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 改めてアパートの住人に聞き込みしてみれば、カラーが玄関で金髪の男と激しく口論する場を隣人が盗み見していたことがわかった。カラーと同じホーライオリー大学に通う友人によれば、恋人は医者の卵で、ヴィジュアル系バンド好きが合致して交際二年目へ突入していたが、カラーは他に好きな人ができて別れたがっていた。新たな思い人ができればその相手との交際が可能かどうか関係なしに今の恋人との関係をすっぱり断ち切る。自分の気持ちに嘘はつきたくない。そんなさばさばとした性格で、今回もきっぱり別れ話を恋人に振ったようだが、彼は別れ話を受け入れようとせずピラニアのように食い下がり続けてうんざりしていたという。

 彼女の親友ミリーネ・ロイヤーが住む寮を訪ねた。ミリーネは喜んで中に招き入れたが、その無防備さに今後から簡単に男を入れたら駄目だとファズは忠告した。けれども彼女は客人が来たことに浮かれ、そわそわしくバラ柄のティーセットを食器棚から出した。

 相部屋ではあるが、もう一人の子は彼氏の家に入り浸っていて実質一人部屋と化しているらしい。とはいえ、いつでも戻ってきても問題ないように私物は増やさず、質素にとどめていることが想像できる室内となっている。せめてもの贅沢なのか、テーブルの真ん中に大型犬を抱く少女の陶器人形が置かれている。どうやら手入れはこまめにしているらしく、しわの溝まで埃は取り除かれている。

「正直信じられないんです。あの子が死んだなんて」

 ミリーネは紅茶を入れながら微笑む。

「前まで献血が趣味だったんです。だから吸血鬼に殺されるなんて、あの子らしいような」

 湯気が彼女の眼鏡を曇らせる。「ああ。この眼鏡ってば曇りやすいのよね」と丸眼鏡を親指でくるくると拭き、流れるように目頭の涙もすくい取った。悲しみをこらえ気丈に振る舞う姿に、ファズは胸を痛めながらも話をつなげる。

「献血が趣味? 変わってるね」

「そうでしょうか? いい趣味だと思いました。人のためにもなるし」

 彼女は紅茶をどうぞと手で促す。

「お菓子ももらえるし。ふふ。それに……ああ、こんなこと本人がいないのに言っちゃっていいのかしら? あの子、血がなくなっていく感じが気持ちいいって言ってたの。自分の血が誰かの命のパワーになるって思うと素敵な気分になれたんですって」

「へえ」

「だから吸血鬼が実在するってわかって、彼女すごく喜んでたのを覚えてる。彼女、ずっと探してたんです。吸血鬼を信仰するアングラグループを。怪物がいるって正式に発表されるよりもずっと前から、ゴシックが趣味の子の間では有名な噂だったんです。もし吸血鬼のために死ねるなら本望だってあの子は言ってた」

「前まで、趣味だったんだよね? 最近になって飽きた?」

「そうじゃないんです。A型だと思っていたのに違うかもしれないって。それで、今まで抜いた血は無駄だったのかなぁってションボリ。だって間違って輸血したら危険じゃないですか」

「彼女はA型じゃないのかい?」

「ええ、多分。何かあの子、よくわからないことを……。そう、確か……」

 まるで最後列から講義を受けている最中であるかのようの遠い目で、宙に文字を書き連ねる仕草をしながら、

「私は双子だから、もしかしたらキメラなのかもしれない……って。あたし医学はちょっと……」

 そう言って苦笑しながら肩を竦める。角の本棚には法律に関する重苦しい本がずらりと並んでいる。

「キメラ……?」

「キマイラのことじゃないかしら? ほら、いろんな動物が合体している神話の……」

「キマイラ……キメラ……」

 ファズも記憶のページをかき分けていく。いや、録音テープをあさる。人事異動のかなり前、たまたま法医研究員たちの話を耳にした覚えが確かにあった。再生ボタンを押し込むように、かちりと。

「思い出した! 無実が証明できるかも! ありがとう!」

「いえ、こちらこそ協力できて良かったです」

 紅茶を一気飲みする姿を眺めながらミリーネは微笑んだ。


 鑑識係に血液型をもう一度調べてもらった。後日、カラーは「A型とC型のキメラ」という極稀な血液型の持ち主だと判明した。血液型キメラは二卵生双生児に起こり得る、一人で二つの血液型を持った状態。彼女の場合、A型の割合が多かったことで初めはA型という検査結果になっていたのだった。

