悪役令嬢と毒
「 アレクサンドリア嬢、すべてはお前の所業だと調べはついている。」
「 おとなしく罪を認め、殿下の婚約者候補から直ちに降りろ! 」
「 ・・・。」
「 黙ってないで何とか言ってみたらどうだ。」
「 黙っているという事は罪を認めるという事でいいんだな。」
王城の大広間に集まった人たちの間でざわめきが起こる。
広間に隣接されているバルコニーにこの国の第二王子の取り巻きである高位貴族の子息が三名とサフラン色の髪の少女が濡羽色の髪の少女と対峙している。
その周りを固めているのが同じ年頃の男女、貴族の子息女たちだ。
本人たちはそれどころではないのか、あるいは見せつけるためなのか、声を張りあげ、濡羽色の髪の少女を糾弾しているようだった。
「 ああ、クレアは気にしなくていいんだ。すべてはこの女が悪いんだからな。」
「 でも、アレクサンドリア様は・・・。」
「 わかっている、大丈夫だよ。君は黙って俺たちに任せておけばいいんだ。」
「 そうだ。必ずあの女に罪を認めさせてこの国から追放してやる。」
「 クレアに対しての嫌がらせ、誹謗中傷、取り巻きを利用しての情報操作、貴族として、この国を支えるものとしての自覚が足りない様だ。」
「 私はただクレア嬢に淑女としての心構えをお教えしただけですが、それを嫌がらせ、誹謗中傷と捉えられるとは、私の不徳の致すところですわ。」
「 ふん、何が不徳の致すところだ。陰でこそこそと動いていたこと、わかっているんだぞ。」
「 そのような輩はこの国の一員として、ましてや殿下のお相手としてふさわしい訳がない。恥を知れ! 」
最初は遠巻きに様子をうかがっていた人々は、高位貴族の子息たちに非難されて委縮するどころかにらみ返し、さらに言い返すアレクサンドリアと、子息三人に守られるように囲まれて震えているか弱きクレアを見比べて、ひそひそとささやき出す。どちらに着いた方がいいのか、と。
最初は遠慮がちだったささやき声も段々と遠慮が無くなってきているせいではっきりと内容がわかるようになってきている。そのほとんどがアレクサンドリアに対しての非難だ。
人の輪の中心にいるアレクサンドリアにも非難される声が届いているのだろうが、決して顔を下げることもなく、まっすぐ前を向いているアレクサンドリアよりも、有力な貴族の子息、それに第二王子の取り巻きの三人が正しいと思ったのか、か弱く震えてすがるように周りを見ているクレアの方が守られるべき対象に見えてきたようだ。
よく見るとアレクサンドリアの前に組んでいる手が震えているのだが、ここにいる者たちは誰一人として気づいている様子はない。
段々とエスカレートしていく雰囲気に終止符を打ったのは冷静な声だった。
「 一体なんの騒ぎだ。説明してもらおうか。」
「 殿下! 」
「 ブレント様! 」
先ほどの騒がしい雰囲気が一転、一気にこの場の空気が冷えたものになった。
静かになった広間からコツコツと靴音を響かせて厳しい顔をしたこの国の第二王子がバルコニーに現れた。
そのままブレントは集まっている人々、そして中心にいるアレクサンドリアと取り巻きの三人に囲まれたクレアを見る。一瞬だが、確かに微笑みを浮かべた後、少し顔色が悪くなっているアレクサンドリアに向かって冷たい目線を向けた。
「 私がいない間に随分と面白そうな余興をしてくれているではないか。どういうことなのかきちんと説明してくれるんだろうな。」
「 ・・・。」
「 ん? 黙っていてはわからないのだが、説明できないという事でいいのか? 」
向かい合って立つ二人の緊迫したやり取りに、誰も間に入れずにいたが、アレクサンドリアを遮るようにブレントの前にクレアが入り込んだ。
「 ブレント様! 聞いてください!アレクサンドリア様は悪くないんです! 」
「 ほう、おもしろいことを言うな、クレア。ちゃんと説明してくれないか? 」
優し気な笑みを浮かべて話すブレントに慌てたのはアレクサンドリアだった。
「 いえ、このような者の言葉に惑わされてはいけません、ブレント様。」
「 なんだ、急に慌てて。何かあるのか? 」
「 それは、その・・・。」
