ソト/外
薪の爆ぜる音、保存に重きを置かれた不味い携帯食料の熱される匂い、あまり良くない座り心地の地面、布を被った相棒、そして…
「マモノの群…はぁ…最悪だ。」
こちらの武装はトランクケースの中で蠢く短機関銃と物好きな馬鹿が作ったライフル弾を撃てるシングルアクションのハンドガン、ナイフ一本。
敵は貪狼、口が体の半分ほどを占める狼だ。今は火に寄ってこないがそのうち慣れた奴がで始めるだろう。しかもコイツらはなんでも食う。ここで別のやつが襲ってくるならあの巨大な壁とマモノ除けの障壁で守られたコロニーに走るのだが…相棒をかじられるのはごめんだ。
(かといって弾数はそんなに多くない、いざとなれば喰わせればいいが…)
俺はちらりと横に墜落して派手に燃え上がっている飛空艇の様子を見る。どうやら生きている奴もいるらしいが燃え上がっているのもあり火薬の類には期待出来そうにない、俺は低いうなり声と共に空腹を訴えるように鳴く短機関銃のマガジンを撫で落ち着かせる。
しかし最悪なことに俺の無駄に鋭い聴覚はか細い声を拾ってしまった。
「…す……て…」
「っ」
女、それもまだ子供のそれである。生憎人が死のうが何だろうが俺の心は痛まないが『夢見』が悪いのだ。心の平穏と落ち着いた眠りのためにも助けてやりたいところだ。
どうやら燃え上がる飛空艇のすぐ横、俺から見れば相棒を挟んで反対側何十メートルかのところに場違いな高級服を着た操縦士の様な人物が倒れていた。オマケに高貴な生まれを示す貴紋入りのピアスまでしている。
「たすけ…て…」
呻く様な、泣き叫ぶ様なか細い声は助けが来ないのを直感し絶望に染まっている。
「くそが…」
(今派手に動けば狼どもに食い殺されるだろう。…いや、炎を恐れて近ずいてこない今のうちに…)
そんなことを考えている最中だった。この最悪のタイミングで飛空艇の方からまばらなしかし小さくない炸裂音が響く。
時間というのは人に操作できないものの代表例だが今ほど憎らしいと思ったことは無い、時計なんて高価なものはないが夜が明けるまであと2、3刻といった星の配置、そして炸裂音。
誰かの発砲音ではない、飛空艇に積まれていた弾丸が熱されたことによって中の火薬が炸裂、弾頭が発射されたのだろう。
近くもないが遠くもない飛空艇、そこから飛んできた弾丸が運悪く一匹の貪狼の眉間を打ち抜き絶命させた。
もちろん、狼という生き物は群れで生活するものであり高度な知性と社会性がある。
そして貪狼という種族は絶対に共食いだけはしないのだ。
「がああああああ!!」
「クッソが!」
仲間が殺されたことを知るや否や炎を反射し黄色く輝いていた瞳は憤怒の赤に染まった。俺は同時に駆け出し少女の元に走る。置き土産に礫と火薬を詰め込んだ缶詰をプレゼントだ。
焚き火の側にあった缶詰は数匹の貪狼の聴覚と視覚、そして歩行能力を奪う。
「があ!」
しかし結構な数がいるためにそれは時間稼ぎにもならない、全くの無傷な貪狼がすでに後ろに迫っていた。
「っ…『喰らえ』!」
「キィーアアアァァァ!」
俺は飛びかかって着たそいつに短機関銃を向け…『許可』を出す。それは金属の外装を壊すことなくまるで緻密な工芸品の様に丁寧に外し金属同士の擦り合う様なもの甲高い音を立てて正体を現す。持ち手には奇妙なほど違和感を発生させず。しかし背後では巨大な質量を持つ筋肉の蠢きや血飛沫の熱、何かを貪り、砕き、食らう音が聞こえてくる。
「っぐぁ…」
コイツをやるとどうにも頭が痛む。昔会った知り合いは精神崩壊だかSAN値直葬だかそんな意味不明なことを言っていたが…何度かやっているうちにいつのまにか頭にコイツの知識が増えていく。そんな奇妙な、そして吐き気のする様な異物感、少し経てば馴染むが果たして馴染んでいいものか…
「『終わり』だ。」
カシュンという軽い音と共に手にはいつも通りの短機関銃が収まっていた。どうやら久し振りに食事ができて満足らしく手の中で嬉しさを表現している。…実際にはただ銃器が震えているだけだが、コイツに何かを食わせるたびにコイツの気持ちが…感情の様な何かを俺は感じ取れる様になってしまっていた。
「がう!がう!」
怯えを感じさせる目と声は貪狼たちの声、俺は痛む頭を抑えながら少女のそばにしゃがみこむ。
逃げていく獣を追うことはない、手負いの獣が何体か出てしまった様だがそれを狩れるほど俺は強くはない、そういうのはカリウドに任せて、俺は少女の様子を見る。
「…」
呼吸はしている。だが…飛空艇の破片が腹に刺さっている。ひどい怪我だが…
「いけるか?」
黒いトランクはガタガタと震え大きさを変えていく。少女が入る程度まで大きくなったトランクは中に緑色のゼリーの様な流体を満載した状態で口を開く。俺は少女の服を切り裂き傷を直接見る。量子変換器から水とあまり飲まない酒精の強い酒、清潔な布を取り出す。
「…気乗りはしないな…」
傷の周りを洗う。気絶している少女の顔が歪むが仕方がない、それにコイツはかなり運がいい、複雑なパーツではなくただの板が、しかも曲がってすらいない真っ直ぐな板が突き刺さっただけだ、出血はかなりあるがとりあえず生きているならトランクが何とかしてくれる。
「…死ぬなよ…」
板を掴み水洗いした肌を酒精を含ませた布で強く圧迫しながら…引っ張る。
「グッ!ああああああ!あああああ!!」
強烈な痛みにのたうちまわる彼女を抑え込み体を殴られたり蹴られたりしながら板を体から抜いた。
「よし。」
そして死体の様にぐったりとした彼女を大きくなったトランクに入れ、閉める。
まるで棺桶の様なそれを背負い俺は自分の相棒の元へ歩いていく。弾丸はもう炸裂し終わった様だがそれでもまだ残りがあるかもしれない、俺は血の蒸発するむせかえる様な匂いとベタつき、歩きずらい足元を踏みしめて残り火の側に行く。
「……うわ。」
炸裂した缶詰が効果抜群だった様で残り火は貪狼を燃やして広がっていた。俺は石が外装に突き刺さった相棒に涙しながらトランクを相棒に立てかけ石を集めて火を囲った。
「ゲフ。」
銃口から満腹感を表す満足げなゲップが聞こえたが俺はまた機体の修理にいくらかかるかを計算しながら痛む頭を抱えることとなった。