 パティは鑑定を誤ったことを謝罪した上で、唾液はアニミアのものだったと告げた。しかしアニミアが犯人である可能性は限りなくゼロになった。ファズはシリンジの事情聴取をしたい旨を相棒へ向かって興奮気味に伝えた。刑事として当然の道筋をたどれば、たとえ怪物の関わる事件でも解決に導くことができるのだと、怪物課刑事係の一員としての不安が自信へと取り替わろうとしていた。ところが。

「その人物は怪物ですか」

 淡々と事務的な仕事を続けていたルークウォームは大した反応を示さず、目も向けず、まさに事務的に問いかけたのだった。ファズは肩透かしを食らった気分にさせられながらも「いや人間だと」と答えた。ルークウォームは面を上げない。

「では、今までの捜査報告を書いてください」

「そんなの、逮捕してからでいいじゃないですか」

「いいえ。捜査は終了しました」

「は?」

 何を言っているのかわからなかった。

「そういうことだ、怪物課の新人」

 背後からの野太い声に振り返れば怒り肩の男が立っていた。マナゲラ係長が「やあ、アラム警部補」と親しげに声をかけるも、男は意に介さぬ様子である。

 状況を飲み込めずにいるファズに、ルークウォームは単調に説明する。

「犯人が怪物でないと判明した以上、怪物課は関係ありません。残りの捜査はすべて本来担当するべき刑事課に委託します」

 マナゲラが「そういえば、言ってなかったなぁ」と申し訳なさそうに指で頬をかく。

「そして逆に怪物が容疑者である可能性が少しでも出れば、俺たちはお前らに仕事を譲らにゃならん。お陰ですぐ解決できそうな事件もお前ら怪物課のせいで複雑化し、資料も現状報告もうまく回らず、捜査が難航するんだ」

 皮肉を込めてアラムは言った。

「だったら、なぜ最初から協力しないんですか? そうすれば」

「無理ですよ」

 ルークウォームがファズの言葉を切った。

「自分から怪物相手に仕事したがる人なんてこの署内にいませんよ。吸血鬼に噛み殺されるかもしれない。狼男に食い殺されるかもしれない。魔女に呪い殺されるかもしれない。そんな相手に、今まで通りに警察官として仕事を全うできると思いますか?」

 ファズは鼓動が早まるのを感じた。

「何を言っているんですか? じゃあ、ここにいる皆は?」

 まるで腫れ物に直接触れてしまったかのようである。あからさまに俯く者や、ファズに同情の目を向ける者。「あー言っちゃった……」とこぼし、ぎこちなく笑みを作る者。その場にいた刑事係たちの間の時が冷たく止まってしまった。

 そんな中で、ルークウォームは平然と口を開かせた。

「我々は」

「やめなさい、ルー」

 マナゲラがぴしりと止めた。素直に口を閉ざすルークウォーム。

「ふん。とっとと現状報告を書いて引き継ぎしろ」

 アラムはルークウォームからその一部をむしるように受け取り去った。その中にはシリンジであろう似顔絵も含まれていた。

 一体何が起こったのか、ファズはまだ把握し切れなかった。そこへマナゲラが歩み寄り、優しく肩を叩いて微笑む。

「ごめんね、サーファス。大丈夫だから。ご苦労さま。上出来だよ」

 ルークウォームは何事もなしにデスクで事務を再開させている。

 一体、何を言おうとしていたのか。ファズは背を向けている相棒に問いただそうにもできなかった。知れば自分の存在価値がいとも簡単に崩れてしまうのだろう。

 ふと、彼はシリンジの言っていた言葉を思い出した。


 ――〝単体で創っておかないと、他の患者や医師が嫌がりますからね〟


 それは既にホーライ署内で起こっていたのだ。初めてここに来た時の、他の課たちの研ぎ澄まされた視線。怪物課は独立している。そして、隔離されている。

 ファズは半ば放心状態でラウンジまで足を引きずらせた。自動販売機で適当にコーヒーを買ってベンチに腰かける。コーヒーを口にする。あまりのまずさに咳き込む。一体どこのメーカーかと思いきや、コーラコーヒーとかいうタラクサクムでは当の昔に見かけなくなった炭酸飲料ではないか。あの赤い城壁で半閉鎖的な環境を作っているウェストミノスである。時代が少し遅れているらしい。

 彼は銘柄をじっと見続ける。まばたきをしていなかったからか、目が乾いた。缶をひとまず置き、煙草を出す。何も考えないように煙を口内でかき回し、一気に吹かすと目に染みた。コーラの酸味だけがやけに舌の付け根に残った。

 しかし、こんな苦い思いをさせられているというのに、故郷のことも、帰ってきてもいいという弟の甘い言葉も、ファズの頭にはまったく浮かび上がってはこなかったのである。

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