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改めて史実を見直すと

私(三成):(家康はとにかくいくさがしたい。)

所員:(はい。)

私(三成):(いくさを通して豊臣家の秩序を乱し、天下を奪いたい。)

所員:(はい。)

私(三成):(その喧嘩の相手に今。前田家が指名されている。)

所員:(その通りであります。)

私(三成):(でも、このまま史実通りに行くと三成は敗れることになる。と……。)

所員:(それを回避するためには、その喧嘩を買って家康を倒すか?家康を畿内から追い払うか?になるのでありまして、当初。『引き籠り』と言う戦術を選択されました。ただ家康は、彼のこれまでを見て頂きますとわかりますように。『これ!!』と決めたら徹底する人物。一度回避したところで諦めるようなタマではありません。実際、関ケ原の15年後。家康は豊臣家を滅亡に追い込むことになります。)

私(三成):(……戦わなければならないのか……。かと言って、史実通り立ち上がったら負けることになる……。何か良い方法はないものか……。)

所員:(一度、のちの世からやって来たモノの特権でもあります。史実を辿って見ましょうか?)

私(三成):(将棋で言う『感想戦』みたいなものになりますか。三成の何処が悪手であったのか?を探ることにより、家康打倒策を練る……。そうですね。お願いします。)

所員:(家康に喧嘩を売られました前田利長。当初、迎え撃つことも辞さず。の選択肢を採るも豊臣家から賛同を得ることが出来ず断念。家康のもとに弁明の使者を派遣すると同時に、人質として実母を江戸へ差し出します。これだけではいずれまた……。の不安が残りますので、利長の養嗣子と家康の孫娘との縁談をまとめる=徳川と縁戚関係となることにより、家康の求めるいくさを回避することに成功するのでありました。)

私(三成):(家康の野望を抑える点では良かったのではありますが、豊臣方として見ますと、100万石クラスの。それも畿内に近い大名が家康方になるのは正直辛いところではあります……。何か打開出来るモノがあれば……。)

所員:(ブックマークしておきますか?)

私(三成):(お願いします。)

所員:(仮にそうなりました場合。家康は加賀に向かい北陸道を進むことになります。その通り道に三成の所領北近江があります。)

私(三成):(……袋の小豆でありますか……。三成としては会津よりはむしろ加賀のほうを望んでいたのかもしれませんね……。ただ……三成の規模で挟み撃ち出来たか?は定かではありませんし……なにより、豊臣家が支援しているのは、大坂在城の家康であった。と……。)

所員:(もしその場面となりました時、改めて考えてみましょう。)


所員:(前田家とのいくさを諦めざるを得なかった家康は、三成追放の際の公約『朝鮮における論功行賞の見直し』を実施します。裁定を下すのは勿論、家康。加増されたものは皆、家康に感謝することになります。で。その時の加増に用いられましたのが豊臣の直轄領。家康は、自分の腹を痛めることなく支持者を増やしていくのでありました。)

私(三成):(……増田頑張れよ……。)

所員:(増田の立場になった場合、家康に意見出来ますか?)

私(三成):(……私は基本。平和主義でありますので……。)

所員:(一通り支持の拡大に目途が立った家康は、今度。上杉に喧嘩を売ります。豊臣家の謀反を理由に……。ここで上杉は、家康からの喧嘩を買うことになります。)

私(三成):(戦場が会津であれば、地の利は我にあり。と……。)

所員:(上杉の動きを見て家康は、家康の支持者となった豊臣恩顧の大名と共に畿内を離れます。この家康不在を見計らって三成が立ち上がります。)

私(三成):(大谷吉継がもっと早く会津に向かっていれば良かったのでありましたが……。)

所員:(ただ家康の横暴に対し、憤りを覚えていたのは三成だけでは無かった。と……。西日本の主だった大名のほとんどが打倒家康に賛同し、秀頼のもとに集まるのであります。)

私(三成):(……関所に引っ掛かっただけ。とも言えますが……。)

所員:(ただあまりにも急な出来事であったため、家中の意見を統一出来なかったものや、本心は家康なんだけど……遅れてしまったものなどが居り、家康側についた大名に比べ……。)

私(三成):(実質的な総大将の家が……。)

所員:(それよりも質が悪かったのが、豊臣の金庫番である増田長盛。)

私(三成):(機密情報を家康に漏らすわ。味方に資金を流さないわ……。)

所員:(で。いくさが始まります。伏見に残った鳥居や息子は既に関東に行っている細川は想定内として。意外だったのが大津の京極が家康方になったこと。)

私(三成):(その大津の攻略に筑後の2人にお願いしたことが後々響いてくることになりました。)

所員:(悪いことは続きまして、肥前の鍋島と筑前の小早川が統制から外れることになります。)

私(三成):(両者共に30万石規模の大大名。彼らを使えないのは正直辛い。)

所員:(それにもめげず三成は、岐阜城を防衛の拠点の1つにするも、わずか1日で落城……。)

私(三成):(実はあの城。守りには向いていない……。)

所員:(で。改めて大垣城と南宮山を拠点にするも。)

私(三成):(突如。これまで統制から外れていた小早川秀秋が松尾山を占領。これを見た家康は西進。)

所員:(関ケ原でその日を迎えることになるのでありました。戦いが始まりまして不思議に思ったのが。何故か毛利が動かない……。)

私(三成):(吉川と家康の間で既に話が付いていた。と……。)

所員:(それでも三成・宇喜多に小西の部隊は善戦していたのでありましたが……。)

私(三成):(小早川秀秋と、勝ち馬に乗ろうとした松尾山麓の四名の裏切りにより西軍は瓦解したのでありました。)

所員:(この辺りにつきましては、改めて見ていこうと思います。出来れば関ケ原での『いくさ』を回避。より有利なところで。を考えていこうと思います。)


所員:(で。この戦いで三成は居なくなるのでありますが、まだ勝敗が決したわけではありません。)

私(三成):(大坂城が残っています。)

所員:(秀頼はまだ徳川の手には渡っておりません。関ケ原において戦うことが出来なかった毛利秀元や、大津攻めのため現地入りすることが出来なかった筑後勢は、大坂での籠城を主張したのでありましたが……。)

私(三成):(肝心の毛利家当主輝元が、前田利長と同じ失敗を仕出かしてしまった。と……。)

所員:(無血で大坂城と秀頼を手に入れた家康は、各大名に対する賞罰権を獲得。天下統一への道を歩むことになるのでありました。この最悪のシナリオを回避するポイントを次に見ていくことにします。)

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