは、しんと静まりかえっていた。


 けど、無理もない。

 あんなむごたらしい……非現実的な出来事から、まだ数時間ほどしか経っていないのだから……。


 思わずあの場面を思い出してしまった僕は、眉間に皺を寄せる。

 自分の先輩があんな目に遭ったというのに、今の僕に出来ることと言えば何もなく、ただ警察の到着を今か今かと待ち望むことしか出来ない。

 仕方のないこととはいえ、それがとてももどかしかった。


 いつの間にか強く握りしめていた拳の力を弱めると、高ぶってしまった気持ちを静めるために、ゆっくりと深呼吸を行う。


 ――ああ、駄目だ。

 こうも静かだと、余計なことばかり考えてしまう。

 警察……警察の到着はまだなのか……。


 テーブルの上に置かれている携帯に目を向ける。

 警察が到着した際には、この部長の携帯に連絡が入る手筈になっているのだけど、かの携帯が着信を告げる様子は未だない。

 聞こえてくるのは間断なく降り続ける雨音と、柱時計が時を刻む無機質な音のみだった。


 待てども待てどもかかってこない着信に、苛立ちは募る。


 ――まさか部長、電話番号を伝え間違えているんじゃないのか?

 もしくは、こんな山奥だから電波が届かないとか――と、そんなことを考えている時だった。


 突如、ブブブというバイブ音がリビングに響き渡る。

 その音を聞きつけたみんなは、いっせいに顔を上げて部長の携帯に視線を注いだ。


 ああ、ようやくだ。

 今までの人生で、これほどまでに嬉しい着信があっただろうか。

 そのバイブ音は、間違いなくテーブルの上に置いてあった部長の携帯が奏でているもので、誇張でも何でもなく僕は、一本の電話がかかってきた、ただそれだけのことを神に感謝した。