クレアを囲っていた三人組は、いつも冷静なアレクサンドリアが慌てだしたのを見てそれ見ていたことか、という表情をしていたのだが、ブレントの咳払いと冷たい視線に我に返り説明を始めた。
「 ブ、ブレント様。悪いのはアレクサンドリア嬢なのです。この女がクレアをこの社交界から締め出そうとしたのです。」
「 そうです! クレアの後ろ盾が弱いことをいいことに、取り巻きの者に嫌味を言わせ、そして広め、クレアの評判を落とし、クレアがブレント様の婚約者になるのを邪魔したのです。」
「 そうです。しかもクレアの乗った馬車を暴漢に襲わせて命までも奪おうとするなんて、正気ではありません。どうかブレント様からもこの女に言ってやってください。婚約者に望んでいるのは、愛していらっしゃるのはクレアだと・・・! 」
その言葉を聞いたとたんにアレクサンドリアの体がびくりと震え、クレアは顔を真っ赤にしている。
その二人の様子を見たブレントは満足げに笑って言った。
「 何を言っているのかわからないのだが、茶番はこれで終わりか? 」
皆が言われた言葉の意味を理解するより早くブレントはアレクサンドリアの腰を左手で抱き寄せ、頭頂に軽く口づけをした。
そして突然の行動についていけないのか呆然と見ているしかない三人に向かって、いや、バルコニーにいる者たちに向かってにこりと笑って言った。
「 私が愛しているのは後にも先にもアレクサンドリアだけだよ。アレクサンドリアがいまだに婚約者『 候補 』なのはアレクサンドリアが私のプロポーズに頷いてくれないからなんだよね。」
アレクサンドリアは顔を青ざめさせてうつむいたが、ブレントは静かにアレクサンドリアの正面にひざまづくとアレクサンドリアの顔の横に零れ落ちた濡羽色の髪を一房すくって口元に近づけた。
「 でも、このような騒動で私のアレクサンドリアを傷つけるわけにはいかないね。・・・ねえ、クゥ。いい加減にあきらめて私のものになってよ。」
そう言って髪に口づけ名がらアレクサンドリアを見つめた。
「ブレント様! お待ちください。アレクサンドリア様はブレント様との婚約は望んでないわ! 」
「そうです、アレクサンドリアはクレアに嫌がらせを! 」
「殿下にはふさわしくない・・・! 」
クレアの言葉をきっかけに、取り巻きの子息たちがわめき出し、一連の流れに驚いていた野次馬たちは我に返った。いくらこの国の第二王子が愛しているとはいえ、クレアのような可愛らしい少女に嫌がらせをするよな人間はこの国の妃殿下にはふさわしくない。
次第にざわざわとしてきた野次馬たち。そんな中でもアレクサンドリアを離そうとせずにむしろ腰が引けているアレクサンドリアを逃がすか、というようにグイグイ自分に寄せている、そのブレントの顔は頬を染めて幸せを感じているように見えた。
周りの状況を無視して嬉しそうにしているブレントを見たクレアは顔を真っ赤にして叫んだ。
「 いい加減にしてください!! 」
クレアを守るように立っていた三人組を押しのけてアレクサンドリアとブレントに突進したが、アレクサンドリアを片手で抱いたまま、引き寄せたまま余裕でよけた。しかもアレクサンドリアの頬に口づけまでするくらいの余裕ぶりだ。
それを見たクレアは顔色が真っ赤を通りこしてどす黒くなった。
「 もう! アレクサンドリア様を離しなさい!! 私と一緒に行きましょう、ね、アレク様! 」
「 なぜ君に指図されないといけないんだ。離すわけないだろう。ね、クゥ。」
「 ブ、ブレント様。クレア、二人とも落ち着いて・・・っ! 」
二人に挟まれてあたふたしだしたアレクサンドリアはいつもの様に冷静で凛とした令嬢の鑑ではなく、眉毛も下がっておろおろとしている年相応の可愛らしい表情を見せていた。
アレクサンドリアからクレアを守ろうとした三人組はもろにいつもと違うアレクサンドリアを見てしまった。
いつもとは違う仕草に、いつもとは違う表情、いつもとは違う口調に、いつもとは違う慌てた態度。
意識した瞬間、三人の顔が一気に真っ赤になった。が、次の瞬間にブレントがアレクサンドリアを隠した。
「 何見てるの? 」
