転生案内所
私:「……転生案内所……?」
18年前。就職氷河期と呼ばれ。余程名の知れた大学でも無ければ非正規しか無いと言われたこの時代に。『文系私大』。しかもろくすっぽ資格を有していない私を拾ってくれた会社はブラック企業。朝4時から夜11時までの労働に加え、休みの日も携帯電話に着信音が。と言う仕事を6年に渡って続けた結果。身体が動かなくなり、そのまま捨てられていたところを今の職場に拾われて12年。こんな状態にあるにも関わらず。幸いにして長い目で見て頂いたこともあり。大過なく働き続けることが出来。慎ましくも。特にお金に困ることなくここまで生きることが出来た私。でありますが、人間と言うモノは贅沢になるものでありまして、元気になったらなったで変化。と言うモノも欲しくなってくるもの。そんな私の目に飛び込んで来たのが
「……転生案内所。」
平素。知らない番号の電話は一切出ないことにしている私でありましたが、何を思ったのか。魔が差したとでも言うのでしょうか。思わず入り口の扉を開けてしまうのでありました。
案内所員(所員):「いらっしゃいませ。」
私:「ここは転職を案内する場所では無いのでありますか?」
所員:「まぁそれに近いと言えば近いとも言えるのでありますが。ここで取り扱っていますのは、人生を変えてみたい。それも全く異なった人間として。と考えられているかたの希望を叶えることを目的にしておりまして。……と言いましても勿論多重債務に苦しまれ。もう借りる先が無いかたが更に借りることが出来るよう。戸籍の取引や養子縁組を斡旋するような怪しいところではございません。全く別のかたになって頂くことが出来る。言っていることは同じなのではありますが、グレーゾーンとなるようなことではありません。」
私:「……十分怪しいと思いますけれども。例えばどのような転生先が用意されているのでありますか?」
所員:「因みに。ご希望などはございますでしょうか?」
私:「そうですね……。これまで働き詰めでありましたから、少しのんびりしたいですね。贅沢を言えば。居るだけで生活費を賄うことが出来るような。王様の暮らしが出来るようなところに行ってみたいものですね……。」
所員:「仕事をせずに王様気分を味わうことの出来るところ。他にご希望がありましたらお伺い致しますが……。」
私:「こんな希望でも0件では無いのですか?」
所員:「もう少し絞り込みを行いたいと思いますので。」
私:「……そうですね……。生活には困らないけれども。そのままですと、ただ暇にあかして自慢話をするだけの煙たがられるだけになってしまいますので、少しは刺激が欲しいところはありますね。世直しなんかやれたら面白いかもしれないな……。」
所員:「刺激のあるところ。で。使いこなすことの出来る言語はございますか?」
私:「出来れば日本語が通じるところで。」
所員:「日本語で。っと。……そうなりますと『隠居中の戦国大名』と言うことになりますが宜しいでしょうか?」
私:「面白そうですね。例えばどのようなところがありますか?」
所員:「お客様は雪はお好きですか?」
私:「雪掻きさえなければ。」
所員:「その辺りは大名でありますので。家臣のモノがやってくれますので。問題無いかと思われます。雪が大丈夫でありましたら。山形に最上義守と言う人物がおります。彼なんかお勧めでありますよ。」
私:「そうですか。ところでどのような状況に転生するのでありますか?」
所員:「彼は優秀な息子と娘に恵まれ、お家安泰となったところで家督を息子に譲ったのでありましたが、どうも彼は独立志向が強く。娘の嫁ぎ先にもチョッカイを出す始末。そこで心配になりました転生先であります義守は、息子をコントロールすべく意見を述べるのでありますが仲違い。そうこうしている内に娘の嫁ぎ先から援軍と称して領内に侵入される有り様。そこで転生先のあなたは……。」
私:「……親子で意見が異なる中で振り回されるのは最初の勤め先で体験しておりまして。その時のトラウマを。また思い出すようなところに移るのはちょっと……。」
所員:「当事者になって部下を振り回す快感を味わうことが出来ますよ。」
私:「……振り回した挙句。家が破綻を来すのでしょう。最上って……。」
所員:「24万石ですよ。」
私:「24万石と言われましてピンときませんし、お金で健康を買うことは出来ませんので……。」
所員:「……そうですか……。親子の仲が良いところ。となりますと……。お隣の伊達家。」
私:「仙台に銅像が建っているあの伊達家ですか。」
所員:「募集が掛かっていますのは、その銅像のモデルとなっています伊達政宗のお父さんの輝宗でありまして、シチュエーションとしましては、降伏のフリをした大名に拉致されました輝宗が、相手勢力圏内にまさに引きずり込まれようとした場面で追いついた政宗と対面する感動的な場面の輝宗に転生して頂く形になります。」
私:「結論は一つですよね。ただ痛いだけでありますよね。」
所員:「70万石ですよ。」
私:「……もう少し生きたいので……。」
所員:「……そうなりますと、これもダメですかね?本能寺に宿泊する織田信長。」
私:「確かに親子の仲に問題はありませんし、石高について言うことはありません。ただ場面があまりにも悪すぎます。」
所員:「盃にされた浅井久政……。」
私:「もはや転生になっていないでしょう。もう少し逆転の可能性が残されている隠居先は無いのですか?」
所員:「……そうですね……。そうなりますと……お客様。正確には戦国時代にはならないのでありますが、お客様の希望に沿うことの出来るうってつけの人物が1人おりますが。如何でしょうか……。」
私:「……彼ですか……。」
所員:「試してみる価値はあると思いますよ。」
私は転生案内所員の斡旋に乗ってみることにしました。その人物の名は『石田三成』。シチュエーションは勿論『関ケ原の1年前』。