「は、はい! 加賀です!」


 部長は、すぐさま携帯を手に取ると、電話に出る。


「……警察や! やっと来てくれた!」


 待ちに待った警察からの連絡に感極まったらしい秋森さんが、席から立ち上がって喜びの声を上げる。

 他のみんなも秋森さんのように叫びはしなかったものの、先程までの沈痛な面持ちから解放されており、それぞれに安堵の息を漏らした。


 しかし――


「――は!? それはどういうことですかっ!?」


 部長の叫び声がリビングに響いた。


「そ、そんなこと言われても……何とかならないんですか!? ……いえ、それはそうですが……!」


 何やら怪しくなってきた雲行きに、みんなの顔が再び不安の色に染まっていく。


「はい、はい……分かりました。それまで何とか耐えてみます……」


 そう言って部長は、沈んだ面持ちで通話を終える。

 その様子から、何か予想外のアクシデントが起きたのだろう。

 詳しい内容までは分からないけど、少なくとも僕たちにとって、良い知らせでないことは間違いなさそうだった。


「あの、部長……警察は何て……?」


 正直聞くのが怖い。

 だけど、聞かないワケにもいかないので、意を決して部長に尋ねる。

 部長は暫しの間、どう伝えたものか考えあぐねていた様子だったけど、やがて決心したのか、ゆっくりと口を開いた。


「それが……この雨で土砂崩れが起きて、その……この別荘に繋がる道が塞がれてしまった、と……」


「土砂崩れ……ですか……?」


 一瞬、聞き間違えたのかとも思ったけど、部長の様子を見る限り、どうやらそうではないらしい。


「なんでこのタイミングで……」


 嘆きの声を上げると同時に、俯いて目頭を揉む。

 泣きっ面に蜂という言葉があるように、どうやら不幸というものは重ねて襲ってくるらしい。


 部長の様子から、ある程度の事態は覚悟していたけど……。

 ……だけど、よりにもよって、想定していた中でも最悪の部類のアクシデントを本当に引き当てることはないじゃないか。


 先程は神に感謝した僕だったけど、翻って今は神を呪わずにはいられなかった。


「で、でも! そんなんすぐに退けて助けに来てくれるんですよね……!?」


 一縷いちるの望みにかけてか、秋森さんが立ち上がり、今にも泣き出しそうな声で叫ぶ。


「それが……撤去するのに……二日はかかると……」


 ――が、現実はそんな彼女の望みを、かくも無惨に打ち砕くのであった。


「そんな……」


 消え入りそうな声でそう呟いたあと、彼女は倒れこむかのようにして座る。

 それをきっかけとして、リビングは再び静寂が支配することになった。

 その暫くののち――


「ハ、ハハ……そうか、そういうことかよ……」


 今までずっと黙りこんでいた朝塚先輩が、小さな声で呟く。

 声量こそ大きくなかったものの、その声には狂気を孕んでいるように感じられて、背筋にゾクリと冷たいものが走った。


「あ、朝塚くん……突然どうしたんだい……?」


「どうしたもこうしたもないですよ……これは神様がくれたチャンスなんだ。神様が言ってるんですよ、警察なんかに任せるんじゃなく、優希を殺したクソ野郎に……お前が直接引導を渡せってね……!」


「直接引導って……君は何を……!?」


「――だってそうでしょうがっ! 密室殺人なんて現実にあるわけがねぇんだから、犯人はあの部屋の何処かに隠れているはずだっ!!」


 ああ、やっぱり……朝塚先輩も気付いていたのか……。

 先輩が追及したその事実。

 それは、僕が気が付きつつも、なるべく気が付かない振りをしていたことだった。


 201号室は窓を開けた形跡がなかったことから、僕たちが立ち入るまでは密室だったことに間違いない。

 だけど、朝塚先輩の言う通り、現実に密室殺人事件なんて起こるはずがないのだ。


 だったら答えは一つ。

 トイレやクローゼットの中など、あの部屋には決して多くはないけど、人一人くらいであれば隠れられる場所がいくつか存在する。

 あの部屋が密室であった以上、そのいずれかの場所に、あの陰惨な事件を引き起こした犯人が、今も息を潜めて隠れているとしか考えられないのだ。


「そ、それはそうかも、しれないけど……」


 言葉に詰まりながらも部長は答える。

 その様子から、やはり部長も犯人が201号室に潜んでいる可能性が高いことに気付いているようだった。


「だったら! 犯人に逃げられる前に俺がかたきを討ってやらねぇと、あいつが浮かばれねーでしょうがよぉ!!」


 目を真っ赤に充血させながら朝塚先輩は叫ぶ。


 正直、朝塚先輩の気持ちも分からなくもない。

 そりゃあ僕だって、討てるものなら鈴原先輩のかたきをこの手で討ってあげたいと思う。


 だけど、警察や、ましてや小説の中に登場するような名探偵でもない、ただの学生である僕たちが、あんな恐ろしい事件を引き起こした殺人犯相手に、何が出来るっていうんだ?

 だからさっきは密室殺人なんてありもしない、都合の良い妄想で事件に蓋をしたのだ。 


 ――だって、怖かったから。


 だから警察が到着するまでは、すぐ側に殺人犯が潜んでいる可能性から目を逸らして、そのことになるべく気付かない振りさえした。


 決して殺人犯と対峙することなどのないように。

 現実を直視せず、自身の心の平穏を保つ、ただそれだけのために。


 それはきっと、他のみんなも同じだったのだろう。

 いや、もしかしたら朝塚先輩の場合だけは、みんなの安全を考慮したうえで、耐えるという苦渋の決断を選択してくれたのかもしれない。


 だけど、真相はどうあれ、警察の到着が二日後になってしまう――その事実が朝塚先輩の理性のタガを外してしまったのだ。

 そして不幸は更に続く。


「……朝塚くん」


「あぁっ、なんだよ、八坂っ!?」


「そのかたき討ち……僕も参加するよ」


 静かに、だけどはっきりとした声で八坂先輩は宣言する。


 ああ、なんたることであろうか。

 理性のタガが外れてしまった人物は、もう一人いたのだ。

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