アレクサンドリアに魅了されてしまった者たちは絶対零度の声色に顔を青くした。顔を上げればにこやかに笑っているブレントが見えるのになぜか体の震えが止まらない。金縛りにあったかのように動けない。その様子を見て、さらに笑みを深めていくブレント。
そんなブレントの両頬をアレクサンドラはそっと両手で包み、顔を自分の方に向けさせた。
「 ・・・ブレント様。お話がありますの。」
「 なあに、クゥ? 」
「 できれば二人きりが良いのですけれど・・・。」
「 めずらしいね。・・・あの三人をかばっているの? 」
「 ちがいますわ。ブレント様にはわたくしを見ていただきたいだけですわ。」
「 そんなことを言うなんてめずらしいね。やっぱりあいつらまとめて始末しないと・・・。」
物騒なことを笑いながら話し出すブレントに顔色が真っ青になっている三人と、そんな三人を冷たい目で見ているクレア。アレクサンドリアがクレアに目配せをしてからブレントに言いつのる。
「 そうですか。わたくしとの婚約よりもそちらの方たちの方がいいんですのね。」
そう言って、踵を返してバルコニーから広間の方に戻ろうとするアレクサンドリアを慌ててなだめるブレント。その後ろでは三人組が呆けた足取りでクレアに突き飛ばされ、どつかれながらも広間に戻っていった。
それを確認したアレクサンドリアはブレントに見られない様に、そっとため息をついたのだった。
*******
バルコニーから広間に戻るとブレント第二王子とアレクサンドリア公爵令嬢との婚約が発表されており、二人の周りには祝福する言葉があふれていた。
ブレントは華やかな笑顔をこれでもか、と、振りまいており、その横でブレントに腰を抱えられて歩いているアレクサンドリアは控えめな微笑みを浮かべるのであったが、その二人を壁の陰になるところから憎々し気ににらみつけているクレアがいた。
先ほど三人組がアレクサンドリアに魅了されているのを目の前で見たクレアは怒り心頭で、つい三人組をバルコニーから逃がす際に呆けていた奴らをどついたりしてしまったが、アレクサンドリアがブレント王子の怒りの矛先を三人組から懸命にそらしてアレクサンドリアの不本意な所であるブレント殿下との婚約を承諾してしまったことに自分が自分でなくなるくらいの衝撃と怒りと悔しさを抱えていた。
「 あんなに嫌がっていらっしゃっていたのに・・・。」
私が助けて差し上げたかった・・・。
ぽろぽろと涙を流すクレアだった。
*******
アレクサンドリアの後ろで大きな音を立てて扉が閉まる音がした。アレクサンドリアのむき出しの肩がびくりと震えた。その様子を見たブレントはアレクサンドリアにストールを後ろから肩にかけながら冷たい声で問いかけた。
「 で、どういうことなのか教えてもらおうか。」
アレクサンドリアの前方に回り、冷たい表情で放つ言葉に先ほどまでまとっていたアレクサンドリアの冷静な表情がクシャリと歪んだ。
「 どうもこうもありませんわ。わたくしとブレント様の婚約が成立した、というお話ですわ。」
「 ・・・ふーん。で? 」
「 それだけですわ。」
それきりうつむいてしまったアレクサンドリアからは何も話す気配はなく、しばらく二人の間に沈黙が落ちた。
ブレントが長いため息を吐いて、立ったままストールの端を握っているアレクサンドリアの手を取りそのままソファーに座らせた。
その向かい側にブレント自身も腰かけるとブレントはアレクサンドリアの方を見ながら話し出した。
「 クレアとかいう女、目障りだったしちょうどいいや。あの三人組と一緒に処分だな。あいつらが今回の原因だろうし。何よりも私のクゥをあんなふうに嫌な目で見るなんて許せないし、許さない。」
「 そんな! 彼らは何もしていませんし、クレアはあの三人を止めてくれようとしましたわ。」
ブレントの言葉にだんまりだったアレクサンドリアが思わず声を荒げ、反応してしまった。
そのことに満足したのかブレントが笑みを深めながらつづけた。
「 やっと顔を見せてくれたね。クゥ。でもね、私のクゥに文句をつけてきて評判を落とそうとしたのも奴らだし、私の調べたところあの女への嫌がらせはクゥがやったのではなく、あの女を妬んだ女どものくだらない争いだったのは知っているし、クゥとあの女が仲がいいのも知っているよ。人目につかない様に気を付けていたようだから二人の仲がいいことに気付いてなかったみたいだけれど、そんな簡単なこともわからずに目先の事に飛びついて考えないような使えないやつは、害にしかならないから。それにね・・・。」
見とれてしまうような優雅な仕草で髪をかき上げて真正面からアレクサンドリアを見つめ、ブレントは言う。
「あの女と計画していた国外留学の件、私がぶっ潰しといてあげたから。」
真っ青になったアレクサンドリアを見て楽しそうに笑っているブレントだが、目が笑っていない。
「 ふふふ、わからないとでも思った? クゥの事で知らないことなんてないのに? でも、もうダメ。自由にしすぎると逃げ出しちゃうことがわかったから、もう自由なんてあげない。」
あ、もちろん関わってたやつらもことごとく処罰するつもりだからね。と、付け加えられた。
アレクサンドリアの膝の上に置かれた両手は握りしめられていて色が白くなってきている。
「 あ、れは、わたくしのわがままを押し通したのです。みなさんは何もしておりませんし、公爵家の意向に逆らえるすべを持つことのできない者たちです。どうか、どうか彼らには何もしないでください・・・! 」
アレクサンドリアの必死の表情にブレントが怒りをにじませる。
「 なんでクゥはボク以外に目を向けるの? そんなに奴らが大事なの? 」
「 そ、そうではありません。」
一つ息を深く吸って吐くとアレクサンドリアは血の気の引いた顔で考えながらなのか、ゆっくり話す。
「 わたくしが関わったことでブレント様が手を下すという事はブレント様の悪評につながります。わたくしのわがままを諭すことも出来ずに振り回されている、ということになってしまいます。」
「 そんなこと、気にすることないよ。ボクはクゥの事愛しているし、なんでもしてやりたいし害をなすものは排除する。これって当然の事だよ。」
「 わたくしの事でブレント様の評判が悪くなるのが嫌なのです。」
「 ・・・それって、ボクの事を心配してくれているってこと・・・? 」
「 ええ、ええ。そうです。」
「 ・・・じゃあ、今回だけは許してあげてもいいよ。経緯は不満だけれど、クゥがボクとの婚約に頷いてくれたしね。」
「 ・・・。」
「 さあ、今から忙しくなるよ! もう離さないからね・・・。」
******
あれでもない、これでもないと浮かれているブレントは、でも、しっかりとアレクサンドリアの表情を見ていた。
その中に嬉しさはないのか、悲しみはないのか。
別にブレントはアレクサンドリアが憎い訳でも、ましてや苦しめようなんては思ってはいないのだ。
ただブレントだけを見てほしいし、頼って欲しいし、欲してほしいだけなのだ。
アレクサンドリア自身の言葉で、態度で、瞳でブレントを求めてほしいのだ。
その瞳に嫌悪があったら?
好かれるように努力しよう。
その瞳に憎しみがあったら?
愛されるように努力しよう。
でも、もう一人の自分がささやく。
では、無関心なら?
その瞳にほかの何かを映すくらいなら・・・壊してしまおう、と。
今回はちょうどいいタイミングだった。
他国、自国から縁談や、顔合わせなどの打診が増えてきてもうそろそろ限界だった。
なぜ愛するものを目の届かない他国に嫁がせなければならない?
なぜ愛する者の隣に俺じゃない男がいるのを見続けなければならない?
はじめてあったときから決まっている。アレクサンドリアは俺のモノだ。丁寧に囲って、囲って、不審がられない様にしていたのに、あの女のせいで危うくアレクサンドリアを壊してしまうところだった。
ま、当初の予定どおりにアレクサンドリアを手に入れたし、余計なちょっかいを出す輩も減ることだろう。アレクサンドリアも理解してくれたようだし、少しくらいのいたずらは許してあげようかな。
そう思って昏く甘く笑うのであった。
最初はいやいやだったけれど最終的にはほだされてしまったアレクサンドリアはブレントとラブラブになる(はず)。のちにクレアとはブレントの同席で再会することが出来て、アレクサンドリアはブレントに感謝して、ブレントはしてやったりの笑みを浮かべる。